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36 夜

「ゔぁぁぁ……」


うめき声をあげながら、ベッドに倒れこむ。枕に顔を押し付けて、息を肺が空っぽになるまで吐き出す。

結局、ぬいぐるみを手に入れようとする私の戦いは、お昼休憩を挟んで夕方まで続いた。原因は簡単、くじ引きで当たるのは、ぬいぐるみではなくぬいぐるみ引き換え券だったからである。店主のおじさんの話では、初めの二桁で既に当たっていたらしい。アルバートに押し付けたガラクタの中から探す事二十分、護衛胸ポケットに押し込まれたそれは見つかった。

既に私の体力は尽きかけ、お金を払うのも、紐を引くのもエマに任せきりの状態だった。時々レアな魔道具?っていうのが当たったというのでギャラリーが大騒ぎしていたけれど、木陰で椅子に座ったきりの私はひたすらに右から三本目、手前左の中から一本と、疲れ切った頭で指示を出し続けた。

ぬいぐるみ引き換え券が見つかったところで護衛の一人におぶわれて、そのままホテルについて今に至る。


「クリスティナ様、ぬいぐるみはどこに置きましょうか?」

「ん、その辺。その辺置いといて。今日はもう寝るから。明日まで入ってこないで」


エマが聞いてくるけれど、割とマジでどうでもいい。帰る途中ちょっと寝て、無駄にはっきりしてしまった頭で適当に答える。

体の節々が痛い。あと重い。疲労感で一歩も動けない。頭がくらくらして、まるで頭蓋骨の中に鉄球でも入っているように思える。傾けるたび、鈍い痛みと重量感が首にのしかかるのだ。


もう一度、枕に顔を押し付けて息を吐く。

思い出すのは私の所業。どこをどう思い返しても最低だった。お祭りでちょっとハイになってしまったとか、そんなレベルではなかった。何が悲しくて私は、あんな適当な屋台に私の一ヶ月分以上のお金を注ぎ込んだんだろう?手に入れたのか景品を何一つ二度と見たくない程度には自己嫌悪。

アルバート、迷惑しただろうなぁ。ほんとだったら、眼鏡とかと楽しく屋台を回れたに違いないのに、私が無理やり誘って興味の持てない屋台一つに縛り付けて……。

熱い。身体中が熱を発しているかのよう。すぐにベッドが暖かくなってしまい、冷たいところを求めて足を動かす。


どうしてですわ口調とか試したんだっけ?なんか、庶民の前だしやってみたいなっていうのはあったよね。ただのかっこつけ。庶民の前でかっこつけ。決めポーズまでして、馬鹿みたい。何が出るまで引く、だ。もう出てるのに引いてるあたり私のアホさ加減が分かる。


「がぁぁぅぅ」


酸素が限界に近づいので、頭を持ち上げてポスンと下ろす。

分かってる。私がどんな痛い事を人前でしてたのかなんて、私の無駄に良くなってしまった記憶力が全部覚えてる。どれだけ調子に乗ったら、あの量のお金を使えるんだろうね。あれだけあったら、ドーナツ食べ放題みたいなのを一週間は連続してできたはずなのだ。

しないけど。だってあいつら甘いし。一日二つくらいが最高に美味しいし、許容範囲だ。


だからそういう変なことしようとするから今回みたいな惨状になる……。

シワになるのも構わず、掛け布団を思いっきり握りしめる。元より私の握力などたかが知れている。全力で物に当たれるのがこの体のいいところだ。

アルバートはきっと、呆れたどころではなかっただろう。金にものを言わせて、庶民に喧嘩を売って、白昼堂々と名乗りまであげたのだ。間違いない、脳がカビてる。おーほっほっほとか言ってた所がもう悪役令嬢。


「う、うぅ、うああああああ!」


嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。それでも私の脳みそは残酷に、無駄にいきいきしている数時間前の私をフラッシュバックさせる。

やめて。いや、やめろ。間抜け面晒しながら奇声を発して紐を引っ張る所なんて思い出したくない。今反芻したら、絶対半年は引きずることになる。


なにか楽しいこと。楽しいこと考えよう。

ベッドに仰向けになって、息をつく。呼吸を整えながら意識的に思い浮かべるのは、この世界のハッピーエンド。


私にだけ存在する、私にだけ約束されている救いの世界。全てが私の味方の世界。おそらくあと五年もしないうちに、私の元にやってくる世界。全てがきらきら輝いて、万事が私の都合に合わせる世界。

大丈夫。今回の出来事なんて、私にとってはきっとかすり傷にすらならない。私は主人公だから。この後乙女ゲー本編が始まったら、私は隠しキャラだのなんとかの神様だの凄腕騎士様だのと結ばれて、幸せな余生を送るのだ。大丈夫。ハッピーエンドは必ず存在する。私はそこで、私のことを一番に思って私を溺愛してくれる誰かと一緒に死ぬまで暮らすのだ。絶対ハッピーエンドはある。この世界は乙女ゲーの世界で、私は悪役令嬢になった転生者。間違いなんて無い。


