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12. Flash back.

 騎士団専属の治癒士として働くには、教会に登録しなければならない。仮免許はフォーティスが申請してくれたが、本登録へと進むには当該のミュゼッタが手続きに赴く決まりだ。付き添いでフォーティスもいることだから、絶対に避けられない。


 窓口にて、フォーティスが受付と話して書類をもらった。


「これが申請書。ここに名前を書いて」


 言われるがまま、ペンを取った。次いでフォーティスが保証人の欄を書き込む。


「内容を精査しますので、しばらくお待ちください」


 待合室まで下がり、フォーティスと並んで座った。膝に乗ったストゥはミュゼッタとは違ってくつろいでいる。


 正直なところ、こうして用事がなければ教会には来たくなかった。前世を思い出してしまうから。免許をもらってまっとうに生きる、希望のある未来のためにやってきたというのに、嫌悪感でめまいはするし体が震えそうなところを精神力で抑えている。


 前世オデッサとして生きていた頃、教会で育った。働くことは人を助けることすなわち美徳であり、休みもろくになく給与らしい給与もなく働いた。後から知ったが、貴族出身の聖女にはきちんと手当ても休日もあったらしい。聖願魔法が使えたので当然のように聖女登録されてからは浄化のために息をつく間もなく各地を飛び回った。魔王によって瘴気も魔物も活性化していた時代だった。


 生活が落ち着いたのは勇者アーガスと聖女コルネリアによって魔王が倒されたあと。


 教会の司祭に「コルネリアの代わりをしなさい」と言われ、なんのことかわからなかった。それが「勇者と結婚しろ」の暗喩だと理解すると、反論した。誰も望んでいない、と。どうにか阻止してくれるよう訴えると司祭も深くうなずき、「教皇さまにお伝えしよう」と賛同してくれた。その場は安心するも、その言はついぞ叶えられることはなく。婚約者はすり替えられ、書類は知らされぬままに改ざんされた。


 新郎新婦でさえ幸せでない結婚が執り行われた。はじめからオデッサの意思など無視し、教会上層部は煙にまいただけ。次代の大聖女には貴族の娘が選ばれていた。勇者は平民だったから、両方の厄介払いをしたかったのだろう。


 孤児であったオデッサにとって、教会に勤める人たちは親でありきょうだいである。無垢なうちからそう教えられた。家族に裏切られて、オデッサは信じることが怖くなった。


 神を愛しなさい、隣人に親切にしなさい。


 教会の教えとはそういうものだ。


 裏切られることになっても?

 彼らが真実オデッサを愛さないとわかっているのに?

 ただ益があるから使われているだけと自覚しても……。



 ミュゼッタは神を信じている。ある意味では。不公平をもたらす絶対主め。


 前世でどれだけ勇者と向き合おうとしても、彼は運命の出会いに固執してオデッサーーミュゼッタの前世の姿とやり直そうとすることはなかった。神がよしとしなかったからだろう。そして今世でその記憶を受け継いでいること。これが神の仕業でなくてなんなのだろう。かの深い御心を人間ごときが悟ることはないだろうけれど。


 どれだけ心を捧げようと、身を尽くそうと、オデッサは苦しみながら死んだ。


 神がやったのだと思わなければやっていけない。だからこの世界に神はいる。

 しかしながら神の愛を感じられないと、神を愛する気力を失ったのは、ミュゼッタのせいではないはずだ。


 ただ人間が目の前に痛みで苦しんでいる姿を見てしまえば、治癒の手を伸ばしてしまう偽善者の自分にも嫌悪感を抱えながら生きてきた。


 トントン、とストゥが注意を引いた。

 いけない。ここにいては、際限なく過去に攫われてしまう。




 ーー闇の中から光をもたらしーー忍耐力がすべてを制すーー名誉と正義を貫けばーー神に(まみ)えーー生と死と均衡を尊びーー汚れなき心に万全はもたらされーー真実が勝つ……


 毎朝聞いていた説法が頭の中に蘇る。教会の内陣は声が響く。体に染み込むように、音が反響するのだ。


 ーー神はあなたを愛します。愛します。愛します。愛します。愛します。



「手続きは終わったよ。帰ろう、ミュゼッタ」


 現実の声が遠い。でも動かなくては怪しまれる。ふらふらと立ち上がった。


 ああ。やっとここから抜け出せる。

 外に出て、息をしよう。

 ぶつりと視界が途切れた。


 手足の感覚が消えて、歯を食いしばりたかったのだけれど、ーー?


「ミュゼッタ! ……顔が真っ白だ」


 倒れ込んだ先、というか受け止めたのはフォーティスだった。まだ、くらくらする。手足がしびれ感覚が戻ってくる。


「すみません……外が眩しく、て。大丈夫です」


 彼の腕を押して、二本足で立つ。歩く。歩けているはずだ、小股でも。


 ぐん、と体を引き上げられて、薄緑の瞳とかち合う。


「まだ外じゃない。もっと笑える嘘をつくことだ」


 抵抗もできずに、運ばれる。非難されているはずなのに、ちっとも悲しくない。体を委ねる腕は安定している。歩みはやさしい。なんだか宝物にでもなった気分だった。


 フォーティスからは心配されてしまったけれど、教会を出て寮に戻ればすっかり元気になったので、一時的な体調不良、ということで追及は免れた。



Flash back.

(蘇る記憶。)

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