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35 繋がり

「おじさん、もう一回!もう一回引きます!」


エマに持たせたバッグから、銀貨をつかみ出して投げつけるように店主に渡す。既に百五十回は引いているはずだ、残った紐の数も明らかに減っている。待っててねぬいぐるみさん、うちの子になるまであと数分だから!


「嬢ちゃん、頑張れー!」

「やっちまえ!」


三十分を超えた辺りから人だかりができて、庶民どもの激励が聞こえる。


「あいつ金銭感覚もなにもかも狂ってやがる……。どうして周りのやつはこうなるまで放置してきたんだ……」


隅っこで小さくぼやいているのは、ここまでわたしが引いた景品を持たせられて身動きが取れないアルバート。さすがに土鍋は重かったかな?両手がふさがっていたから頭に被せたけど、隠れていたはずの近くの護衛が引き取って持っている。

なんかざまあみろ。


汗ばむ手で一本の紐を掴み、勢いよく引く。


動いた景品はっ……ちっさいゴム毬!


「くそがっ‼︎」


ひっつかんでアルバートに投げつける。王子だろうがなんだろうが知ったことか、十回を超えたあたりで私を羽交い締めにして止めようとしたアルバートサイドに問題がある。


くじ引き屋さんの店主は、上客が来てほくほく顔だろう。しかしその余裕、いつまでもつかな?私はこの国の宰相の娘であり、さらに第三王子の婚約者である公爵令嬢クリスティナ・エクバート!


「ふっふふふ……出るまで引けば出るっていうのがこの手の攻略法だもの……。そして私はそれを実行できるほどの金を持っている!景品の種類や当たりやすさからして、おそらく値段が高い方であろうこのくじ引き屋さんでも、私を止めることはできない!さあ、店主のおじさん。おそらく糸の本数は、あと半数を切ってる。祭りが始まった日の朝にこんなのに捕まって、内心戦々恐々でしょう。しかしもう遅い!私の闘争心は、マグマのように熱く燃えたぎって消える事は無い!この勝負は、お昼前に決着するわ……!」

「はい、残り紐の本数が二桁に入りましたので、ステージ2に入らせて頂きまーす!ダミー紐、アタリ紐合わせて、二百本追加でーす!」


店主が、後ろの箱から紐を引っ張り出して、私がなんとか削った束に加えていく。あっという間に、私がくじ引きを始めた時よりも大きな束が出来上がった。


「くっふふふ……。うふふふ、あっひゃっひゃっひゃー!なるほど、なるほどですわ。私がですわ口調になるくらいには店主さん、あなたはできる人のようですの。そうか、ステージ2!ステージ2ときましたか……。面白い‼︎どうせ私がぬいぐるみを引く確率は変わらん、当てたら1で外れたら0!それだけですわ。ステージがなんだというの、私の辞書に撤退の二文字はありませんことよ!」


私が大声で叫び、決めポーズまで取ると、見物人から拍手や喝采が送られてきた。私の肺は、馬車に数時間揺られた後、秋晴れの下で立ちっぱなしが続いた上にこの長ゼリフで限界を迎え、必死に酸素を取り込んでいる。脳がアドレナリンを放出して、心臓のドクドクが痛いくらいに体全身に染み渡る。

ノってきた。

荷物を全て護衛に押し付けたアルバートが、木陰から出てこちらに駆け寄ってくる。彼もまた、私と同じように必死の形相だ。


「やめろ!クリスティナ!もうやめてくれ!既に君は、僕の一ヶ月分の小遣い以上の金額を溶かしている!ほら見ろ、第2ステージと言ったところで、増えたのはガラクタばかり、それもほんの少しだ!現状十に一つもアタリ紐なんて入ってないぞ、僕なら訴えるレベルだ!な、自分の身分まで大声で公表してしまって、君は今冷静にものを考えられなくなっているんだ。一旦早めのお昼にしないか、ね?」

