27 登山
山の中を、ひたすらに歩く。分け入っても青い山っていうのは誰の俳句だったか、歩けど歩けど目に映るのは沢山の木々だけ。前を歩くエマに置いていかれないよう、涙を堪え痛む足を動かす。
ここは、クララの館から見えていた山。なんでも頂上には神様が祀られているそうで、かなり名の知れた霊峰なんだとか。
その割には人がいないけど。
昼食を食べて、ここまで馬車できたのが昨日のこと。アルバートの何泊する発言は、冗談ではなかったらしい。クララ、ハリー、アルバート、私、エマにクララの館の使用人が何人か。後は護衛数名。こんな子供がほとんど三割を占めている一行をワチエ子爵は笑顔で見送ってくれた。
止めてよ。
クララにはすでに前科があるじゃん。三連誘拐とか言う絶望コンボを決めるつもりか?
砂利道ですらない、所々に石が転がっているような悪路を馬車で強引に走る事四時間。山の麓まで来て、最初に見えたのは大きな神殿だった。石造りで、強いて言うならギリシャ風?沢山の柱の上に屋根があって、奥には大きな龍の像がある。どうもこの龍が祀られている神様らしい。
宿で一泊して二日目の朝、私達はそれを横目に見ながら、お祈りもそこそこに山に突入した。
「ねえクララ、神殿があるんだから、そこで済ませるわけにはいかないの?」
「クリスティナちゃん、山の上の龍神様には、地上の声なんて届かないんですよ。この辺の人達は、一生に一度はこの山に登るのが慣習なんです。龍神様に顔を見せて、直接に見守ってくださいってお願いするんです。私も七歳の時に家族で一度登ったんですよ」
「大丈夫ですよクリスティナ様、何をびびってるのか知りませんけど、この山は対象年齢七歳らしいですから。十歳で、しかも公爵令嬢のクリスティナ様が登れないなんてことありませんよ」
エマめ。
私は知っている。エマはここまでの山に登ることは想定していなかった。その証拠に、今私の服装はワンピースだ。山でワンピース。正気じゃない。さっきから裾が木の棘や茂みに引っかかって、進みにくいことこの上ない。夏場ならここに虫も追加されてた。それにエマ、夜のうちに服屋に行って自分の分買ってたでしょ。なんで一人だけズボン装備なんだ。ここから行きて帰ったら真っ先にとっちめる。
山のその辺から分け入って、道無き道を登ること数時間。もう帰りたいと思っていると、先頭から休憩の合図が出た。
「さて、そろそろ昼食にしましょうか。アルバート様、クリスティナちゃん、大丈夫そうですか?」
「うん、いい運動になるくらいだね」
「ぜーっ、ぜーっひゅー」
大丈夫なわけあるか馬鹿、私をさっさと帰せ‼︎って言いたかったんだけど、私の呼吸器はそれを許してくれなかった。
「大丈夫ですか?クリスティナちゃん。冬なのに汗だくで、顔が真っ赤です」
「はーはー、こひゅーげほげほ」
黙れ見たら分かるだろそんなこと言ってる暇あったら水をよこせ!
