31 眼鏡
放課後、私はすぐ校舎の玄関口に張り込んだ。狙いはもちろんアルバートただ一人。朝のうちは直接教室に行こうかなって思ってたけど、決心がつかないまま放課後になってしまった。雨よけの屋根の柱に身をもたれ、出てくる生徒をぼーっと眺めている。
かなり気が重い。クララとハリーの二人組についていくのは嫌だけど、アルバートと一緒なのもなかなか厳しいと思う。理由は、最近私が一人で昼食を食べるようになったことと関係している。
アルバートが、昼食の時間に同学年である自分の側近みたいな人を連れてくるようになったのだ。多分護衛も兼ねた世話役、幼馴染ぐらいだろうけど、その人と私の仲が最高に悪い。
時々アルバートの話に出てきた、私との結婚に反対する人っていうのがその人だったらしいのだ。会話の内容から姿勢、成績、交友関係に身のこなしまで、細かいあらを探しては私がアルバートにふさわしくないと言い続ける。まるで悪役令嬢みたいだけど、なんと彼は眼鏡の男。派手でない方の兄、オスカーがいうには事務官や秘書に向いている性格との事だ。クララはハリーとの会話に忙しいし、アルバートはその人を止められないので私から昼食会を解散にしてもらった。
今の私は、エマの手の空いている時に買ってきてもらったドーナツを中庭で食べるくらい。安住の地を求めて、日々学園内を徘徊中。
背中と壁に挟んだ鞄の位置を調整したり、足の角度の最適解を探すこと十数分。秋の心地よい風、途切れることのない生徒の足音、最後の授業中に眠れなかったこと。条件は揃っていたようなものだった。いつのまにか寝ていたようで、私は誰かの私を呼ぶ声で目が覚めた。
「クリスティナさん、クリスティナさん」
「え、あ……はい、寝てませんよ」
「その返答自体、既に寝ていると自白しているようなものです……」
重たい目をなんとか開けると、なぜかそこにいたのは眼鏡。さっき不用意に人物紹介を挟んでしまったからだろうか。後悔をしつつも反省はせず、服のシワを伸ばして、眼鏡を前にしてこわばった表情筋をなんとか淑女の微笑みに……。
「ちっ」
「ち?今舌打ちしましたかあなた?」
失敗した。まあ仕方ない。顔を合わせたくないランキング五本の指に入る人間に出会ったのだ。物理に訴えなかっただけましな方だろう。
この眼鏡は女には暴力を振るわないと言っておきながら、精神攻撃を嬉々として浴びせてくるため殴るのに躊躇はない。
いや、私の性格上暴力は無理だけど。
「どうして校舎の玄関で寝ているんです?まだ酔い潰れるには早い時間ですよ?」
「ちょっと探してる人がいて……。気がついたら夢の中でした」
なんで第一候補が酔い潰れなんだこの眼鏡。私の印象、そこまでひどいの?
「あなたは私と初めて会った時、何やら訳の分からないことを叫びながら宙に向かってガッツポーズをしていたじゃないですか。今日はまだお酒が入っていないということでいいんですね?」
「いつだってそうです。起こしてくれてありがとうございます、話が済んだならとっとと失せてください眼鏡野郎」
「ほら、そういうところがアルバート殿下の婚約者にふさわしくないと言っているんです。いきなり人の事を眼鏡野郎呼ばわりする辺り、あなたの口の悪さがうかがえます。もっとましな口の利き方が出来るよう、幼児教育をやり直した方がいい。それに、柱にもたれかかって寝るなんて、まともな貴族のする事ではありません。反省してください。人を探していたらいつのまにか寝ていた、なんて言い訳が通じるとでも思っているんですか?どうせあなたの事です、眠いからたまには風通しの良いところで寝てみる、その程度の行動原理でしょう。大勢の人が行き交う場所で堂々と寝るなど、獣にも劣ります。今すぐにでもアルバート殿下との婚約を解消して下さい。知識や技能以前に、人としての品性があなたにはありません」
なんかめっちゃ罵倒されたって事だけは分かった。貴様私のことを口が悪いとか言ってるけど、獣にも劣るっていうのは悪口じゃないのか。上品だからセーフなやつって事?
