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11. “I’ll be in your care.”

 目を開けたミュゼッタは体をこわばらせる。


 この違和感。ベッドでも壁でもないものに、全体重をかけて寄りかかってしまっていた。よりによって人間を、フォーティスを安楽椅子扱いしてしまうなんて。しかも一晩中。


 こう言うのはなんだが、快適だった。ここしばらく味わっていないすやすや安眠だった。そのぶん申し訳なさがふくれあがる。


「お目覚めかな?」


 と言う彼は寝ていない。わりにだるそうな素振りもないところは、騎士としての訓練の賜物か。


「……おはようございます。大変失礼をいたしまして、申し訳ございません」


 寝起きそして後ろから抱きしめられている体勢が恥ずかしすぎて立ち上がることすらできない。縮んで縮んで、ストゥくらいになってしまいたい。


「私はいいのだけど。ミュゼッタが寝ている間に治癒したらこの通り私らの手がくっついてしまってね」


 持ち上げられた、指が絡み合う大小の手。目が点になる。

 いつの間にこんなことに。


「剥がすにはどうすればいいと思う?」


 離れなくなっただなんてこと、あるわけがない。指を広げてもフォーティスの手は下に落ちないし、押しても引いても同じ。


「……からかってますね」


 にしても、自分の失態のほうが恥なので責めるなんてできない。


「はは、これはわかるか」


 ミュゼッタに見せつけるように、小さいほうの手の甲ど真ん中に唇を寄せた。


「ミュゼッタ」


 ちゅ、と双唇はどこまでもやわらかく衝撃を与えた。


「鈍いとこ、自覚したほうがいいよ。でないといつか誰かを狂わせる」


 肌の接触と、腕の変化を脳で処理するので手いっぱい。フォーティスの台詞の大半が流れていった。


「……包帯が」


 外れている。かさぶたも残らない皮膚。痛みが根元(こんげん)から消え去っている。


「え、うそ、傷が、ない。治癒したって言いました?」


「それもあるけど。まったく。惚けっぷりはわざとかな?」


 ぱっと束縛から解放される。


「とにかく、厄介な体質が治ってよかったね」


 夜が明けるころには痛みで起きることもあるのに、痛み止めを飲まなくてもまったく平気だった。


「治してくださりありがとうございます」


 現実として受け入れがたくて、傷があった場所をさする。ピキッと手が止まった。


 あれ。たったいま、口づけを受けてなかったか。手の甲に。怪我が治っていることに吹き飛んでしまっていた。


 顔を赤らめもしないフォーティスは、よく女性にやっていることなのだろうか。


「一応聞くけど、今回みたいに困ったときに頼れる人は」


「いたらとっくに頼ってますね……」


 家族も血縁も生きてはいるだろうが、連絡はとりたくない。あちらはミュゼッタなど死んだものと処理しているだろうから。


「ならやっぱり私はミュゼッタに騎士団の治癒士になってほしい。もうちょっとましな暮らしを送ってほしいし」


 ここは、生活に必要最低限以下の場所だ。暮らしの改善はわりと差し迫った問題ではあるけれども。


「わたしが騎士団でうまくやっていけるとお思いですか?」


 あのヘドロ治癒魔法を抱えて、治癒士として?


「うん。私が鍛えた騎士たちは並の精神じゃない。私はミュゼッタの治癒に驚かなかったよね?」


 治癒を受けたフォーティスは眉ひとつ動かさず、とまではいかなかったけれども、身じろぎもせず声も上げなかった。その彼が育てた人たちの輪の中でなら、ミュゼッタも常人のように生きる道を見つけることができるのだろうか。


「どうぞよろしくお願いします」


 にこっとしたフォーティスの顔は飴玉ををもらった少年のようだった。


「本部に行って手続きしよう。でもその前にお腹が空いたから、朝食に付き合ってくれるかな?」


「睡眠はとってらっしゃらないようですが、眠くはありませんか?」


 返ってきたのははいでもいいえでもなかった。


「騎士団名物コーナ山行軍って知ってる?」


 外を歩きながらフォーティスは説明した。

 騎士団に入って五年目の年に、山越えをする。道のりは昼夜なく進んで一週間かかる距離。しかも持てるのは三日分の水と食料のみで、あとは自給自足。途中で断念しても罰則などはないが、これを時間内に完全攻略できるかどうかが出世の分かれ目だと言われている。団長格に上がっている者はいずれも目標時間内に踏破している規格外ばかり。


