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17. Hand in hand.

 翌日の昼になって、教会からキャロラインが起きたと連絡が入った。面会できるとのことだったので、ミュゼッタはフォーティスとともに教会を訪ねた。案内された個室に、部屋の主の趣味をうかがえるものはほとんどなかった。よく整頓されており、壁には時計がかけられているだけ。


「ご気分はいかがですか?」


 キャロラインはベッドの中にいても、椅子に座る二人に頭を下げた。


「だいぶ回復しました。昨日は意識のないところを教会まで運んでいただきありがとうございました」


 彼女が言及する前に、刷り込みを埋め込む。


「聖女さまが力を尽くしてくださったので、魔物が魔王になるずっと前に食い止めることができました」


 納得してくれーーと全身で訴えたが、手応えがない。


 すぅ、とキャロラインの目がにこやかなフォーティスを捉える。


「いいえ、わたくしが止めきれるものではございませんでした」


 次いでミュゼッタへ怪訝なものを向ける。


「ミュゼッタさん。あなたも聖女だったのでしょうか」


 跳ねた心臓を押さえる。


「わたしが聖女だなんてとんでもないです。あの場を浄化できたのはキャロラインさまが倒れるまで聖願魔法をお使いになったから」


「どうしてもわたくしがやったことになさりたいようですけれど、言いくるめられたりはいたしません」


「他に聖願魔法を使える人がいないのです。それともキャロラインさまはわたしが聖願魔法を使ったところをご覧になったのですか」


 キャロラインの眉が寄った。


「……いいえ。浄化の途中でわたくしは気を失って、目覚めたときには教会でしたもの。ですが浄化が完了したというのなら、ミュゼッタさんが聖女でもない限りありえないことかと存じます」


「浄化の完了はいまだ確認してないのですよ。聖女さまの体調がよければ明日にでも現場を確認しに谷へ戻りたい次第です」


 仕事が完了していないと聞いて、キャロラインはフォーティスの誘いに乗った。柔軟性はないが、責任感はある。


「さようでしたか。明日ですね、ご一緒します」


 ミュゼッタもフォーティスに続いて立ち上がり、敵愾心のなさを表すために微笑んだ。


「病み上がりに失礼しました。明日はよろしくお願いします」




 教会を出て、足取りが重くなる。


 町を歩く人々は当然ながら、すぐそこの渓谷で魔王の卵が生まれそうになっていたことなど知らずにいる。反対に魔物が減ったと情報が広まったので明るい。平穏と笑顔を守れたのはよかったけれど。


「説得できませんでしたね……」


「どうせ彼女は途中で気を失ったんだし、あの聖女さまであれば報告するにしても自分の目で確かめたのでなければ『ミュゼッタが聖女(そう)だ』、って断言することはしないと思うよ」


「そうでしょうか。もし……」


「教会からの審問が怖い?」


 肩を震わせながら、ミュゼッタは自分の肘を掴んだ。


「ビドジール団長さまから見て、わたしの力はどのくらい強いと思いますか?」


「歴代最強じゃないかな」


 そんなはずない、と首を振ってもフォーティスは淡々と告げた。


「だって、余力残してたよね? あとで治癒魔法も使ってたし。大聖女の席はいま空席だから、教会は祭り上げるだろうな」


「いまは大聖女がいないのですか?」


「ふさわしい聖女がいないってことで誰も任命されていないよ」


「大聖女が不在なんて……」


 能力に多少の誤差はあれ、大聖女とはその時代において一番能力の高い聖女が指名されるものだ。全体の質が落ちたのか。たまたま一時的に教会の求める基準を満たす聖女がいなかっただけであればいいが。いまは魔王がいないから。


「先代大聖女ダコタが引退して五年。王都周辺ではまだ被害はないけど、近ごろは瘴気が増えていると地方で報告が上がってきている。カンブー渓谷で魔物が魔王になりかけたとあれば、平和惚けしてられないな」


 フォーティスがミュゼッタを覗き込む。至近距離での彼の貴公子然とした微笑みは落ち着かなくさせるのでやめてほしい。訴えは表情に出てしまっていた。


「わかってる。不安そうな顔しないで。ミュゼッタが望まないことは私が何がなんでも阻止するよ」


 たとえフォーティスが心身ともに強く攻撃に長ける騎士団長であっても、その上をいく権力を持つ人間がどこまで横暴になれることか。身分のない者の人生がいかに理不尽に踏みにじられるかを体験して知っているだけに、能天気になれなかった。


「せっかく外にいるし、このまま宿に戻るのも味気ないよね」


「何をお考えですか?」


「カンブー渓谷はとりあえず心配ないから、息抜きしようってこと」


 急に方向転換したフォーティスに連れて行かれた。


 繋がれた手がふたりの間でゆらゆらとする。緑茶色の瞳(ティー・グリーン)は嬉しそうに細められていて、それは勝手にミュゼッタに伝染した。


 しばしの間だけ、憂いを忘れるのだっていいじゃないか。




「これ、『ねこのしっぽ』って言うんだって。どうぞ」


 棒状の長いドーナツ生地に満遍なく搾り出したクリームが乗せられている。紙ナプキンに挟まれたお菓子をずいっと押し付けられた。露店に寄ったと思えば、彼が食べるのではなかったのか。


「一本丸ごとは食べられないです」


「食べられるだけ食べればいい。残りは私がもらうから」


 さぁさぁと口もとにドーナツを運ばれて、クリームをべっちゃりつけられる前に口を開けた。


 もっちりしたドーナツ生地はしっかり甘いのに対して、クリームの糖分は低くあっさり、しかもレモン味だ。うっとりしながらもぐもぐ噛む。


「ずいぶんとお気に召したようだね」


 喉で笑っているフォーティスは、声が漏れないように我慢している。この美味しさは不可抗力だもの。

 ミントの乗ったところまで食べて、満足した。


「ごちそうさまでした」


「これだけ?」


「夕ご飯が入らなくなります」


 炭水化物と脂肪分、とどめに砂糖の掛け合わせはなかなかに重い間食だが、体力勝負の彼にはそれでも足りないのかもしれない。それよりも、他人とひとつの食品を共有することをフォーティスが気にしていないことに驚いた。家名持ち、つまりは貴族。物を独占することに慣れきっているだろうに。


 騎士爵であれば庶民生まれという可能性も存分にあるので、案外そちらだったか。


 ミュゼッタの前世オデッサでの学びの知識から判断するに彼の所作は高貴なもののそれで、ときおりがさつにしているのはわざとだとかーー勘ぐりすぎだ。


 だってそんな人は、ミュゼッタと手を繋いで道を歩いたりしない。こんなに、きらきらした笑顔を振り撒きながら。


 前世から男女の関係に恵まれず、世間ではこれをデートと呼ぶのだと、ミュゼッタはとんと気づくことができなかった。


Hand in hand.

(手に手をとって。)

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