39 尖塔
柵で囲まれた屋上。遮るものがなくて、風がかなり強い。私は、クララから五歩くらいのところに立っていた。
私の姿を見たクララが、口を開いた。
「クリスティナちゃん。どうしたんですか?何かとっても嫌な事でも、ありましたか?」
「はぁ……ぜぇ……。そこを……どい……ぜぇ……」
駄目だ。
口が回らない。大体階段が長すぎるのだ。序盤怒りに任せてペース配分を考えなかったせいで、息が整わない。最後の梯子がマジで致命傷だった。とりあえず一番高いところまで来たけど、階段ですらないなら作るなよこんなとこ。ひょっとしたら、この規模の運動をしたのは初めてかもしれない。明日は筋肉痛かな。
まぁ、順調にいけば明日は来ないんだけどね!
「くっ、くふ……げほげほ」
一人で勝手に笑ってみた。やっぱり喉に問題がある。聖女の修行でもしていたのか、真っ白い服に身を包んだクララが心配そうな目でこちらを見てくる。
あー、ムカつくなぁ。
昼飯も一緒に食べない世話係が、一体どんな心持ちで私の心配をしようというのだ。どれもこれも、クララの人生が順調過ぎるから悪いのだ。
「クリスティナちゃん?大丈夫ですか?ここの階段、一気に登ったら私でもきついですよ。残念ながら癒しの力では治せませんけど、お茶でも飲みますか?」
「いや、いいから。下でアルメーヌ先生が呼んでたよ。行ってきたら?」
ちょっと早口になってしまったけど、仕方ない。一息で言いきらないと、変なところで息継ぎが入って余計に苦しくなるのだ。
でも、クララは私の渾身の嘘には騙されなかった。
「そんな事できませんよ。クリスティナちゃん、ここで一人にしたら飛び降りちゃうじゃないですか」
「え⁉︎なんで知ってんの?」
私の事情とか何があったかとか全部すっ飛ばして、いきなり正解をついてきやがった。驚きのあまり、袖口に仕込んだものを落としそうになる。
「クリスティナちゃん、夜いっつも泣いてるじゃないですか。死にたい、飛び降りたいって毎晩言ってますから。そんな顔して屋上まで来たんだったら、飛び降りにきたに決まってます」
「な、ナゼソレヲシッテルノデショウカ」
「ほら、私ってクリスティナちゃんの隣の部屋に住んでますよね?私の勉強机の位置はクリスティナちゃんのベッドと壁越しに隣り合ってますから、夜勉強してると隣の泣き声が聞こえてくるんです」
「死ね!木造建築死ね!なんでうっすい板一枚なの⁉︎ここ歴史ある学園だよね⁉︎これだから現地人とかいう土人どもは……」
まじか。盗み聞きとかクララ最低過ぎる。少し前の自分を棚に上げ、罵倒に全力を尽くす事で、毎晩のメンタルケアが知られていた衝撃から目を逸らす。
「そうなの!大体悪いのは、アルバートと幽霊があんなとこで話してた事だから!何がこの辺なら生徒も来ないしオッケー、なの⁉︎私思いっきり毎日通ってるじゃん!声めっちゃ聞こえるし、耳当てた私はもちろん悪くないですし?」
錯乱とも言う。
「え、やっぱり盗み聞きしたんじゃないですか……。でもそれはいいです。クリスティナちゃん、知っちゃったんですね」
「え、何?クララ知ってたの?」
私が尋ねると、クララは申し訳なさそうに言った。
「えっと、この前の夏王都に行った時に、アン先生の仕事場に案内されたんです。そこで、初めは事故だったんですけど、いろいろ教えてもらいまして。アン先生は、先輩の聖女の中でもずば抜けて魔法が使えるんです」
なるほどね?
