10. Why am I feeling in this way?
フォーティス・ビドジール、二十八歳、男。現在困惑の渦に掻き回されていた。目下の問題は、ミュゼッタが己の腕の中でくたりとしていること。それはもうすやすやと。
「ほんとに、眠ってしまった……?」
ゆったりした呼吸は、フォーティスの心臓の鼓動とまったく違うリズムを刻んでいる。
これは、信頼と受け取っていいのか否か。
騎士として、紳士としてフォーティスを認めているからこそこの状況か。どうなってもいいと思っている捨て身ならば悲しい。
部屋は暖房もなく冷えていた。ミュゼッタは隠そうとしていたが震えていたものだから、隣に座るくらいはできると思ったのだ。
それが、話しているうちにミュゼッタのまぶたは完全に閉じて、体重を預けてきた。薄い肩は冷えている。腕の中に誘い込んで、足の間に座らせた。これだけされても眠りは深く、赤ん坊のように寝ている。
安心しきった寝顔を撫でてみたい衝動を抑えてむずむずする。
二ヶ月近く見てきたなかで掴めてきた彼女の人物像。真面目で任されたことには責任を持つ。
フォーティスの顔を見ても他の女性のように態度を変えたりしない。騒がない。それは、恋愛に興味がないーーというよりも、ミュゼッタはどこか人間関係を諦めているふしがある。彼女の仕事仲間のダニカに逃げられたことは裏切りにしか見えなかったのだが、ちっとも痛手などないかのようだった。全ての人間は己の目の前からいつか消えるのが決められている、とでもいうように。
自身のことを矮小で取るに足らない存在だと見せかけたいようだが、あんなヘドロの形をした治癒魔法など見たことないし、気になるではないか。呪いと見間違えられる見た目をしているも、本質はまるっきり違う。
なにがどうなってあんな形になったのか、ミュゼッタの事情を知るべくわかりやすい餌付けという厚意を差し入れし続けているものの、初対面のときから態度が変わらない。受け取ってありがとうは言うけれども、そこから好みも推測できず意見も返ってこず。
自分を押し殺してしまう人なのだろうか。
魔物に襲われたときも、聖女に殴られたときも。ミュゼッタは周囲に頼ろうとしなかった。助けを完全に拒絶するわけではないけども、決して期待や歓迎もしない。
ああ、この子は踠きもせずひとりで溺れようとする子だ。
四歳の子でも言える「助けて」が言えない。そう育てられた。もしくは悪い方法で学習してしまった。頼れる人などいない、助けてくれる人なんていない。すなわち自分には助ける価値がない、と決めつけてしまっている。
それにしたって。
「かなり、これは、無防備すぎないかな……?」
まるで自分のような女に懸想する人間がいるわけがない、という思考が透けるようだ。もしくはフォーティスが男として認識されていない。
恋をするよりされることが多い人生を生きてきて、面倒を回避するために女性の気持ちを察する能力はいやいやながら伸びたけれども、ミュゼッタの行動原理は読みきれずにいる。こちらを信頼してないのにも関わらず、警戒しない。
首を掻き切るならさぁやれ、と差し出されてる気分だ。
ストゥはミュゼッタの膝でくるんと丸まりつつ、つぶらな瞳を鋭くさせてフォーティスを見張っている。性別を確認したことはないけれども、うっすら雄っぽい。
「誓って、意識のない女性にいかがわしいことはしないよ」
小さな守護者はフンと鼻を鳴らした。
でも、とミュゼッタの腕に手をかざす。
さきほどかけた治癒魔法には変化があったような気がしてならない。朝昼夕とかけたとき治癒は効き目がなかったけれども、夜には条件が変わるとしたら。
治癒魔法を発動させると、光は継続した。するすると包帯に、包帯の下にある傷跡に染み込んでいく。
「いけた……?」
成功の手応えがはっきりある。
包帯を解くと、なめらかな肌が現れた。その白さは血管を指で辿れるほど。裂傷もみみず腫れもない。ミュゼッタは起きないので痛みもなさそうだ。
「よかった」
腕の先、片手の指を絡めて手を握る。なんと小さいことか。薄い肉の奥にある骨なんて剣の柄を握る調子で力を込めれば折れてしまう。
「ジジッ」
乙女の守護獣へ静かに、と人差し指を立てて笑いかけた。
「ミュゼッタが起きてしまう」
こんなにぐっすり寝入ってしまっているのだから、心ゆくまで休ませてやりたい。
聖女とミュゼッタが共にいるところを見たときはひやりとしたが、今日はよい発見もあった。
絶対かは不明だが、ミュゼッタが寝ているときに治癒魔法は効く。意識がないとき限定なのか、日が沈んだ後でなら効果があるのかは謎だが。
Why am I feeling in this way?
(この気持ちは……。)




