28 遭遇
二人の足音だけが聞こえる、暗い森の中。
私とクララは助けを求める声を聞いて、声の主を探していた。夜目がきく私が先頭に立って、クララの手を引いて誘導する形だ。
ふと気づくと、クララは近くの枝を折りながら進んでいる。
「クララ、何してるの?」
「ああ、枝ですか?これは、こっちの方に進んだっていう目印です。これさえあれば、道には迷いませんし、みんなが起きた時にも私達の進んだ方角が分かります」
もうこの辺のサバイバルは全部クララに任せちゃおうかな。とにかく、私の今の役目は声の所までクララを誘導する事だ。
途中、クララが話しかけてきた。
「クリスティナちゃん、本当に暗いところでも物が見えるんですね。とっても便利です」
「ふふん、そうでしょう。私の眼はとってもいいんだから」
「でもクリスティナちゃん、時々黒板を見る時、目を細めてますよね?馬車の中でも私の案内に生返事でしたし、遠くのものちゃんと見えてますか?」
「うん、見えてる見えてる。私くらいになるとちゃんと見えるものなんだ」
「私くらいってどういうことですか……。クリスティナちゃん、たまに黒板を目を細めて見て、諦めて寝ることありますよね?」
ないよ。
たまにじゃないよ。気づかれてしまったらしょうがない、しらばっくれるのみだ。この世界、まともな眼鏡が無いのである。分厚い、つけただけで目が渦巻き模様になりそうなやつしかない。
「しつこいなぁ。ちゃんと、隅から隅まで濃い緑色の板が見えてるよ」
「やっぱり大丈夫じゃなかった‼︎今度眼鏡作りに行きましょうか。私の友達に、商人の子がいるんです」
「あ、クララ。そこに根っこあるよ」
「ありがとうこざいますクリスティナちゃん。クリスティナちゃんがいると夜道も安心……じゃなくて、眼鏡!眼鏡ですよ!」
助けての声は、だんだん小さくなっている。ひょっとすると弱ってきているのだろうか。
でもあんまり気にならない。私はどちらにせよここで限界だ。その辺の木にもたれ座り込む。
「クララ、ここは一人で歩いて行って。私は力尽きたから、ここで待ってる」
「いきなりどうしたんです⁉︎眼鏡の話で機嫌を悪くしちゃいましたか⁉︎クリスティナちゃん、いきなりやる気を無くすその性格、ちょっと直した方がいいと思いますよ」
「筋肉痛」
「あー。そっちでしたか、すみません。確かに日中頑張ってましたもんね。でも筋肉痛なら、ほら」
クララはかがんで、私の足に癒しの魔法をかけてくれた。そういえば君聖女候補だったね。癒しの魔法、すっかり忘れてた。
「どうしてそれを忘れながら私たち二人だけで人助けしようと思ったんです……?」
そんな事を喋りながら歩いて数分、大きめの崖に突き当たった。
「クララ、崖がある。どうする?」
「うーん、さすがに崖を越えて進む事はできませんね……。とりあえず、崖沿いに進んでみましょうか。崖があったって事は、きっと声の主さんは暗い中崖から落ちてしまったんでしょう」
「そっか」
グロかったらやだなぁ。
でも、そんな心配をする必要は無かった。少し歩いた先で、私達は未確認生物と遭遇したのである。
それは、体の全身を大きめの鱗で覆っていた。頭に角が生えていなければ、犬と似たような顔。鱗の色は、多分水色。私の眼は色までは識別できないから、ちょっと薄めの色っていうのが分かるだけ。
突き出した口には、鋭い牙が並んでいる。脚の形は……なんだろう?猿とか山羊とかに近い?しっかりと肘とか膝に当たる器官がある事は分かる。脚の先には、鋭い爪が付いている。鳥の爪に似ている気もする。
少し開かれた口から、ぜぇぜぇと荒い息が漏れている。
そして、ボロボロの翼。体のあちこちにある傷。
こちらに向けられた目は、何かを訴えているよう。
「よしクララ、早速攻撃魔法だ」
「クリスティナちゃん⁉︎」
「クララ、初の魔物戦だね。魔物っていうくらいだし、きっと聖魔法が有効だよ。相手は怪我してるし、先手必勝!ちゃっちゃと殴って、火力で押し切ろう。今日の朝食はトカゲの丸焼きだ!」
「クリスティナちゃん‼︎この子!私達を呼んでたのこの子ですよ!」
ちっ。上手くいけばクララのヒロインイベを潰せたのに。暗くて見えないから、ひょっとしたらクララを騙せるかなっていたずら心だった。まあどうせここにいる私達じゃ、ヒロインの守護獣とか契約の魔物とかそんな感じのお助け要員を倒せるわけないんだけどね。せめて絆に深い溝を作っておきたかった。
「それにクリスティナちゃん、この子魔物じゃありません。龍の子供ですよ」
「あれ?クララ。暗いのによく見えたね」
私のクソみたいな外見描写と勢いで魔物との初戦闘に持ち込めると思ったのに。
「さすがにこの距離ならある程度は見えますよ……。後、邪悪な魔力を感じないんです。多分、龍神様と関係がある子供でしょう。傷だらけです……」
「助けて……。優しい人たち……助けて……」
未確認生物改め龍の子供は弱々しい声で私達の脳に直接訴える。つぶらな瞳をうるうるさせてこっちを見てくる。
「そうね、確かに龍神様の関係龍だと思う。クララ、早く回復してあげて。翼もボロボロだし、かなり弱っているように見える。この龍の子供には早急な治療が必要よ」
「え……えっあ、クリスティナちゃんいきなり百八十度意見変わりましたね。ちょっと不気味です」
まあね。排除できないなら、せめて私を敵とすることがないよう恩を売っておくに限る。どうせ私がいなかったらクララがここまで来ることができなかったのも事実だ。ヒロインの脳に語りかけるのは、絶対神獣とか女神の使いとかの類いだということを私の偏見は知っているのだ。
「なんでもいいから、早く回復してあげて。傷の箇所まで誘導する?」
「そこまではしてくれなくても大丈夫です。でもこの龍の子供、運が良かったですね。この山は魔物がいないので安心でしたけど、もし他の山だったりしたらすぐに食べられちゃってましたよ。質のいい魔力の詰まった龍の子供の肉は魔物にとってとても美味しいもので、弱った龍がいると魔物がやってくるって習いましたもんね」
「へ、へえ。そういえばそんなのあったかもね」
「あ。クリスティナちゃん、話聞いてなかったんですか?そんな風に周りを見渡してごまかしたってダメですよ。後でアルバート様に言いつけちゃいます」
「違う、そうじゃなくて、クララ今絶対フラグ立てたじゃん!」
「え?」
なんで。なんでクララがヒロインだってことを真面目に考えてなかったんだろう。ヒロインってことは間違いなくトラブル誘引体質。その上暗い夜の森、戦力はたったの娘二人。こんなのフラグなくたって危ないっていうのに!
私の悪い予感はよく当たるらしい。近くの茂みがガサガサと揺れると、毛むくじゃらの化け物が姿を現した。目をらんらんと光らせているそいつは、明らかに異質な気配で。こちらをじっと見下ろして、捕食者の笑みを浮かべた。
「クララ、これはなんて神獣?」
「魔物です!クリスティナちゃん、逃げてください‼︎」
「やだなあクララ、この見た目心優しそうなもふもふが魔物に見えるなんて、どうかしてる。ほら、私達とハグがしたいみたい。近づいてくるよ」
「クリスティナちゃん、茶番やってる場合じゃないです‼︎後ろ下がってください!」




