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38/39

38 過去

秋祭りから数日後。

授業を終えた私は、図書館に向かうため校舎内を歩いていた。

生徒のほとんどは玄関から出ていくため、からの教室が続くこの辺りにはほとんど人気が無い。図書館に入る場合は、こっちの方が近道なんだけどね。

一応掃除はされているのだろう、割と綺麗な廊下を歩く。


空き教室の一つに差し掛かった時。不意に、誰かの声が聞こえた。


「ルドヴィン先生、なぜクリスティナは王宮に入る許可が下りないのですか?」


誰もいないと思っていた私は、いきなり私の名前を呼ばれて、びくっとして歩みを止める。

アルバートだ。それも、かなり大きな声だ。

今クリスティナって言った。ルドヴィンが誰だかは知らないけど、多分私の話だ。

音を立てないよう、声が聞こえた教室の隣に入る。

扉が開いているのが幸いだった。教室後ろの壁にもたれて、耳をつける。さすが木造建築。よく聞こえる。

おそらく、ルドヴィン先生とやらが喋る。


「ふむ。私にそれを聞くと言うことは、ある程度までは事情が分かっているんだね?本来ならあと三ヶ月は様子を見る予定だったが、まあよかろう。既に最悪の状況は回避できている。まず君が知ったことを話してみなさい。それから私が話す」


ルドヴィン……。どこかで聞いたことはあるんだけど、分からない。若い男の声だ。

またアルバートが喋る。


「先生はクリスティナに何か魔法をかけましたね」

「そうだね、その通りだ。彼女の頭が一日で改善したのは、私が魔法を使ったからだ」


ああ。幽霊か。


「そのタイミングではなく、クリスティナが生まれた直後の話です。先生、あなたの髪の色が白く変わったのも、クリスティナが生まれた後すぐあなたがエクバート公爵の屋敷に行ってからの事だ。そこであなたは、クリスティナに何かしたんです。その証拠に、クリスティナが王都の屋敷で暮らしていた時の専属メイド、アンさんは先生の妹だ。監視も兼ねていたんですか?」


まずい。

多分これ私が聞いたらダメな話だ。本来なら、放課後にこの辺をうろつく生徒なんていない。秋祭り辺りから、ただでさえ私のメンタルは不安定なのだ。

だけど、私は壁から耳を離すことができない。知りたいと思う自分が、確かに私の中にいる。偏見も、こういう秘密の会話的なやつは聞いといた方がハッピーエンドに近づくから、とりあえず音を出すなって言ってる。

少しの沈黙の後、幽霊が話し始めた。


「概ね正解だよ。アンは監視の役目でクリスティナのメイドをしていた。私は十二年前、クリスティナに魔法を使った。この髪の色は、その時の代償だ。全部合ってる。でも、いくつか足りないところがあったから、私から話そう。まず、アルバート殿下、君がクリスティナだと思っているものは、クリスティナではない。生き死にの定義にもよるが、クリスティナ本人は私に殺されている」


壁にもたれていて、本当に良かった。足に力が入らない。危うく倒れるところだった。

こんな話、聞いていられない。アンさんがどうだとか、そういう次元じゃなくて私の転生が完全にばれてる。もうちょっと私に優しい人から、オブラートに包んで砂糖漬けにして、遠回しに私の負担にならないようにやんわりと伝えてほしい。


自分の手のひらをじっと見つめる。

これは私の手のひらじゃない。クリスティナの手のひらなのだ。クリスティナは死んだのだ。私は身代わりでここにいるのだ。私がいたからクリスティナは死んだのだ。悪役令嬢として活躍するはずだった彼女は、その自我もろくに芽生えないまま、幽霊によって殺されたのだ。


くらくらしてきた私に構わず、幽霊は少し早口に話し続ける。私は耳を離すことができない。今壁から離れたら、倒れてしまいそうだから。今夜の儀式は盛大になりそうな予感。


「私がその予知を見たのは、クリスティナが生まれる少し前のことだ。酷い夢だった。夢のくせに整合性があって、途方もなく荒唐無稽な一つの存在を除いた全てが、現実にあってもおかしくないものだった。

それは、この国の未来の夢だった。夢を見た当時からすると、十二年後から十四年後くらいまで。長い長い夢だった。

夢の初めは、宰相の葬式から始まった。二人の息子も死んでいた。たった一人生き残った娘は、まだ十二歳。でも、私には直感で分かった。この娘が彼らを殺したんだ。彼女は天才だった。大人顔負けな頭脳、優れた美貌、魔法だって、私より大きな魔力量と私より多い種類の適正を持っていた。まさに神の加護を持つ娘だ。両親が死んで、残った家族は絞りかすみたいな人間しかいなくても、彼女は第三王子の婚約者のままだった。学園では優秀な成績を修め、みんなの憧れだった。

彼女が何を考えていたのかは、私にも分からない。それからいくつかのきな臭い事件があって、皇太子と第二王子、そのほか有力な貴族が次々と死んだ。汚職を暴かれて、没落していった人もいた。

第三王子は、それらの事件に婚約者が関わっていることに気づいた。彼女は主に、悪魔の使うような闇魔法を使っていたからね、聖女候補と組んで、最後は聖剣や龍神の子供の力も借りて、彼女を討ち果たした。

