31 朝
扉の向こうから、足音が聞こえる。私は持っていた本を置いて、ペンを手にとった。いかにも今まで勉強してましたよとでもいうように、窓の向こうの木を眺める。教科書を適当に開いておくのも忘れない。最近は、この木に愛着が湧いてきた気がする。毎日葉や枝のつき具合を眺めているうち、誰もいない時でも眺めることが癖になっていた。
コンコン、と扉がノックされ、私が返事をすると制服姿のクララが入ってきた。私の様子を見て、勉強の邪魔をしてしまったかな?と思ったのか少し申し訳なさそうに、こちらに近づいてくる。
季節も過ぎ、私達は入学して二度目の秋を迎えていた。
この一年間は、私にとってとても居心地のいいものだった。幽霊と会ってからというもの、勉強する必要が殆ど無い。毎回、試験の日の朝に教科書を一度読むだけで平均以上の点数が取れるのだ。チート万歳。
今まで勉強していた時間が浮いた私は、図書館に入り浸るようになった。暗い所でもよく見える目というのは、本の保存の関係上明かりが少なくて、日中でも暗い図書館に都合がいい。奥の方まで入れば、そこには私以外誰もいない楽園があった。放課後私はそこで、閉館時間まで寝たり本を読んだり、図書館ライフを満喫していた。
反対に、魔法はなかなか出来なかった。この世界での魔法は、手足と同じような運動器官の一種といった扱いを受けている。右利き、左利きがあるように、個人の属性ごとの適性があるのだそうだ。そして、日本人として2本ずつの手足だけを動かすことに慣れてしまった私には、魔力がどうのというのは感覚的に理解が難しかった。
取り巻きの数も減った。というかいなくなった。さすがに一年以上経つと、私と父親との不仲が分かってきたらしい。一緒にいてもなんの利益もないことに気づいたのか、気がついたらみんな消えてた。昼食をアルバートと一緒に食べなくなったのも、大きいかもしれない。
「クリスティナちゃん、おはようございます。今日も朝から勉強してたんですか?すごいです!」
「ふふん」
「それで、クリスティナちゃん。今日はお出かけのお誘いに来ました!」
えー。クララ、君は私が今年の夏、君との行動をどれだけ拒否したのか忘れたのかね。私はもう二度とクララと二人きりでどこかへ行くことはしないと心に誓っているのだ。
「あいにくその日は用事があるの」
「まだ日付伝えてませんから!今度は絶対安心なんですよ。なんと、ハリーがついてきてくれることになってるんです」
なら一層行きたくない。最近ハリーとクララはとても仲がよろしく、三人で行動するときの私は、一語一語に自分の存在理由をかけながらも邪魔にならない程度にしか話せない。なかなか割り込めないのだ。
「二人で行ってきなよ」
「えー、去年クリスティナちゃん補習で来てくれなかったじゃないですか。来年は絶対に行きましょうねって私が言ったら、うんそうだねそうなるといいねって言ってくれました」
「うわー、めんどくさい。どこに行くの?」
「秋祭りです!収穫祭です!豊穣を祝います!」
ふむ。祭りか。攫われたり襲われたりするくらいしか能のない私達にとって、それはとても危険区域なのでは?市場の人混みでも攫われたくらいだし、祭りなんて素性が分からない人いっぱいの所に行ったら一度では済まないのではないだろうか。
「美味しい屋台がいっぱいですよ。メープルシロップがたっぷりかかったワッフルだったり、訳の分からん半分固形物くらいの甘ったるいドロドロしたタレでこれでもかと包まれたお団子だったり、クリスティナちゃんの大好きなものがいっぱい売ってますよ」
まぁでも、たまには祭りも悪くないのかもしれない。祭りは日本人の魂って言うからね。
知らんけど。
ここは純正日本人の私として、異世界の祭りなるものを観察する義務があるのではなかろうか。どうせ行かないとイベントも起きないしね。ついでに、あくまでついでに甘いもの食べるのもいいかもしれない。屋台の食べ物はだいたい割高だと決まってるけど、それでもいつもの3割り増しで美味しいのだ。
「どこでやってるお祭りなの?」
「王都です!」
私が乗り気になったのを見て、クララが嬉しそうに返事する。でも却下だ。王都って事は、移動時間も考えると一泊しないといけない。私は王都の私の家に帰りたくないのだ。もう家を出てから一年半近く経つ。一度も連絡を取っていない父親。なんでだろう、すごく気まずく感じる。当然か。
あと、女好きな方の兄であるダニエルによると、私が学園に通い始めたあとすぐにアンさんが辞めたらしい。元々の王宮勤めに戻ったのだとか。アンさんに会いたいなって思ってたけど、それすらもないなら王都に行きたくはない。
「とにかく、クリスティナちゃん!王都は警備の体制も万全で、私は半年以上できてないクリスティナちゃんとの遠出に飢えているのです。クリスティナちゃんに食べてもらいたい美味しいお菓子もいっぱいだし、絶対来てくださいね。朝早く、同じ馬車に乗って学園を出て、夜まで遊んで一泊して、二日目も楽しんで帰ってくる感じです。最近のクリスティナちゃんは勉強ずくめで、見ていてちょっと不安になっちゃいます。学園の生徒は殆どみんな、秋祭りに参加しますから。私、クリスティナちゃんと一緒にまわりたいなって思います」
うわぁ。いつもならすぐに折れてくれるのに、今日はなんだか本気モードだ。
それにしても、私が勉強ずくめかー。クララも面白いことを言えるようになった。放課後の図書館は、勉強の名目で通ってるからね。朝の読書と合わせて、毎日四時間以上勉強してるように見えるのだ。ふっふっふ、勉学に励むのは楽しいなぁ。
「今日は私、この後すぐから聖女のお勉強がありますから。もう行っちゃいますけど、クリスティナちゃん。ぜひ、一緒に行けるってお返事を期待してます!」
この後すぐっていうのは、だいぶぎりぎりらしい。クララは、私の部屋の扉をバタンと閉めると走りながら去っていった。
ハイキングの一件の時、龍神の子供の怪我を治した功績でクララは正式に聖女になった。今は、専門の先生の下日々癒しの魔法を練習しているらしい。
時々今日のように、朝練もしているのだ。
秋祭りかー。ペンを置いて、机に突っ伏す。あー、めんどくさいよぉ。何がめんどくさいって、このままいくと私は仲のいい男女にくっついている邪魔なやつくらいの扱いで二日間を過ごさないといけないということ。
なんとかして阻止しなければ。港町の件もハイキングの件も、私が断っていれば起きなかった事件だ。ノーと言える人間になりたい。
条件としては、甘いお菓子は食べられて、でも父親には会わないで、ついでにクララとハリーとの三人でないなら万々歳。
これらを全て満たす作戦……。
ベッドに移動して、五分ほどごろごろしていると答えは自然と思いついた。
クララが諦めてくれるような人物。私を王都の自室以上の場所で一泊させてくれるような人物。
私には、第三王子である婚約者がいたじゃないか。