ふう、落ち着いた。くじ引き屋の幻想は遠くに去って、私の目の前には光り輝く顔を持つ誰か、いずれ私が出会う私の王子様である誰かが立って手を差し伸べている。


これでいい。私は安心して、横向きに体勢を変える。腕をだらりと伸ばして、ほら、もう私の意識は夢の中に近い。大きくなっていく眠気に私の心はどんどん鈍くなっていって、私の脳みそが目を覚ます。


私の口は、ぶつぶつとつぶやき始める。さっきみたいな呻き声とは違う、意味を持つ文章。


「ねぇ、なんで生きてるの?何が楽しくて、今日お祭りに行ったの?お祭りに行って、やってる事はテンプレ未満。まだ前世の方がエンジョイしてたんじゃない?インドア派なのに、無理するからそんな目にあうの。出し慣れていない大声が、時々裏返って馬鹿みたいだったよ。一人で勝手に興奮して、みんなを置いてきぼりにして、何がしたかったの?結局ぬいぐるみもいらないもの認定したじゃん。もう二度と見たくないって言ったじゃん。丸一日使って、大勢の人付き合わせて、その結果がこれなの?どうかしてる。五歳児だってもうすこし考えて動くに決まってるよ。間抜けだからで済まされる問題超えてるよね」


ほら、始まった。これは私の寝る前の日課。やめられない儀式。私の心は疲れ切って、もう眠いと言っているのに、無駄に冴えた頭が勝手に喋り出す。前世の死因を思い出したあの日に復活してしまった私の習慣。これは、私が泣き出すまで続くのだ。泣きたい気分だから?そうじゃない。そんなわけない。真昼間はあんなに幸せだったのに、だから私は夜が嫌いだ。


「ねえ、こんな生活後何年続けるつもりなの?とっくの昔から分かってたはず。私は、この先ハッピーエンドまでずっと下がり続ける。その中で今日みたいな失敗を何回していくと思う?何度辛い思いをして、何度苦しい努力をして、何度惨めな失敗を積み重ねていくと思う?ここから先、私には地獄しかない。もう死んじゃった方が楽なんだよ。ハッピーエンドなんて、何度も妄想したでしょ?誰かに溺愛されて、それで自分も真面目に頑張って、それって私の幸せじゃない。私は引きこもって本読んでごろごろして過ごした最初の十年間が一番楽しかったもんね。知ってるよ。だから今でもお茶会行かないで図書館に引きこもるんだよ。全部最初の環境目指してるだけなら、じゃあもう生きなくていいんじゃない?私が前世でしたかった事は出来たわけだし、ハッピーエンドまできっと私は耐えられない。運良くたどり着いても、わたしの中で一生今までの思い出がぐつぐつ煮えてるんだよ?いろんな人と会って、その誰もかれもが私を大好きだったとしても、だとしても私は嫌だよ。何にも無いところでも勝手につまずいて、それで傷ついてうだうだするのが私なんだから、大勢と接しながら幸せになろうったって無理なんだよ。やめちゃおうよ人生」


自分でもやめた方がいいと思ってるけど、私の頭は止まらない。目をぎゅっと閉じて、手足を抱き寄せる。

分かってはいる。分かってはいるけど、でもまだ死にたくない。


「だからさ、そういう弱い心がもうダメなんだよ。完全に逃げに入ってるの。どうせ私は最低で最悪な人間なんだからさ、そもそも人間かどうかも怪しいでしょ?何にもしたくないなら死んだ方がいい。昔に戻りたいなら、今すぐ首括った方がいい。私が生きる未来の先に、そんな都合のいいものは存在しないんだよ。ね?私がこれから先ずっと受けていく苦しみとか不安とか後悔とか痛みとか悩みとか退屈とか憎悪とか悲しみとか、そういうもの全部足してもまだ自殺するには届かないかな?私はすごく理性的な話をしてるの。それが全部、たった数分数十分の努力で無くなるっていうんだから、私みたいな人間にはちょうどいいんだよ。だからさ、私は生きてて誰かの役に立てましたか?くだらない事ばっかりして、意地はってわがままで、授業はいつも寝て、誰かに胸張って誇れるような事してきましたか?これから何かできますか?まっすぐ前向いて幸せだって言えますか?数年前の引きこもりライフより楽しいものを、私は掴みとれますか?何かいい事ありましたか?一時の感情に流されて一日無駄にしてみんなの一日も無駄にして、それでのうのうと生きて楽しいですか?もう死んだ方がいいんだよ。少しでも傷が少ないうちに終わらせよう?早く死ねよ」


ぶつぶつ呟いていた私が止まったかと思うと、涙がこぼれ出す。ここまで毎日の日課。だんだん泣くまでの時間が短くなってきた気がする。感情のコントロールが上手くなってきたのかも。泣けるようになったって何も変わらないのに。早く死ねばいいのに。胸が痛い。心臓が動くたびズキズキする。息が上手く吸い込めない。苦しい。


「うっ、うっえぐ……」


一粒流れると、後は早い。私は枕に三たび顔を押し付けて、そのまま泣き疲れて眠りに落ちていった。



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