25. Winds doesn’t dry my tears.
キス未遂事件後、緊張するミュゼッタに、フォーティスは年の功なのか恋愛経験の優位からか、何もなかったように振る舞った。さすがに微笑みかけることはしないけれど、それを寂しく思う権利はない。
「またランティス村に魔物が集まりつつある。動けるかな?」
あれから三日と経っていないのに周期が早い。
いつになったら魔物を根絶できるだろう。
「行きます」
集まったメンバーではデライラが一番最後に到着した。
ランティス村では再び営巣されていた。瘴気が凝固しつつある。
騎士たちが小物を捕らえようとはするが、すばしっこくて苦労している。
その背後で、木々が薙ぎ倒され、前回よりも体格をよくした魔物が体を左右に揺らしながらやってきた。
ーーこれは、倒せない。
家よりも大きい。
第二騎士団総員がとりかかっても無理だ。
出会い頭にデライラが浄化をかけ続けているが、まとわりつく瘴気を散らすぐらいがせいぜい。
魔物が歯を鳴らしている。
あちこちで固まった瘴気が命を宿して魔物となっていた。四肢が伸びて、爪で地面を抉る。飛び掛かられれば、受け止める剣の刃が欠けた。
「各員身の安全を確保せよ! エズリはアギホウ村へ避難勧告を!! その足で王都へ知らせろ! 時間が経てばこいつは魔王になる」
「御意!」
連絡役で一人抜けた。その速さといったらもう馬が立てる土埃しか見えない。この際戦力が一人減ろうが結果は同じこと。
明日全員の命があればいいが。
あくまで治癒士としてここにいる。最悪で浄化魔法を使えるミュゼッタは積極的な攻撃に転じることはできない。
外野から見ていてはらはらするが、彼らの連携はうまい。三人一組、攻撃を交互に担いながら短い休憩をとりつつ、魔物の注意を要の聖女から逸らして体力を削っている。
怪我をした団員は安全圏にいるミュゼッタのもとにやってくるので治癒魔法をかけた。聖女は魔物に全て意識を向けているから、異様さを知る由もない。
四分の一は体積を縮めただろうか。
完全に倒すために戦うわけではなく、魔物が闘争意欲を失って去ってくれたら一番理想だ。今日どれくらい小物の魔物に分割して戦力を削ぐことができるかにかかっている。そうして王都からの応援を待つのだ。
だが増援など間に合わない。あと何時間じゃ足りない。
早くもデライラの浄化が弱まりはじめた。絶望を押し隠して騎士たちはより一層怒号を上げる。
治療はひと段落ついた。
振り返ろうとして、フォーティスに担がれたと思えば馬の上に投げられ、慌ててバランスをとった。
「私から逃げるなら今だ」
逃げる。フォーティスから? 魔物から、ではなくて?
「守る守るといいながら、私はミュゼッタを縛りつけてばかりだ。……これが人生をやり直すチャンスだよ」
十中八九、この隊は全滅する。ミュゼッタが聖女に値する力を有することを知る者は消える。陛下には顔を覚えられてしまっているが、遺体がないかもしれない状況で平民をわざわざ探し出すことはしないだろう。そして他の地へ行ってしまえば、別人として生きていける。
なぜ、と目をすがめれば、胸を締めつける笑顔で、
「また会おうね」と返ってきた。
ーーあ、うそだ。
直感した。彼に次のつもりはない。
鞍の前にぐったりとしたデライラが乗せられた。横腹を叩かれて走り出したビスコッティのたてがみに掴まる。
いまは戦闘不能になったデライラを安全な地に送らなければならない。
フォーティスはもうこちらを見ていない。
疲弊して戦いの場に立てないデライラを逃したのはわかる。
でもまだ元気なミュゼッタに「浄化してくれ」と頼むこともできたのに。可能だと分かった上で、だ。
揺れる馬の上でデライラが落ちないようにぎゅっとたてがみと彼女の服をまとめて握りながらも、唇を噛んだ。
こんな力さえなければ。
他人を癒やす力を疎んだ。心の醜さを凝縮したような見た目で、こんな力があったから親に捨てられた。
自分を癒やすものを拒絶した。怪我をしたならいっそそのまま苦しんで死んでしまいたいから。
誰よりも何よりもミュゼッタを恨んでいたのは、ミュゼッタ自身だった。この世に信じられるものなんてない。
そんな中、強引にも与えられる愛があった。
フォーティスの愛は大きくて、深くて、ミュゼッタは飲み込まれ溺れていた。
風に涙が冷えていく。
聖女ベルエイミーの暴力から守ろうとしてくれた背中があったから、それからも守ろうとする姿勢を続けてくれたから、ミュゼッタは彼を受け入れようと思った。
やっと、心から信じられる人ができた。
好きな人。この人ならば、と愛してみたいと願う人。ミュゼッタを愛してくれる人。
まだ、ミュゼッタからはなにも伝えていない。
涙を拭ってひたすら前を向く。
Winds doesn’t dry my tears.
(風じゃ涙は乾かない。)




