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26. We go through this together.

 アギホウ村では人が左右に走っていた。避難の準備が進んでいる。


「すみません! 聖女さまが倒れました! 助けてください!」


 腹から声を出して喉がひりひりした。おかげで二人三人が寄ってきた。


「聖女さまをお願いします!」


 村人にデライラを預けて、ミュゼッタは道を引き返した。


 振り回すビスコッティには悪いことをしてしまったが、ミュゼッタの足ではどうやってもこの子より早く走れないから。


 力を隠したい、聖女でいたくないというミュゼッタをフォーティスは理解して尊重してくれた。


 でもそんなことにこだわっていたら、ミュゼッタは大切な人を失ってしまう。力を隠したままでフォーティスを見殺しにしてしまうなら、自分が多少嫌な思いを我慢しても彼を助けられるほうに賭ける。


(せわ)しなくてごめんね、ビスコッティ。ありがとう。もうちょっとがんばってくれる?」


 体をぴたりと背中に這わせて一体化すれば、肌に感じる風はもっと強く速くなる。


 黒い影が見えてきた。そろそろかと長い首を撫ぜる。


「ここで下ろして。あなたは逃げるの。さっきの村には人が残ってるわ。安全な場所まで連れていってもらって」


 ブルン、と鼻を鳴らしただけで手綱も効かない。一直線上に巨大化した魔物がいる。


 体は元の半分まで削れていた。けれども、周囲から瘴気を補充し続けている。膨らんで空の半分も隠しそう。


 補充……いや、あれは違う。もう一頭、新しい魔物が増えた。みんながなんとか半分まで削った魔物を背後から飲み込んで、強大化した第二の勢力。


 今までの苦労を最初から繰り返すようなもの。人間側は戦闘不能者がほぼ占めるというのに、騎士たちの生存は絶望的だ。




 ビスコッティが大きく足を伸ばした。


 ーーあなたがそのつもりなら。


 感謝しながらミュゼッタは手綱を離して、代わりに祈りの形に固めた。


 保身なんてしてられない。自分よりも、フォーティスや戦う騎士や、この後ろにいる村人たちを救いたい。


 ーーRevered master,

   崇敬する主よ。


 I am truly sorry, grant me another chance.

 心より謝罪いたします。どうかもう一度わたしに機会をお与えください。




 ぎゅっと痛くなるくらい手を握り込む。


 ぐん、と上に引っ張り上げられるように飛び上がって、浮遊感が襲う。脚の間にあったビスコッティのぬくもりが消えた。



 ーー主よ、あなたの敬虔なる使徒として祈ります。

 O giver of life, O cleanse in poor souls.

 おお、命を恵む者よ、おお、哀れな魂を浄化したまえ。



 炎のようにゆらめく光が魔へ向かう。周囲が白くて、自分が神の使徒である光そのものになったようにも錯覚した。


 波打つ光の隙間から見えた。


 バラバラと魔物がひとつの輪郭から崩れてこぼれていく。


 魔物が反撃できないうちに、騎士たちには治癒魔法を。自分で見たくはないからまぶたを下ろした。



 ーーMagnificent God, keeper of souls,

 偉大なる人類の(おや)、魂の守護者よ。


 O fire in our souls. Pour in with your sacred soul.

 欠けた命の灯火にあなたの聖なる炎を加えたまえ。



 どうかーーどうか。


 体の浮遊感が終わった。


 落ちてきたミュゼッタを抱き止めたのはフォーティスだった。すぐに体勢が崩れて地面に座り込む。


「ミュゼッタ、……きれいだ」


 ぼそっと独り言が聞こえたが、これに反応している場合ではない。魔物は小さくなっただけで、生きている。もう一度浄化に集中するために目を閉じた。


 ヒュン、と聞こえたのはきっとフォーティスの剣さばき。


 一瞬見えた景色、ぼろぼろなのはフォーティスだけじゃない。


 騎士たちは地に倒れており、そのどれもが手足を噛みちぎられまたは傷を負っている。制服が赤くない団員はもはやいなかった。


 自己を犠牲にしても真摯に民を守る彼らが、こんな悲惨な最期を遂げていいはずがない。


 魔法の見た目が汚いだとかもうどうだっていい、傷ついた彼らを全力で治す。魔物も徹底的に潰す。


 ぴりぴりと人間にまで痛みを与える暴力的なまでの浄化。衝撃波をともなう強力な治癒。それを交互に繰り返す。


 浄化。治癒。浄化。治癒。


「ミュゼッタ。みんなもう大丈夫だから」


 はっと目を開ける。


 いく人かは立ったまま気絶して、そうでなければ頭か腹を押さえてうずくまる。


 緑が禿げていた地面から蕾が生えて、浄化で葉先を焦がされ、治癒でまた茎が伸びる。生い茂る草が座ったフォーティスの肩を隠すまで成長した。


「ミュゼッタ!」


 カッと緑の瞳孔が開いて爛々(らんらん)としている。


「浄化はともかく治癒はこれ以上やめてかなりやばい全神経が鋭敏になっていろいろ高まって危ないところがたかぶってるからやめてくれる?」


「ーーえ」


 過剰な回復がそんな副作用を生むとは。基礎能力まで高まるうえ、気分も高揚するのか。戦闘において悪い作用には聞こえないけれど、フォーティスには不都合があったらしい。


 魔物を消し去った光がなくなっても、作り上げてしまった景色はそのまま保たれている。戦っていた騎士たちはバタバタと倒れているけれども、ちゃんと治癒魔法は行き届いていて怪我はなさそうだ。


「早く私から離れたほうがいい」


 とは言われても、がっしり抱きしめて離さないのはフォーティスだ。この腕力に敵う筋肉は持ち合わせない。


 そうでなくても、もう彼から逃げる気は失せた。ミュゼッタからも腕を回す。


「離れたくありません」


「あー……今そういうこと言うの……」


 いつになく低音が響く。伝わる鼓動が心地よい。


「魔物に突っ込んでいったミュゼッタはきらめいていて女神のようだったよ。治癒魔法の発動も全身をやわらかい光に包まれていて、そのままビスコッティに天へと連れて行かれそうで」


「わたしの治癒魔法は醜いと知っているのに」


「……自分で見てなかったの?」


 パッと上げた顔は驚愕している。見ていなかった、と首を振った。


「醜さのかけらもない、きみの心をそのまま可視化したような美しさだったよ。魔物を倒しきれず天の(きざはし)が見えかけてたから、てっきり天からの使いかと思ったらミュゼッタだった」


 髪も乱したミュゼッタが身につけるのはドレスでもないし、照らすのは日の光だけだ。夜会のシャンデリアの下で、ミュゼッタなんか目じゃない、さんざんきれいどころを見てきただろうに。


「助けてくれてありがとう」


「いいえ。わたしが、フォーティスがいなくなったらいやで……みなさんを見捨てることに耐えられなかったのです」


 感極まったフォーティスの手が頬に添えられる。


We go through this together.

(ともに事態を乗り越えましょう。)

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