13. Danica surrendered.
ミュゼッタは騎士団の医療室で過ごしていた。教会で倒れたのは事実だがそれ以降は元気で、仕事のためここにいる。
騎士団本部には他の団にも治癒士がおり、騎士団の任務に帯同することが多く、ほとんどの時間医療室は留守だった。医療室にやってくる怪我人も軽症で消毒したり湿布やガーゼを貼ったりする程度の手当てで間に合うことが多かった。治療が必要な場になればミュゼッタは最悪「目を閉じてリラックスしてくださいね」「見られてると治癒魔法発動できないんです」を強行する。
ピュウ、と口笛が窓の外から聞こえた。外は中庭になっているが、あまり人は寄りつかない。なんにせよミュゼッタをこんな方法で呼びつける人間はここにはいない。むかし一緒に働いていたダニカならいざ知らず。
もう一度ピュウ、と聞こえて、ミュゼッタは窓枠に体を乗り出した。
「……ダニカ!」
懐かしい顔だ。中庭に繋がる扉もあるのに、窓枠に足をかけて入ってくる。
「よぉ。こんなところで働かされてんの、あんた」
「なんでかこういうことになったの……。ダニカは? 元気だった? あんな別れ方になってしまって、最後にあなたにお給料をあげてなかったのが心残りでした」
「いーよそんなの。これまでだってあんた自分のぶんあたしに回してくれてたんだろ」
図星だった。治療院で得たわずかな稼ぎをミュゼッタはほぼ丸ごとダニカに渡していた。家賃と食費を確保できればよかったから。ミュゼッタに協力してくれる彼女に、金銭がいちばん手っ取り早い感謝を表す方法だった。
「あなたは大事な従業員ですから」
「それを言うなら共犯者、だろ。なぁ、ここから逃してやるよ。いまならいける」
ミュゼッタは目を瞠る。ダニカは真剣に言っていた。よりにもよって、騎士団の寮に侵入してきた度胸はある。それも、共に働いていたミュゼッタを助けようとして。
「……まさか、わたしを逃がそうとここまで?」
「捕まってから強制労働させられてんじゃないの? あたしなしでどうやって治癒してんのか知らないけど」
「正式に騎士団から雇われてここにいます。わたしたちの治療院での行為は罪ではないと認められたので、一週間の奉仕活動で許してもらえました」
「げっ、まじで……一週間ぽっきりで済んだ?」
ダニカは目を白黒させている。
足音がふたつぶん、医療室に入ってきた。
「ミュゼッタいるかな? 治療を頼みたいんだけど」
隠れる間もなかったダニカを背後に追いやる。この場面で窓から飛び出るのは怪しすぎるだろう。少し騒げば警戒網が瞬く間に広がる。それよりもさりげなく顔を隠しつつ気配を消してやり過ごすことにした。
「アモーラさん、怪我ですか?」
「あたしの同僚がね。診てくれないかな」
アモーラの同僚は返事をするミュゼッタではなく、別の人物に視線を向けている。
「あなたは治癒士だとして、そっちの……民間人ですか?」
ミュゼッタの影に隠れたダニカを指している。騎士服ではない私服だから目をつけられてしまった。
「わたしの友人ですよ。たまたま訪ねてくれたのです。
さぁ、怪我を見せてください」
近寄った女騎士はダニカの一瞬だけ見えた横顔で、じっと何かを思い出そうとしていた。
「……ダニカ? 幻覚魔法の使用で捜索手配中のダニカですか?」
正解を導き出してしまった。
窓に寄ろうとしたダニカを彼女は素早く角に追い込む。肩あたりに血が滲んでいるのに、怪我なんてしてないような動きだ。
「こっちに来なさい、取り調べが待っていますよ」
スラリと引き抜いた白刃にダニカは怯える。
「おい待て、いきなり剣を持ち出すことないだろ」
「そいつは現場から逃走したと聞いています。いったん逃げられないようにしてからのほうがいいでしょう」
「ダニカは逃げません、お待ちください!」
「一度逃げた者を信用できますか!」
それはそうかもしれないけど。話を聞くのに痛めつけてから、というのでは逃げたくもなる。ミュゼッタはダニカを庇い、アモーラがさらにその前に立ちはだかった。
揉み合った末に、剣が一線を描いた。それは表情からして明らかに意図的ではなかった。怪我を抱える彼女の肩が、腕のふんばりがきかなかったのだろう。それに、アモーラも二人をかばって踏み込みすぎた。
「アモーラ! ……すまない、私は」
額から眉間、右目を通り頬まで斜めにざっくりやられていた。
「冷静になったか……よ……」
床に座ったアモーラの前にミュゼッタは膝をついた。
「ダニカ、お願い!」
意識を取り戻したダニカはミュゼッタの隣に並んで、手を重ねる。幻覚魔法をかけるために。アモーラの傷は美しい光に包まれ正常に治った。
「よかった……アモーラ、本当に申し訳ない」
「あなたの怪我も治します」
剣をアモーラに預けて、目を閉じて受け入れた。
「ありがとうございます。すみませんでした」
「ごめんな。こいつ、戦闘のあとで気が立ってたんだ」
もうカラッと笑っている。
守ってくれたアモーラに謝られたダニカは恐縮して、「う」だの「はい」だの言っていた。
「で、あんたがダニカだっていうんなら、形だけでも取り調べしなきゃいけないんだけど、来てくれる? 担当者に引き渡すよ」
ミュゼッタがばっちり名前を呼んでいたし、言い訳もできない。両側を女騎士に挟まれて、ダニカは従順に連れて行かれた。アモーラがいれば悪いようにはしないとわかってくれたのだと思う。
「ミュゼッタ、いる?」
声をかけるのと医療室のドアが開かれるのは同時だった。くっきりした金髪がはらりと額に落ちる。
「どうかしましたか」
「アモーラから聞いた。ミュゼッタは怪我をしていない?」
「はい。なんともありません。アモーラがかばってくれました」
ふっと表情をゆるめて、フォーティスはミュゼッタの髪を撫でた。冷徹さなんかとは無縁のお顔をしている。
「それから報告もある。ベルエイミー・グロットーは地方勤務を命じられたよ。もう会わないだろうね」
ミュゼッタに悪意を持ち危害を加えた聖女。
彼女が命じられた中には減給と謹慎もある。貴重な浄化と治癒の使い手を解雇で失くすには惜しい、それよりも性根を叩き直したほうが得だとされた。
「ストゥは?」
フォーティスはミュゼッタの相棒を近辺から探している。彼はお留守番だ。
「衛生を気にされる方もいますから、医療の現場には連れて来ないようにしているんです」
「そう。これからも何かあったら私に言うこと。お願いだから教えてね」
おずおずとうなずくと、彼はにこりとして仕事に戻った。
取り調べの結果、ダニカは一ヶ月間に渡る町の清掃活動と教会での奉仕活動を命じられ、真面目に取り組んでいるらしい。
「一週間きっかりだって聞いたっつーのに」とはこぼしたらしいが、奉仕期間が伸ばされたのははじめに彼女が取り調べから逃げたゆえだ。
そして、奉仕活動が終われば王宮の下働きとして雇われた。幻覚魔法を使えるゆえ国の監視下におかれるためであり、礼儀を仕込まれるのはダニカにとってよいことだろう。
Danica surrendered.
(ダニカの降伏。)