とりあえず私は、うつむいて黙り込む。四、五回会っただけの友達の友達程度の人間相手に喧嘩できるほど私はバーサーカーしてない。
「そうやって自分の悪い所を注意されて都合が悪くなると、すぐに黙り込むのもよくない所です。私の言葉に対して、返事をしないでいればいつかどこかに行ってくれるという願望が丸見えです。耳を塞いでじっとしていても、この世の大抵の困難はなくならないんですよ。その場しのぎばかりしていると、どんどん根性は曲がっていきます。対処する力が身につかないから、次以前よりも大きな困難がやってきた時も同じことしかできなくなるんです。そうなると、後はもう落ちていくだけ。根本的なところでは何も解決していませんから、あなたの状況はますます悪くなっていくんですよ。それより、鞄はどうしたのですか?」
「え、今なんておっしゃい」
「鞄ですよ。あなたは教材を全て校舎に置いているんですか?」
私は、背中と壁の間に挟んでいた鞄を取り出して答える。
「あ、ああ……鞄でしたか。背中に敷いてました」
「鞄は背中に敷くものではありません。常識でしょう。まったく……アルバート殿下の婚約者としての自覚のかけらもない……。ところで、ここで誰を探していたって言いましたっけ?」
えーと、そうだった。私は人を探していたんだった。目の前に嫌な奴がいるせいで忘れていた。良識の範囲内で諌めてくれる分には良い奴だけど、ここまで注意が多いと人格攻撃が趣味にしか思えなくなってくる。
そう、私はアルバートを探していたんだった。思い出した。アルバート、アルバート。でも多分行っちゃったよね?うとうとしていた自分が恨めしい。
ああ、別に本人じゃなくても良いのか。
「えーと、ああ、眼鏡でいいや。うん。アルバート様に伝言って頼めますか?」
「とりあえず私の名前を眼鏡で統一しようとするのをやめて下さい。アルバート殿下に何か用事があったんですか?昼食すら一緒にとらなくなって、時々すれ違っても基本無視をするあなたが?去年、世話係に言われて当日に初めてアルバート殿下の誕生日を思い出して、どうしようもなくなったからか自分の手首にリボンを結び、プレゼントは私っていう酷いギャグを披露したあなたが?あの時、既にパーティーが終わった後だったから良かったものの、大勢の前でしていたら大惨事でしたからね。そもそもどうして誕生日パーティーに間に合わなかったのですか。婚約者の姿が無い時点で前代未聞だったんですよ」
「あれはだって、手紙で渡されても私、気が向いた時まとめて確認するくらいですよ?間に合いませんよ」
「アルバート殿下は直接伝えることに照れがあったのと、あなたがなかなか参加しないお茶会の練習みたいなものだったのです。そうです、あなたは学園に入ってから、一度もお茶会に参加していない!宰相どのからは何か言われていないのですか?」
へえ。まあどうでもいいや。どうせ私は眼鏡に、伝言を取り次いでもらわなきゃいけないのだ。
「秋祭り。ご一緒できますか?」
「は?」
「伝言の中身です。今度やるらしいじゃないですか。一緒に行きませんか?って伝えてください。お願いしまーす」
それだけいうと、私は眼鏡の横を通り過ぎて歩き始めた。
ふいー。危ない危ない。眼鏡の名前を覚えてないのが、あと一歩でバレそうだった。アルバートと同級生で仲良しってことぐらいしか分かってない。とにかく私が伝えたからには、ここからの情報伝達は全て眼鏡の責任だ。
久し振りにいつものメンバー以外と話して疲れた私は、ちょっと傷ができた鞄を片手に今日も図書館に向かうのだった。




