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14. To the Khanbu valley.

 ダニカの件以降は平和な日々だった。


 騎士団女子寮を出てミュゼッタは本部の建物に入る。フォーティスから呼び出されていた。


 指定があれば第二騎士団の出動に同行することもあるが、治癒魔法を使うにも、ミュゼッタは活動対象をフォーティスの率いる第二騎士団の団員に限定されていた。


 基本ミュゼッタは本部で待機して運び込まれる負傷者の治癒を行う。そういう契約になった。


 とはいえ、縁が深くなるであろう第二騎士団の面々には紹介してもらっていた。

 

「ビドジール団長さまは第五の団長さまではなかったんですね」


「ああ、第五の団長はトルレット・ライデンだね。森の瘴気の調査の予定が先に立っていたから奉仕活動に利用させてもらった。私はミュゼッタを連行したことから監督役で第五の活動に付き添っていたにすぎないよ」


 第一騎士団はいわゆる王族専属の近衛であり平民と接触することはない。以下の騎士団のなかで第二騎士団は実質最強なのだとアモーラから聞いた。まだ若いのに、フォーティスはまたその中でも一番偉い人だった。

 

 第二騎士団が遠出することがあれば、フォーティスはミュゼッタも連れていく。


「次はカンブー渓谷への同行をしてもらえないかな」


「もちろん、雇われの身ですから行けと言われれば行きます」


 王都の隣、エンタジニア市に一週間滞在することになった。毎日谷へ出向き瘴気の調査をしながら魔物を駆逐し奥へ進む予定だ。夜は宿へ泊まって朝にはまたカンブー渓谷へ入る。


「エンタジニア市までの移動だけど、ミュゼッタって馬に乗れたりするかな?」


「小柄な馬を用意していただければ、乗っているだけなら……走れはしませんけど」


「へぇ?」


 にこりとしたフォーティスはなぜ、ともどこで乗馬を習ったの、とも聞かなかった。乗馬は前世で習得したが、今世では乗る機会がなかったのでいささか不安ではあるが。




 出発日、ずらりと並んだ馬たちの真ん中に案内された。


「ミュゼッタが乗る馬だよ」


 とは言うが、ほかの騎士の馬たちと大差ない体格をしている。小柄な馬を、と指定していたのに。踏み台もなしに軽々騎乗する彼らを横に、ミュゼッタは馬から見下ろされていた。


 無理がある。この胴回り、少し左右に揺れただけで振り落とされる未来しか見えない。怖気付いてるうちに前後の騎士たちは騎乗を完了して今にも走り出しそうだ。


 観念して(あぶみ)に足をかけるも、山なりの背を乗り越えることができず、かといって降りることもできず固まった。


「乗れるんじゃなかったのかな?」


 騎乗したフォーティスが並んできた。お手本のような姿勢で、本人の容姿もあいまって現実か疑いたくなるほどの美麗な景色を作り出している。


「……上に座っているだけなら、という意味でした」


 そもそもこんな大きな馬に乗る予定ではなかった。


「……フッ」


 あ、笑った、と睨もうとしたが彼は素早く馬の背から降りていた。


「ごめんね」


 腰を掴まれぐいっと押されて、馬にまたがることができた。一度乗り上げれば生まれる安定感。重心を支えた手はゆっくりと離れていく。鎧の高さを調節することまでしてくれたので、拗ねた心は消えた。


「意地を張らなくてよかったんだよ」


「お手数をおかけしました」


「また必要なら呼んで。ビスコッティ、頼んだぞ」


 フォーティスが小麦色(ビスコッティ)の腹を叩いたので、馬はすでに動き出している列に加わった。


 白いたてがみを指で梳き、首の横を撫でる。


「よろしくね、ビスコッティ」


 ブルル、と鼻を鳴らす馬はゆったりと上下した。


 何歳かはわからないが、ビスコッティはよく馴らされている。おっとりは個性なのか、老齢からきている気もする。道から逸れたりもせず通りの草をつまみ食いしようともしない。手綱を無理に引っ張る場面もなかった。



 カンブー渓谷は明かりが必要なほどではなかった。けれども空気が濁っている。下には岩肌が見えていて、平坦な道が続く。馬でこのまま進めそうだったけれども、降りるように指示された。地面に足を着けるにもフォーティスに助けられて、今度は笑われなかった。


「デンバー、見張りはお前に任せた」


「はっ」


 団員のひとりが集めた馬の面倒を見るために渓谷入り口に残される。


「アブネル、ミハス、ドルーは前へ」


 三人が傘の形になって先導した。フォーティスはミュゼッタに寄る。


「あまりよくない感じだ。気を引き締めて行くよ」


「はい」


「ミュゼッタは私から離れないように。守れなくなる」


 ひやりとする薄緑の目(ティー・グリーン)に、あごを引いて答えた。平団員ではなく団長が警護するという。前回ほとんど一般人だったミュゼッタを引き連れ、負傷させたことに彼は責任を感じているのだと思う。ミュゼッタとしてもまた怪我をしたくはないし、彼の判断に従った。


 奥へ進むにつれ、空気は冷えているわりに濁って、むわっとまとわりつく。息苦しくなってきた。


「瘴気が……」


「うん、濃いだろう。後日地元の聖女さまに浄化してもらえるよう頼んでいる。けれど先にある程度魔物を駆逐しないとおちおち浄化もしてられないからね」


「近くに聖女さまがいらっしゃるんですね、よかったです」


「だけど前回とはまた違った心配があるかもしれないな」


「違った心配とはーー」


「ミハス、ドルー、十一時の方角だ行け!」


 突如始まった戦闘に会話が中断された。


 二名が駆け出して、剣を振るう。フォーティスの背で前面が見えないので、魔物の断末魔しか聞こえない。


 短い討伐報告を終えて、一行は前へ進む。


 全員が慎重に行動してくれたためか、ミュゼッタが治癒魔法を使うことはなく初日は終わった。役割がら出番がないほうがいいけれども、守られる一方というのもなんだか申し訳ない。


 三日ほどそんな調子で、しかし騎士たちの士気は上がっていた。休憩時間に痛いところはないか聞いてまわっても、即座に否定される。


「ささいな怪我でも教えてください。ちゃんと治せますから」


「してないしてない、それよりおとなしくしててください」


「え……」


「ミュゼッタは団長に守られててくれればいいぜ!」


「あんたが怪我しない限りフォーティス団長からお叱り受けないんで」


 魔物に襲われるより、団長に怒られるほうが怖いとはよっぽどだ。彼はミュゼッタに対しては穏やかにしているのだが。ジェバーンの森に同行した騎士たちはもしや無事ではなかったのだろうか。


To the Khanbu valley.

(カンブー渓谷へ。)

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