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16. I hate being a saint.

 カンブー渓谷を脱出し、倒れたキャロラインは教会に預けてきた。休めば回復するそうで、時間に任せるしかない。


 宿に戻ったところで、ミュゼッタはフォーティスによって部屋に閉じ込められた。鍵をかけられたのではなく、他に話を聞かれないように扉を閉め切っただけだ。


 怖い気はしないが、勝手に緊張を覚える。


「できたら話してくれると嬉しい」


 彼が求めるのは、洗いざらいといったところ。


 かつての自室のように、宿の部屋には椅子は一脚しかなかったので、フォーティスに譲ってミュゼッタはベッドに腰掛けていた。ストゥもぴったりと寄り添っている。


「昔から自分が聖願魔法を使えることはわかっていました」


「今日がはじめてじゃなかったんだね」


 一対一でのフォーティスの話し方は取り調べとも違う。メモも取らないし記録に残すかは彼の裁量にかかっている。


「あのとんでもない質の聖願魔法……。大聖女にだってなれるよ、ミュゼッタは」


「わたしはなれません。なれませんでした」


「なれなかった? 目指したことがあるんだね。でも、あれだけの力を国が手放す意味がわからない」


 答えたくない、とミュゼッタは口を引き結んだ。


「ミュゼッタ、大丈夫だよ。どこにも突き出したりしない」


 手を握られる。冷え切った手に彼のぬくもりは熱いくらいだ。ストゥも毛皮で包んでくれる。


「信用できない? 治癒魔法の件があっても、私はきみを研究所に差し出したりしなかったよね?」


 昔を思い出すことは平気になっても、自分の気持ちを言葉にすることに慣れていない。話そうとすると喉が震えて、息が浅く短くなっていく。


「わ……たし、……せ、せぃ……」


 口からこぼれるのは吐息ばかりで、一文字も正しく発音できない。フォーティスの姿が涙の波に飲み込まれていく。


「ごめん。私は酷いことを言ったみたいだ」


 瞬いても、瞬いても薄緑の瞳(ティー・グリーン)にたどり着けない。


「ごめん」


 胸板に額が当たった。違う、フォーティスが泣かせたわけではない。さらりと後頭部を触られた。


「ちょっとそっちに座るね」


 胸に顔を押し付けられたまま膝裏を掬われて、ふわふわ移動した。いったん爆発した感情はなかなかおさまらず、涙も勝手に流れていく。


「我慢しなくていいよ」


 甘やかしたフォーティスの声に、さらに収拾がつかなくなってしまう。子どものように鼻を啜っているのに、彼の腕は背中にまわっているし、片手は頭を撫で続ける。


 抱きしめられながら寝入った夜があった。安心感はいまも変わらない。むしろずっと深まった。


 疲れた。


 何日にも渡って谷を歩き回った肉体が。


 人前で出すことはないと決めていた奥義を出してしまった心労から。


「聖女に……なりたくない……」


 限りなく本音だった。いい思い出がない。とくに大親友がいなくなってからは。


「うん。いやなんだね」


「いやです、とっても……。聖女にならなければ、結婚もせず傷ついたりもしなかった」


 頭も感情もぐちゃぐちゃのミュゼッタが語っているのは前世オデッサのものだったが、フォーティスは自然と受け止めている。


「じゃあ、聖女になんてならなくていい」


 戸惑いながらも、こっくりとうなずく。


 力があるなら聖女になれ。聖女ならばこうしろ。国のために他人のために尽くせ尽くせ尽くせ限界を越えてもーーと言われ続けたなかで、「聖女でなくていい」と認めてもらえたのははじめてだった。


 前世でもし聖女でもなく勇者と結婚することがなければきっとまた違った人生だったのだろう。


「以前は、国のため他人のために動いていて……ちっとも幸せじゃなかった。だから今度は自分の幸せのために行動しようと思ったんです」


「うん」


「もっとわがままに生きたかった。いやって言いたかった」


「それはかわいい目標だな。ちなみにわがままってどんな?」


 ストゥに頬を拭かれて、眠りから覚めるように目を開いた。いったい何を彼に聞かせていたんだろう。


「すみません、変なことばかり言って」


「私はミュゼッタのことを知りたい。もっと教えてくれるかな?」


「いえ、その……話しすぎました。意味不明なことを」


 支離滅裂だったとは思うが、前世と混濁して語ってしまった。フォーティスの眼差しは友人に向けるもののように落ち着いているけども、それがいつ懐疑的になるやら。


「もう正気に戻ってしまったの? つまらないな。ぜんぜん聞き足りないよ?」


 両腕でぎゅうと抱きしめられる。


「でもまぁ、私の胸で泣いてくれただけよしとしようかな」


「ご、ごめんなさい」


 見下ろしてくるフォーティスは少し悲しげだった。そのまま見つめあっていればおかしな気分になりそうで、焦って話題を逸らす。


「キャロラインさまが目覚めたら説得したいです」


 詳しく言わずとも、フォーティスは意図を読み取った。


「魔王になりかけの魔物を正式な聖女が消滅させたと思い込ませるんだね」


「はい。騎士団員のみなさんには浄化を見られてますが」


「そんなの私が『黙れ』と言えば済むことだよ」


 どうやってこの爽やかな青年としか言いようのない外見の男からポンと非道な台詞が飛び出るのだろう。涙が乾いてしまった。


I hate being a saint.

(聖女になりたくない。)


別の作品でも「聖女になりたくなかった女性」をちらっと書いたことありますが、ミュゼッタはもう少し掘り下げた感じですね。

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