21. A blessing.
謁見の間でも応接室でもなく。ミュゼッタとフォーティスが連れて来られたのは、前世オデッサでも踏み入れたことのない場所だった。奥の奥にある、王族のとても私的な空間なのではなかろうか。
どうしてこんな場所に、とミュゼッタは目玉をくるくる回してしまう。
陛下の来訪の知らせで、深い礼の形をとって待機する。
「用事がなければ顔も見せぬな、フォーティスおぬし」
年季の入った、ずしりと重いお声だった。
「国王陛下。役儀がなければ御所には参ぜぬものでございます」
いやいや、「仕事でもなければこんな場所には近寄らない」ーーとでもいうような軽口にミュゼッタは背筋を凍らせる。顔を伏せていて助かった。頬が引きつっているところだ。
ふっ、と陛下の返事は笑いなのか呆れなのか判断つかない。
「よい、そなたらも座れ」
加齢によってくぼんだ目は、それでもなお強い。ミュゼッタは背筋が伸びた、というより反り返った。
「フォーティスから聞いておる。ミュゼッタだな」
「はい、ミュゼッタでございます。陛下にはお初にお目もじ仕ります」
「ふむ。よくぞ来てくれた。フォーティス、五分ほど口を閉じておれ」
足を組んだフォーティスはわずかに頭を傾けて恨みがましく陛下へ流し目をした。その態度、不遜の極みでは。ついでに角で色気に当てられたメイドが赤い頬を隠そうとしている。
これでミュゼッタは陛下と対話しなければならなくなった。突然フォーティスが手を握ってきてぎょっとする。陛下が見ているというのに、指を絡めてくる。離れようとしても離れない。手袋越しのぬくもりに、何を言われようとも言い返そうとも大丈夫、と力強く伝わってきた。
そういう、ことなら。と、陛下も咎めもしないので受け入れてしまった。
「ミュゼッタよ、正直に答えてくれ」
「はい。真実をお話しします」
「聖女の力が貴重なのはわかっておるな」
「存じております、陛下」
「その恵まれた力で国を救おうとは思わなんだか」
口調は怒りでも悲しみでもない。聖願魔法が使えることを隠していたのはなぜなのか、という純粋な疑問として尋ねられた。
恵まれた、か。ミュゼッタ自身は望んでいなくとも他人にはそう映る。浄化の力は実質、神のえこひいきだ。聖願魔法を使えることは奇跡と呼ばれる。神が等しく子を愛するのならば世の中は平等といえる。個人の努力でその差は埋めることが可能であるべきだ。そして努力でどうこうできるのなら奇跡を奇跡などと呼ばない。だから神は不平等だ、と矛盾を抱えていた。
ミュゼッタは聖願魔法を使いたくなかった。己を聖女だと認めたくなかったからでもある。そして。
「現在魔王の脅威はなく、聖女さまがたの力は国の隅々まで行き渡っているでしょう。わたしは教会では手の届かぬ方々に治癒魔法で手を差し伸べてまいりました。それが、わたくしなりの国への貢献でございます」
「近年まで教会にも登録しておらなんだようだが。登録しても聖女ではなく治癒士だと」
「教会を通してしまっては患者は高額な治療費を払わなければなりません。それで治療を断念し、本来なら治せるはずの後遺症を一生抱えて苦しむ者もおります」
「そなたがやっていることで教会の面目を潰すとは考えぬのか」
体裁など。人の命に比べればなんてことはないもの。ずたずたの細切れにして肥溜めにでも混ぜ込んでしまえばいい。
「治癒への対価を釣り上げて国の膨大な労働力を潰しているのはまさしく教会かと。貧民や孤児への救済措置がなければ、人心は離れていくでしょう」
人生でいつか何かがあれば誰しも貧民や孤児になりえる。
教会は聖女を独占管理し、金持ちにしか慈悲を分け与えない。陛下の金銭感覚がいかほどか知らないが、これまで生活に困ったことのない人間はそのありがたみの自覚が薄い。
「では、十六歳以下の学童・未就学児は治療費無料。大人でも収入に応じて減額する。それでも払えぬものは基金にて申請様式を定め対応する。基金は国費の見直しから出た余剰と貴族からの寄付により運営する。どうだ」
「……え?」
一気に述べられた提案に、目が点になる。前々から用意されていた台詞のようだが、この場の即興だろうか。
「実態調査が先だがな。王宮や教会に癒着のない者からの忌憚ない意見を聞けて勉強になった。……民草は苦しんでおるのだな。実現には時間がかかるが、現段階では待っていてくれとしか言えぬ」
陛下の目は平民を侮るものではない。
「孤児や乞食も国民と数えてくださるのでしょうか」
「無論だ。貧しいからと切り捨てれば貴族でさえ明日は我が身となるであろう。下が豊かであれば、上も豊かになる」
「真摯に受け止めていただき、感謝の念にたえません……」
平民の言葉など豚の鳴き声としか思わないような貴族がはびこる世界で、彼には話が通じる。震えるほどの驚愕が身を走った。自然と頭が下がる。
「福祉について話し合いに来たのではないのですよ、陛下」
約束の五分は過ぎてしまったらしい。意識はミュゼッタに向けつつ、陛下がフォーティスを一瞥する。
「そなたの力は膨大だと聞いた。大聖女になる気はないか」
それはもっともミュゼッタが投げ捨てたい肩書きだ。
するりと背中を冷や汗が一筋流れた。
「申し訳ございません。わたくしの力など大聖女さまには遠く及ばず……力を使うにも人の目につかないようにいたします。なにとぞ……」
「ミュゼッタには重荷だそうですよ」
「目立ちたくないと? フォーティスのそばにおるのに」
横に座る美形はどこに行っても存在感があるため、隣にいることと隠れることとは矛盾してしまう。
「ええ。私の婚約者のミュゼッタですよ。ご海容ください」
それ以上追及してくれるなと、フォーティスは釘を刺した。この国のやんごとなきお方に。
ぴくりと陛下のこめかみが動いた。
「……さようなことを手紙で申しておったか」
「つきましては、陛下よりぜひ祝福をたまわりたく」
「よかろう。ジリルメリー国国王ワズウォースが、婚姻するフォーティスとミュゼッタに祝福を授ける」
そんなあっさり。国一番の権力者に認められてしまえば教会もどうのこうの言えない。名実ともに最強の祝福ではある。ところで婚姻は婚約の言い間違いですよね。なんて下手に指摘訂正など求められぬ相手だ。
「ひ……っ、ありがとう存じます、陛下」
A blessing.
(祝福を。)