その、第三王子の婚約者というのがクリスティナで、聖女候補がクララ、第三王子はもちろんアルバート殿下だ。

同じ頃、陛下も同じ予知を得ていた。人を使って陛下が調べたところ、汚職の情報とかが一致していたので、私達は対策を立てることにした。予知の通りいけば闇魔法使いは倒れるけれど、犠牲が大きすぎたからね。単純な魔力勝負では、私は彼女に敵わない。

だから私は、生まれたばかりの彼女に、別の魂を植え付けることにした。

それもとてつもなくぽんこつなやつだ。なんの努力もできない、向上心のかけらもない、魔法の才能もなければ頭の回転も早くない、人と話すことも億劫がって、物覚えも悪い。そんなやつだ。

禁術は上手くいって、彼女はその残虐性を発揮することなく育った。ただ、あまりにもぽんこつすぎたため、元のクリスティナのスペックから理解力だけは元に戻す必要があったけどね。ワチエ子爵の倉庫を借りた勉強会の時の話だ。確か、予知では今年の夏が宰相の葬式だったはずだから、もう危機は過ぎ去ったと見ていい。

禁術というだけあって、私にも再現するのがやっとだった。細かい仕様はさっぱり分からないら、いつ何をきっかけに元の悪魔じみた人格が出てくるか分からないから、王宮へは立ち入り禁止にしていたんだ。後の人事とかに付いては、大体予知通りだ。万が一復活された時、どんな動きをするのかある程度分かった方が有利だからね。

アルバート殿下には、もう少し様子を見てから伝える予定だったけれど、少しくらい早くても構わんだろう。

この事を知っているのは私とアン、陛下、お妃様の四人だけだ。くれぐれも、秘密にしておくように」


私は、最後まで聞いていることができなかった。

腹のなかが煮えたぎって、頭の血管が激しく脈打っている。


私はこいつらにコケにされていたのだ。


私は教室から足早に出て、隣の教室の扉に鞄を叩きつけてやった。鞄は大きな音を立てながら地面に落ちた。

それでいい。私を舐めくさってきたあのクズどもに、誰があの話を聞いていたのか教えてやれればそれでいい。


「誰だ⁉︎そこにいるのは‼︎」


という彼らの焦った声を後ろに聞きながら、私は小走りで角を曲がる。窓を開け、茂みに飛び降りて、隣の建物の外に付いている階段を探す。いつもより早く飛び降りたせいで、少し手間取った。

階段下にある立て付けの悪い扉を開いて、埃っぽい通路を進む。しばらく歩けば、図書館の奥に出る。

真っ暗な空間。もし彼らが追ってきても、私を見つけることはできない。この中は、私のテリトリーだ。


私の中で、暗い憎悪が燃え盛る。私は、人生をやり直したいと思ったことなんて無かった。二度と経験したくないと思ってた。あいつらは、そんな願いを無視して私をここに連れてきたのだ。このネットも漫画もゲームも無くて、ファッションはドレスくらいしか無くて、電気もガスも無くて水道もかなり怪しくて、未開で野蛮でおよそ知性というものが感じられないこの世界に私を縛り付けたのだ。


このまま図書館の内部を真っ直ぐに横切ると、初めて学園に来た時に、王子が指差して教えてくれた尖塔の近くに出る。おそらく五分のショートカットだ。


あいつらに目にもの見せてやる。きっかけはお前達が与えたのだ。本当なら、後半年は持ちこたえられたはずなのに。ハッピーエンドとか、もうどうでもよくなってしまった。

お前達が無能だと言った、ぽんこつだと認識していたやつの恐ろしさというものを思い知らせてやる。悪魔を退ける目的で、どんな悪魔を代わりに引っ張り込んだのか教えてやる。どんなこと考えてる奴が、何を理想とする人格が入らんだのか行動で示してやる。

二度と心の底から幸せになれなくしてやろう。

お前達みんなグルだったんだから。みんなで私のことからかって遊んでたんだから。

殴ったら殴り返されるって事を身にしみて分からせてやる。

一生後悔しながら死ね。


本の山を崩して、埋もれかけている扉に無理やり体を押し込める。新鮮な外気が気持ちいい。

辺りを見回すけれど、そこには誰もいない。当たり前だ。誰も私の目的地なんて、分からない。

尖塔はすぐそこにある。門番に、御機嫌ようって挨拶して通る。


馬鹿め。なんて木偶の坊だ。それで門番って言うのだから笑わせる。今自分が何を通したのか分かってるの?そいつは二度と、この尖塔の扉を通らない。

そうだ。そうだとも。一人一人殺して回るのは面倒だからね。何、周りの人のそばから自分が消えるか、自分が周りの人を消すかの選択だ。大した違いはない。


石の螺旋階段を乱暴に踏みならしながら登る。門番に顔を見られたから、ここからは急ぐ必要がある。


万が一聞かれたとしても、すぐに行動には移さないとでも思ったか?そういうところが間抜けだというんだ、現地人どもめ。私は既に一度達成したことがあるのだ。この世でたった一人の、経験者なのだ。もう一度飛ぶのに、今更なんの躊躇があるでしょう?


階段を登りきって、私は勝利の快感に酔い……すぐにまた気を引き締める。


そういえば、予知にはお前も出てきたっけ。


尖塔の、鐘より更に一段上。狭くて丸い屋上に、私の他にもう一人。

ピンク髪をした、見るからに女神の加護を受けていそうな聖女が、太陽を背中を背負って立っていた。


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