 その過酷な訓練を思い返せば二徹や三徹などなんてことははない、と。


 必要だから肉体と精神の限界に挑むにしても、騎士たちに同情した。ミュゼッタなら山越えなんて一晩ももたない。




 これまた朝食をご馳走になってしまって、騎士団本部へ着くなり騎士を紹介された。


「アモーラ・シルバルト入ります」


 応接室にやってきたのは動作のきびきびとした女性だった。未使用の刷毛のようにすっぱりと切り揃えられた髪が肩の上でさらさらとしている。


「シルバルト、急に呼びつけてすまない」


 いえ、と否定しつつ明らかに部外者の様相をした平民の娘に表情が驚きに崩れた。


「こちらは治癒士のミュゼッタ。第二の団員として雇う予定なんだ。女性騎士の寮に彼女の部屋を用意してほしい」


「治癒士を?」


「諸事情により、ね。人柄は私が保証する。一時的とはいえいつまでも男がうろつく客室に泊まらせるのは気が休まらないだろう。寮を仮住まいにしてもらって、ミュゼッタはあとからゆっくり生活の基盤を整えればいい」


 次の家賃も払えそうになかったので、ミュゼッタにとってはこの上ない提案だ。寮でお世話になって、お金を貯めつつ、おいおい町のどこかに住居を探すこともできる。配慮と、それを実行できる力に恵まれていてすごい。


 低いところで手を挙げると、フォーティスはすぐに気づいた。


「ペット持ち込みは可能ですか……?」


「そうだ、ストゥがいたね。鳥や小動物を飼っている者もいるから、躾ができていれば問題ないよ」


 はい、と短く返事をすればアモーラがあとを引き継いだ。


「ではミュゼッタ、寮へ案内する。こちらへ」




 応接室を出て、ブーツの固い靴音が止んだ。アモーラがくるんと振り返って、ミュゼッタの肩を掴む。


「ミュゼッタ、ビドジール団長とどうやって知り合ったの?」


 アモーラの眼差しはキリリとしながら、茶目っ気も混じっていた。


 どこまで話していいものか迷う。彼女も騎士なのだし、フォーティスから頼む立場なのだから正直に全部言っても差し支えないかも。


「騎士団で奉仕活動をすることになって、一週間治癒士として働いていたんです。その騎士団にビドジール団長さまがいらっしゃいました」


「最近の治癒士がらみの事件っていうと、治療院で幻覚魔法が使われていたっていうやつ?」


「はい、その治癒士がわたしです。でも、わたしは幻覚魔法は使えませんから」


「ああ。危険性なしってなってたけど、もう一人関与した人物から調書取れてないんだよね。それもあってビドジール団長が目をつけてるのかぁ」


「そ、そう……ですね、きっと。ダニカをおびき寄せたいんでしょう」


 彼女は逃げおおせているようだ。それからアモーラの目がやわらぐ。


「こういうのは脅すようでいやなんだけど、わかってたほうがいいから言っておく。外では気をつけてね」


「何に対して……ですか? これでも犯罪は犯してませんけど」


「違う違う。ビドジール団長のことで。女性には優しいからモテるけど、とってもモテるけど、部下が泣くくらいモテるけど、仕事以外で近寄らせることはないから。ビドジール団長がそばに置いたりして世話を焼いてるって、要らぬ嫉妬されそ」


 途中に妙な力がこれでもかと入っていたが、要はミュゼッタを心配してくれている。


「わたしだって、仕事上の関係しかないですよ」


 薄着の下でだらだらと汗をかく。手を握られたのは治癒だとうそぶけても、後ろから抱きしめられたり手の甲にキスは仕事だなんて言い訳が立たない。ミュゼッタが求めたことでないとしても、秘匿事項だ。一晩過ごしたなんて、すでに消したい過去なのに。


「それでも、内情を知らない女からするととんでもないからね。慕ってる女性は下町から貴族まで幅広いよ」


 フォーティス人気はそこまで広がっているのか。ベルエイミーの件で、女の嫉妬の片鱗は味わった後だ。なにがなんでも回避したい。寮に入っても安全なのか怪しくなってきた。


「ご忠告ありがたく心に刻みます……」


「女でも騎士ならあの人の冷徹さと過酷さと容赦のなさは間近で見てるからさ、惚れるには恐れ多いってわかってる。寮の中は安全地帯だと思うけど。何かあったらあたしの部屋まで駆け込んでおいで」


 騎士を前にしたあの人には厳しさしかないという。そんな評価をされているとは。あれだけミュゼッタに優しいのは、兵役を知らない一般女性、治癒士だからなのかもしれない。


「シルバルトさま……」


「アモーラでいいよ。同じ屋根の下に住むんだし気楽にね。あたしだって最初からミュゼッタって呼んでるし」


「お世話になります、アモーラさま」


 フスフスと鼻を鳴らすストゥも、ミュゼッタの肩の上でお辞儀をした。


「こっちはストゥです」


「よろしく。礼儀正しい子だな」


 ニッと笑うアモーラが、短い毛の額を撫でた。


 


“ I’ll be in your care.”

(「よろしくお願いします」)

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