とにかく休憩だというので、近くの木に寄りかかってご飯を食べる。この木虫とかいないよね?恐る恐る近づいて、念入りに数回揺らしてから座り込む。
「クリスティナ様、随分へばってますね。攫われた時は、真っ暗闇でクララ様と乳繰り合ってたじゃないですか。あの時のガッツはどこに行ったんです?」
「私はインドア派だから。どうせならあの時みたいに、意識を失ってる間に頂上に着いてほしいな」
「ふっふーん、そんなインドア派もやしっ子引きこもり一歩手前社会不適合者予備軍のクリスティナ様に朗報です」
「ふん。どこでそんな言葉を覚えたのかは知らないけど、この状況で朗報って言うなら聞いてあげなくもない」
だいたい私、夏休みには図書館で遭難してるんだからね?それまでほぼ監禁だった事を考えると、私はむしろ反動で活発になっているといってもいいだろう。後多分後半二つは私には当てはまらない。なんたって目指すはハッピーエンドだ。この手の世界で、引きこもりエンドっていうのは聞いたことがない。
「遭難する場所が図書館の時点で、もう十分インドア派の誹りは免れませんよ。それで朗報です。なんとこの山、一泊二日です」
「は?」
「一日目で頂上付近まで登って、二日目で頂上に行った後一気に下山するそうです。この辺の子供は、みんな七歳の時に、親と済ませてるらしいですよ」
さすが野生児クララ。何がハイキングだ。聞いている限り、これは紛れも無い登山。使用人どもが大荷物だったのも頷ける。宿に置いてくればいいのにとか思ってた私が馬鹿だった。
ちなみに昼食はハムたまごサンド。私が強く所望した。冬だから、刻んだゆで卵のアレも傷まないはず。知らんけど美味しいからよし。
この時はまだ、私達一行は楽しく山登りができていたといえよう。事件は、一日目の夜に起こった。
暗闇の中、目がさめる。まーた変な夢見た。起きるたび鬱になるからやめてほしい。
毛布にくるまったまま、寝ぼけまなこで辺りを見回す。鳥の声もしない、静かな山の中。他の人達はまだ寝ているらしい。新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込むと、頭の中まで気持ちいい冷たさが流れ込んでくる。いつものどんよりとした空気とは違う、森の香り。木々の葉が揺れる音だけが、私の周りに静かに響いている。
毛布の中で、足を曲げ伸ばししてみる。痛い。多分筋肉痛。誰かにおんぶされるのは嫌だなと思いながらも、この足で丸一日歩くのが無理なことは私にも分かっている。
こんな事ならさぼってた運動の授業、ちゃんと受けとけばよかったかな。なーんて、そんな事全然思わないのが私がクリスティナたる理由。今回みたいなイレギュラーのために、普段から準備しておく必要などどこにも無いのだ。
「助けて……。助けて……」
くだらない事を考えていると、どこかから声が聞こえてきた。すごく小さい声。まるで頭の中に響くよう。
もう一度周りを見渡してみると、クララが起きたようだ。すぐに毛布から抜け出し、手を前に出しながら探り探り歩いている。
「どこ?私を呼んだ人はどこにいるの?誰なの?」
……。これはよろしくない。私の勘がびんっびんに危険を告げている。私は同じような事をしている人を、魔法少女ものアニメで一度見たことがある。
ヒロインが!力を手に入れようとしている!
さすがの野生児クララも、暗闇では何も見えないらしい。時々木の根につまずきながら進む歩みはとても遅くて危なっかしくて、見ていられない。
でも、こういう時悪役令嬢としてはどのように行動するのが正解なんだろう?普通妨害は失敗する。要は鍵となるのはクララの癒しの力だから、私が成りかわる事も難しい。
今のうちに谷底に突き落とす?将来私の敵になる事はほぼ間違いないわけだし。
でも、私はもう答えを決めてしまっていた。クララがいなくなると学園生活が楽しくなくなるのだ。いくら敵とは言え、小さい少女を手にかけるのは武士道に反する。武士じゃないけど。
将来私の身が危なくなったら、拘束される前に自分で死ねばいいや。今の私ならきっとできる。なにしろこの世に二人といない、一度死んだ人間だからね。
毛布から出て、木にぶつかりそうなクララの肩を押さえて止める。
「ひゃっ!何ですか⁉︎」
「クララ、そっちは木がある。暗くて何にも見えてないんでしょ?私がついててあげる」
「クリスティナちゃん!クリスティナちゃんも声、聞こえたんですね」
そりゃまあ起きてたからね。多分寝てるところを起こされたのは、主人公補正を持つクララくらいだろう。
「一緒に声の人、探してくれるんですか?」
「他の人は?起こす?」
「うーん、この山って魔物もいませんし、寝てる人を起こす必要は無いと思います。クリスティナちゃん、ついてきてくれるんですか?ありがとうございます!」
「ふん、勘違いしないでよね!お前を殺すのは私の役目だからな、勝手に死なれると困るだけだ」
「ええ⁉︎」
かくしてピンク髪の聖女と黒髪の悪魔憑き、二人の影は森の中に溶けていく。
なんつって。