アン。幽霊の妹。私の専属メイドだった人。
学園に私が入学した時に言った言葉は、学園にはついてこれない、私は王都を離れられないから。
そりゃそうか。貴重な聖女さまだったなら、どうりで王都から出られないわけだ。
あとこの国の情報セキュリティがばがば過ぎない?どうも、あと数人知ってるやつがいてもおかしくない気がしてきた。エマあたり、キャラ的にもすっごく怪しいよね。なんで私にくっついているのかとか、全部それで説明つきそうな気がする。
「ひょっとしたら、クリスティナちゃんにとってこの世界に生まれることは、望んだ事じゃなかったのかもしれません。でも、それって死んじゃうほどでしたか?」
「まず人格をぽんこつにして弱体化を狙うために、私が呼ばれた辺りで沸点が限界じゃん?」
できることなら、全員殺して回りたい。この世界の最低な現地人どもを、一人一人殴り殺してやりたい。私が絶対活躍できないようにした上で、クリスティナはやればできるんだから!なんて言われていたかと思うとヘドがでる。
でも、さすがにそれは出来ないから。だったら私は私のやり方で復讐する。
「でも、私たち、クリスティナちゃんに悪意を持ってるわけじゃないです。不幸を防ぎたかっただけで、みんなクリスティナちゃんのことが大好きなんです。クリスティナちゃんと過ごす時間がとっても楽しかったから、みんなで仲良くしてきたじゃないですか。自分の生まれ方がそんなに重要なんですか?クリスティナちゃんは、もう十分この世界の人です。馴染んでます。間違いないです。私が保証します。クリスティナちゃんには、これからもっともっと楽しい毎日が待ってますよ。自殺なんてしちゃダメです。それはとっても悲しくて、恐ろしいことです。せっかくこの世界に生まれてくれたんだから、楽しい人生を送って欲しいです」
私が夜な夜な泣く事を知りながらなぜ楽しいとか言ってやがるこいつ。
でも、クララは本当に真剣な顔で私に話してきて。
やめてよ。私は、そういう顔に弱いから。アンさんの時だってそうだった。
負けないように、気持ちを奮い立てる。こんなところでくじけてたまるか。もう後戻りはできないのだ。
「でも、私は二度目の人生なんて送りたくなかった。残念だけどねクララ、私には、これから楽しい毎日が待ってるとは思えないの。これから勉強だって増えるし、社交も学ばないといけないし、ひょっとすると、なんとか夫人って呼ばれるようになって、使用人の管理とかまでしないといけなくなるかもしれない。私には、そういうのは無理だよ」
「だから死んじゃうんですか?他にもやりようはいっぱいあります。そんなことのために死ぬのは、おかしいです。別に、クリスティナちゃんが私たちを憎いって思うなら、それでも構わないです。でも死ぬのはダメです。みんな悲しみます。私も悲しいです」
「それがどうしたっていうの?前にクララ、言ったよね。山の上の神様には、山を登らないと願いが伝わらないって。空の上の人には、きっともっと高くまで行かないと思いは届かない。私が死んだ後、あなたたちがどうなろうが知ったこっちゃない。死人に口無しっていうけど、この場合重要なのは目も耳も無いってところだよね」
山登りのあの日。その超理論で死にかけた事を、私は忘れない。
「そうじゃないです。例えそれが、どんなにクリスティナちゃんの求めるものであっても。自分を殺すことは、絶対悪い事です。生きていれば、嬉しい事、楽しい事だって、いっぱいあります。その可能性を全部捨てて、悪い面だけ見て自分を殺すなんて、間違った事です」
なんだかなぁ。
私もいろいろ間違えてるし、多分クララもいろいろ間違えてる。言いたいことは、ぐちゃぐちゃの頭じゃ半分も言えないし、お互いの思いなんて、三割も相手に届かない。
でも、それでも、クララが一生懸命だってことは伝わってきた。
「楓。双葉楓」
だから。
私だって。
「え?なんですか?」
本気で向き合ってみせる。
「私の名前。私が、一度死ぬまで使ってた名前」
飛び降りて死んだ私の最期は、きっと名前の通りだっただろう。
地面に広がる、赤い色。
「冥土の土産に教えてあげた。じゃあね」
袖口に仕込んでおいた、エマ特製の煙玉を投げる。
秋祭りの鞄に入っていたものを、一つくすねて図書館に隠していたのだ。まさかこんなに早く使うことになるなんて。
「何⁉︎クリスティナちゃん‼︎」
玉が地面につくが早いか、白い煙が辺りを覆う。私は急いで、梯子を降りる。そのまま鐘のあるところまで下がって、そこから勢いよく飛び降りた。
