32 本物
秋祭り当日。
私は、朝早くから起きていた。いつも通りだけど。
クララにアルバートと行くことを伝えると、泣いて祝福された。どうも彼女がいうには、私達が喧嘩でもしたのではないかと思っていたらしい。どうりで最近、仲直りは早めにしたほうがいいだの素直に相手と話すことが重要だの訳の分からんアドバイスをしてきたわけだ。
今日ばかりは私も、朝から遊んでいるわけにはいかない。いつも寝坊気味のエマを呼び出して、着替えなどを準備させる。
「クリスティナ様、何着持っていきます?」
「適当で」
そんなもん分かるか。私が把握していることは、王都では一級のホテルに泊まること(アルバートに対して久しぶりのわがままだった。眼鏡が思いっきり嫌な顔してたのは言うまでもない)、それと二日目の夜には馬車で帰ることである。秋祭りとやらがどんな祭りなのかも正直言ってよく分かってない。
優勝を争う系じゃないといいな。あと踊りもNGか。私は踊りがあまり得意ではない。
「クリスティナ様、他にも入れておきましょうか?」
「エマが必要だと思ったものを詰めておいて。エマも一緒に行くから、その分も忘れずに」
「私の分は昨日のうちに準備しておきました」
なんてやつだ。まあ分かった上で雇っているのだ、文句は言えまい。服やら何やらを詰めていくエマを見ながら、情報収集に乗り出すとする。
「エマ、秋祭りってどんなの?」
「さあ、私もよくは知りませんけど、収穫のお祝いだそうですよ。各地の特産品だの、吟遊詩人に大道芸人だのが王都に一度に集まって、二日間はしゃぎ続けるそうです」
「よくは知らないって、エマって王都の平民じゃないの?」
ちょっと意外。
「私はもともと、由緒正しいヴェルデュラン伯爵家の三女でしたからね。ちょっと訳あって勘当されちゃいましたけど、庶民の暮らしなどさっぱり分かりません」
「ほんと?」
なんでこの人こんなにキャラ濃いんだろう。元令嬢という隠し設定があっただなんて。もうこいつが主人公でいいんじゃないかな?
私はもう殆ど悪魔確定だし、クララはハリーとくっつきそうだし。エマが幸せな結婚をするまでの方が面白そうではある。
まあ転生者でない時点でハッピーエンドは存在しないんだけどね。せいぜいこの世界という狭い枠組みの中で頑張りなさい。エマが派手に動いてくれたら、私の悪魔憑きもいくらか影が薄れるでしょう。
「本当ですとも。もし違ったら、私がどうやってクリスティナ様専属のメイドに選ばれたと思うんです?私の十六年の貴族生活、それがあってこそ宰相直々のご指名を受ける事が出来たんです」
「はい嘘。あの人は私のメイドを決めるのにそんなに時間を割かない。せいぜい書類審査だけでしょ」
「え、あーはい。そうだったかもですねー」
危ない危ない。危うく騙されるところだった。だいたい元伯爵令嬢って所から怪しむべきだった。こいつならず者とあんなに馴染んでたじゃないか。
エマは興が乗ったのか、荷物を詰める手を止めて語り始めた。
「もともと私、裕福な伯爵家だったんですよ。毎日召使いに傅かれ、それはそれは贅沢な暮らしをしてました。でもですね、伯爵家を動かしているお父様やお兄様は、物の価値があまり分かっていなかったようなので、私がこっそり人を使って、特産野菜を量産して近くの大都市に売りさばいたんです。物珍しさも手伝って大量に利益が出たところまでは良かったんですが、それを元手に香水とハンドクリームを作って事業を拡大しようとしたところ家族にバレてしまいまして。貴族の癖に商人の様な真似をするな!お父様こそ領地の一番の強みを分かってない、領民の生活も豊かになるはずなの!みたいな大喧嘩をして、勘当されました。エマ・ヴェルデュラン伯爵令嬢、十六の春の出来事です」
うおおお!本当に異世界特有の領地経営やってたんだ!エマすごい!あんた本当に現地人か?本物の異世界転生系主人公がする事やってるじゃん。香水とハンドクリームに手を出すあたり、真実味がある。
さすがの私も危機感を感じた。
私は今まで、転生者らしいことをしてきただろうか?
魔法チートは、中途半端で終わった。乙女ゲーの恋愛部分は、別れる予定だったアルバートとずぶずぶが続いてる。ヒロインは、手なずけるというよりまず敵として認識されてない。知識チートは、ブンブンごまが限界だった。
これが、私が悪魔になって、他人の人生を奪ってまでやりたかった事?
結局前世と同じ、学園に通って遊んで、勉強もして一日が過ぎていくだけ。もっと頑張れば違うのかも知れないけど、貴族らしいことができた覚えもない。
こんなことのために私はビルから飛び降りた訳じゃない。いろんなことを忘れて、流されてここまで生きてきたけど、でもこれは間違ってる、と思う。
私は、前世を思い出す。私ははっきりと、人生が上り調子のうちは楽しんだらいいけど、下り坂が少しでも見えたら死ねばいい、そう思ってた。人生は割合だから、どうせ死んでら後悔なんてできないから、痛い目見ないうちに死んだ方がいいと思ってた。
決して二周目を送りたい訳じゃなかった。
多分私は今すぐ死んだ方がいいんだろう。このまま学園に通い続けるとどうなるか、私は知っている。短くて不真面目な勉強態度では、理解力チートをもってしてもいずれ授業についていけなくなる。提出物や課題の量は増え、自由な時間は年々減っていく。そのうちお茶会からも逃げられなくなる。図書館にこもれる時間なんて、週に三日も取れなくなる。
今のうちに死んじゃった方がいいかも。
でも、それは嫌だと思う自分がいる。私は転生者なのだ。ハッピーエンドが確定してるのだ。死亡に関してどんな保障があるのかは分からないけれど、でも今私は生きてる。ハッピーエンドが待ってる。
……ふぅ。
眼鏡のお説教よりも、エマの過去話の方がメンタル削られるとは何事だ。もうちょっとでお出かけ取りやめにするところだった。
「やっぱり勘当されたのは、商品の輸送をするのに仲良くなったその辺の山賊を使ったのがいけなかったんですかねー。他の家の領地から略奪してくる分には守ってやる、ただしヴェルデュラン家にも五分の二よこせって契約で仲良くなったんですけど、そんなにダメでしたかねー?」
……。やっぱエマが異世界系主人公とか無いね。
どこまで本当か分からんし。




