30 熊
「グ……オマエ、アクマ?オナジマヲカンジル」
私に覆いかぶさった魔物が、よだれを垂らしながら私に話しかける。
「さ、さぁ……。どうでしょうねえ……?」
驚きのあまり声が出た。しっかし、ここでも悪魔か……。魔物は人よりも魔力に敏感だって話を今実感してる気がする。なんでも、魔力を体内に食事気分で取り込むんだって。よし、起きてた起きてた。
クララが忙しいから、私が解説も担当しなくちゃいけない。
「カイ……セツ……?」
よくよく見るとテディベア的かわいさが無いでもない魔物が首をかしげる。
ほとんど唸り声に近いけど、おそらく異世界言語チートが作用しているのだろう。会話はなんとか成立するみたい。別にこんなところでのチートは求めてない。いや、無かったら死んでたけど。ありがとうは言いたくない。
「助けてくれてありがとう、人の子よ。もし良ければ、名前を我に教えよ」
「私は、クララ。クララ・ワチエと言います。今は学園に通っていて、十一歳です。龍さん、あなたのお名前は?」
なーんか、後ろですんごいほのぼのが聞こえる。こいつら本当に状況分かってんのか。今は私がなぜか対話できてるからいいけど、この魔熊の気分次第で私は殺されてしまう。
なんかやだなー。クララは明らかな正義の味方の龍と話してるのに、私に話しかけてきたのは見た目百パーセント凶悪な魔物である。どうせ中身も凶悪な魔物だろう。これが格差ってやつか……。しかもこの子、カタコトである。カタコト……。意外と可愛くてありかも……?
よし、今日から君は魔熊だ。ほんの少しでも魔物らしさが薄れてくれたらいいな。こんなどうでもいいこと考えてないと、今までで一番生命の危機だからね。全力で現実から目をそらしたい。
そういえば、私はよく危ない人と会話してる気がする。みんな私を攫ったり、襲ったりしたあと私に話しかけてくるのだ。ひょっとしたらこれは異世界七つチートの一つ、自然とみんなが仲良くしてくれるって言うのが発動しているんじゃないだろうか。だいたいこういうのは無自覚なのがテンプレだけど、私は頭がいいからね、自分で気がついてしまったのだ。
それならアルバートがずっと私の婚約者してくれてるのも納得かも。未だにアルバートが敵か味方か分かってないけど、今のところただの勉強しろしろ男だし。
あ、それなら敵だ。
あとこの魔熊、私のこと悪魔って言ったよね?
悪魔憑き。
私が監禁されていた理由。
誰も気づかないうちに、悪魔が人格を乗っ取ってしまう現象。悪魔は奇行を繰り返す。悪魔は魔力が豊富。悪魔は暗いところが好き。悪魔は黒い。悪魔は欲望に忠実。
そして、悪魔は聖人に敵対する。
悪魔は……悪魔は私?
「……はっ!クリスティナちゃん‼︎」
クララが私に向かって叫ぶ。ようやく思い出してくれたみたい。ふふん、ちゃんと五分間耐えたよ。
だって私は、ハッピーエンドを迎えると決まっているから。私の人生の勝利は、保証されてるから。いつか私は、これまで関わった全ての人にこっ酷く、スカッとするようなざまぁを決めて、私の事しか考えない、私が全てだって言ってくれる、私だけの強くてかっこいいヒーローと一緒になって、幸せでいっぱいな一生を送るから。
だから私は、悪魔なんかじゃないはず。きっとそう。悪魔じゃない。私は転生者。神様に選ばれた、この世界の主人公。
「その娘から離れろっ!」
私に覆いかぶさっていた魔熊が、龍に体当たりされて吹っ飛ばされる。そのまま倒れ込んだ私を、クララが支えてくれた。
茂みの向こうの方で、龍と魔熊が格闘する音が聞こえる。どうもあの龍、大して強くないらしい。
「大丈夫ですか、クリスティナちゃん!ごめんなさい、私、龍さんと話すのに夢中で、クリスティナちゃんの事ほっといて、クリスティナちゃん私のために一人で戦ってくれてたのに」
クララが私の顔を覗き込んで、必死に私に癒しの魔法をかける。やっぱり、クリスティナちゃん!が無いと落ち着かないね。
反対にアルバートはいなくても成り立ってしまう可能性がある。可哀想に。いや、事件に巻き込まれないだけ一番の勝ち組なのでは?
「いいの、クララ。みんなのところに戻ったら、『見目麗しい令嬢二人のフルボッコほのぼの大冒険in樹海編』を話そうね……」
今度こそ騙してやるのだ。またアルバートが迫ってきてくれたらちょっと嬉しいな、なんて。
「クリスティナちゃん!冗談言ってないで、本当に大丈夫ですか?痛いところありませんか?ああ、両肩に痣が……」
「それはいいから、今の私は着替えが欲しい。注文をつけるなら、なるべく皆にバレないようにして、下着から何から何まで一式欲しい」
うん。パンチが横を通った時ね、ちょっとだけ。
今になって、生暖かい感じが下半身を覆っている。
魔熊の脅威が一時的にと言えど去った今、かなり気持ち悪い。
エマあたりに知られたら、事情はどうあれ絶対笑われる。あいつは私をさらに図太くしたような性格をしてるからね、私には分かる。
「あー、えっと、分かりました。みんなのところに戻ったら、私が荷物置きに忍び込んでとってきます」
そんな会話をしていると、奥の茂みからまたガサガサという音が。いくら龍が復活したとはいえ、新手の魔物はやばい。二人で後ずさり、手を寄せ合って震えていると、
「お嬢様、ご無事ですか?おーい、みんな、クリスティナ様とクララ様が見つかったぞー!」
山登りのために雇った護衛の冒険者達だった。
助かった……。
クララも私もわんわん泣いて、手がつけられない始末。緊張の糸が一気に解けて、怖かったのと、ほっとしたのとで涙が止まらなかった。
夜が明ける頃には、魔熊も龍と護衛、あとアルバートによって討伐されて、私達一行は山を降りることにした。
「クリスティナ、結局夜の間に何があったんだい?」
「ですからアルバート様、そこでこの聡明な私が『今ね!やっておしまい、セイントブレスよ!』と適切な指示を出したお陰で、魔熊はグルォォォと山をも揺らすほどの呻き声を上げながら業火に沈んでいったのです」
「圧星闘気は使わなかったの?」
「それは……それは、新シーズンに入ったので、新しいおもちゃを宣伝する必要が出てきましたので」
「く、苦しすぎますクリスティナちゃん……」