「おっーほっほっほ、引かねば当たるものも当たりませんわ、アルバート様。貴族に二言はありません、私は、あの熊のぬいぐるみを手に入れるまでここから一歩も動く気はありませんわ。私を本気にするというのがどういうことなのか、皆さんに見せてあげるのでしてよ」

「ああくそっ、会話にもならない!クララ‼︎どこ行っちまったんだ!そうだ、クララだ‼︎あいつじゃないとクリスティナは抑えられない!エマはむしろ応援に回ってるし、護衛どもは呆れてこっちを見もしない!ちくしょう、せめてフランクリンがいてくれたら……」


もはやぬいぐるみなど二の次で、お金を払ってくじを引くことに快感を見出している自分がいる。何より、店主に銀貨を投げつけることが最高に気持ちいい。札束ビンタとはよく考えたものだ、人間の本能というものをよく理解している人が作ったに違いない。

なんたって、自分が引きたいと思った分だけ引けるのだ。これに勝る喜びなんて、そうそうないだろう。金持ちバンザイ。

周りの歓声に引きずられ、私に後戻りなんて出来るわけがない。白い紐を引っ張って、一山いくらのちゃっちい景品をアルバートに押し付けるのも最高に楽しい。贅沢と浪費は紙一重、なら今私がしていることは極上の快楽に違いない。


「うふふふ、あひー、ふっふっひゅー。それじゃあ次はこの紐……へけ、へけけけ、この紐をおほほほひ。ふひんっ!この紐を引きますわっ!ひゃー、ひー、あひひひひ、ほひゃー‼︎」


周りの庶民どもの視線、秋のからりと晴れた空、店主の額をつたう汗。そんな些細な要素すらも愛おしい。今この瞬間、私は確かに輝いている。命を燃やして生きている。私の日焼けしていない細い手足も、乱れた髪の毛も、おそらく脱水症状で痛くなってきた内臓も、血液が流れていることを感じられる程の動きをしている首の脈も、全ては、今この時のために!


「ねえエマ。こんな大金、どうやって手に入れたのか僕に教えてくれるかな?」

「なんでも、入学してすぐの頃ダニエル様に宰相との交渉を任せたそうですよ。いろいろ決めずに追い出されるようにして学園に来たせいで初めは無一文に近かったけれど、ダニエル様に頼んだらよく分からんが全部上手く行ったとクリスティナ様が話していました」

「ああ……。ダニエルか。女遊びで有名で、年に金貨を四百枚以上使うというあのダニエルが交渉したのか……。成る程、だいたい分かった気がする。しかし不思議なのは、宰相ってそんなに金持ちだったか……?一番上のお兄さん、オスカーの分も合わせたら破産しかねないぞ」


アルバートは横で首を捻っているが、一体どこに考える余地があるというのだろう。この世界の仕組みはとても単純なものだ。銀貨を払って、紐を引いて、当たりか外れか。ぬいぐるみかぬいぐるみでないか。たったそれだけだ。どこにも思考の入り込む隙間は存在しない。私は世界と、この白い紐の束でのみ繋がっているのだ。


「ふへ、おひょひょひょ、とりゃあっ!はい外れ!くーふふふ、外れでも快感なんだから、もう何がなんだか分かりませんわ……。ほら、店主!もう一回!」


私が紐を引くたびに、観客から声が飛ぶ。


「汚いぞ店主!正々堂々、後から入れた外れは抜いて商売しやがれ!」

「頑張れお嬢ちゃん!みんな応援してるからな!」


みんな私の事を応援してくれているのだ。なんでだろう、庶民ごときの応援が、すごく嬉しい。きっとこれは、この場にいるみんなが一体になっているから。

今なら胸を張って言える。私が誰だとか、どんな存在だなんてどうだっていい。過去も未来も無くたっていい。私は今、確かにここで命を燃やしているのだ。


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