「ざまあみろクララ!ざまあみろ現地人ども!あははは、私の勝ち!」
口喧嘩っていうのは、最後に勝利宣言した方が勝ちなのだ。
最後にクララに勝ってみせた。
ヒロインに勝った。
前に一度味わったことのある、どこにも繋がっていない浮遊感。私は、一度目と同じように、そのまま意識を失った。
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。
私は、白い半透明な液体で満たされたような世界の中にいた。足がついていないのに落ちて行かないのは、きっとそのせいだ。
上の方を見上げると、光が射しているのがわかる。
下の方は、白く濁って分からない。
空間全体に、重い、荘厳な音が響き渡っていた。鐘の音のようなその音は、聴覚ではなく、触覚で感じ取れる。白い液体と接している肌が、ぴりぴりと震えるのだ。
私の前の方から、一つの光がやってきた。はじめは遠くに見えたその光は、近づくにつれその大きさを増し、直径三m程の球体となって私の前に停止した。白い液体に隔てられているお陰で、そこまで目は眩まない。薄ぼんやりとした、オレンジ色の優しい光に見えた。
光が少し、揺らめいた。揺らめきの振動が、白い液体を通して私に伝わる。
「はじめまして」
これはきっと、光の声だ。暖かくて、優しい声。全て包み込むような、聞く人を安心させる声。
「私は、希望、期待、夢、光、明るい未来。私は、願う人のための道しるべ。信じる人のための灯台。
クリスティナ、双葉楓さん、はじめまして」
「クリスティナでいいです。はじめまして。えっと……」
「お好きなように」
「じゃあ、希望の光さんで」
光がまた揺らめく。
「クリスティナさん、あなたは生前、私の敬虔な信者でした。そのため、あなたはここに来ました。私、希望、期待、夢、光、明るい未来は、あなたと会話する事をたのしみにしていました」
私が?信徒?
「あなたは生前、ずっと私の事を信仰していましたね」
「えっと、嬉しいですがなにかの間違いだと思います。私は、神様の存在すら半々程度でしか信じていませんでした」
光が大きく揺らめいて、白い液体が動いた。肌にこそばゆい感じが伝わる。光は、笑っているのだ。流されかけた私は慌てて両手をかいて、光の正面に戻ってきた。
「いいえ、あなたは私を信じていました。あなたは、物心着いてからずっと、私とともにありました。あなたは私を、ハッピーエンドという名前で呼んでいましたね。あなたほど心の底から、自分の将来が輝けるものになる事を信じていた人はいませんでした」
そりゃまあ、乙女ゲームの世界だからね?
「どんなに未来を信じる人間でも、そこには条件がありました。自分がこれだけ頑張ったら、自分がこれを達成できたらというように。あなたには、それはありませんでした。あなたは常に、今よりも良い未来、みんなに愛される未来を、無条件に、そして具体的に信じていました。だから、あなたに奇跡をあげます。あなたの体の元の主が、本来手に入れるはずだった力。全てを完全な状態で与えます。ルドヴィンにだって、できない事です。祝福もしましょう。あなたは私の、可愛い娘ですから」
どこか遠くで、沢山の人が歌っているように感じる。とても綺麗な歌。未来の幸せを称える歌。
「でも私は、最期にハッピーエンドを捨てました。結局、逃げました。どうして私を選んだのですか?」
光がまた大きく揺らめく。白い液体が動き、私に触れる液体が前より暖かいものになる。
「私は、希望、期待、夢、光、明るい未来です。たった一度の失敗くらいで、希望は潰えません。明るい未来を司る私が、あなたに期待して何かおかしなところがありますか?」
光が大きく膨張して、眩しく輝いた。
「あなたの肉体は、あなたのお友達が治しています。私は、あなたの魂を送ります。明るい未来を信じる人に幸あれ!希望を捨てない人に幸あれ!夢を求める人に幸あれ!」
合唱の声が、だんだんと大きくなっていく。それはきっと、私の未来を示す歌。私のためだけの讃歌。
私は目を覚ますだろう。
もう泣かない。もう何も恨まない。
私には、ハッピーエンドが約束されているのだから。
作者です。
これで、この作品は完結です。
ここまで頑張ってついてきてくれた読者の皆さん、ありがとうございました!
とりあえず物理的にオチるものを書きたいなって思ったのが始まりでした。なんとか、最後までたどり着くことができて嬉しいです。
31話が二つあったり、本を呼んだりする誤字脱字にまみれた話でしたが、最後まで辛抱してくれて、本当にありがとうございました!




