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25 夢

夢を見ていた。

きっとこれは、私の前世。

私の、失くしていた記憶の一つ。



「ったくもー。なーんで夏休みに終わりがあるかなー?だいたい夏休みに終わりがあるなら何が夏だっていうのさ!休みは不滅!そうでなければどこに正義があるのか分かんない!」


思えば私は、随分独り言が多い性格をしていたと思う。夏休みが終わって始業式の日、半日授業。いつもより早い学校からの帰り道、私は途中の駅で降りて、小さい頃数度来たことがあるショッピングモールに向かっていた。


「ねーねー、みんなー?夏休みを永遠にするには、どうしたらいいと思うー?」


今私の意識は、斜め上から見下ろすような感じで前世の私の行動を眺めている。髪の長さと鞄の傷み具合から考えると、この時期の私は、記憶のどの私より新しい。人がいない住宅地を通っているのをいいことに、かなりの大声で一人叫んでいる。

私は立ち止まり、手を耳に当ててうんうんと頷く。

まるで目の前に、たくさんの人が座っているかのようだ。


「そうだね!私の肉体、意識、霊魂を永遠のものにしてしまえばいいんだね!その通り、よく出来ましたーぱちぱちぱちー、って、新手の宗教かっ!」


右手でビシッと宙に突っ込む。

九月に入ったとは言え、まだ日差しは照りつけるように熱い。駅から歩き始めて十分、早くもとち狂い始めたようだ。

私は何を見せられているんだろう?

そもそも私の性格は、ここまで元気じゃなかったはずだ。どうしてこの女子高生は、一人でハイテンションになっているんだ?


再び歩き始めた彼女は、次の電柱に行きつかないうちにまた、両手を振り回しぶつぶつ言い始める。


「あー、くーだらない。だいたいなんで今日に限ってホームセンター閉まってるかな?ホームに定休日は無いって習わなかったのか、アホどもめ。でもでもね、この天才私はプランBを用意していたのです!そこ、参ったか!」


いきなりくるっと振り返り、ゴミ捨て場に向かって指を突き出す。暑いのに元気なことで。

そう、確かこの日は、始業式を昼寝にして、その後……。どうしたんだっけ?なんでこの日のことを覚えてないんだろう。

斜め上に観客がいるとも知らず、前世の私は一人劇場を続けながら歩く。


「とりあえずね、なんとかってロープか、もしくは犬のリードも丈夫って話聞いたんですよ。だから私としてはね、ほんとならロープが良かったんだけど、首に犬のリード巻きたくないなーとは思いましたけれど、でもしょうがない。今日を逃せばこんなチャンスもう無いから。今日は、じ、た、く、にー、だーれもいません!今が午後一時、母の帰宅は午後六時!それまでに、私はただの肉塊となって、永遠の夏休みに入るのだ!」


ああ。そうか。私はこの日、死んだんだった。道理でハイテンションなわけだ。ところどころ声が震えたりはするものの、前世私の意思はきちんと固まってるようで。

まだ少し聞こえる蝉の声をBGMに、少し急ぎ足で歩き続ける。


「ふっふーん、なんたって、首吊り 方法で検索したのがさっきの電車内ですからね!ひょっとしたらこれRTAみたいな?とにかく、もうやってられない。ホームセンターが休みってところまで調べたのは幸いだったよ。電車に飛び込むのってあれ、多分反射神経いるよね。私に出来そうなのはこのぐらいだからなー」


そう、この年の夏休みまでは私の記憶もあったのだ。確か、一昨年から言ってた死にたい死にたいっていうのを、そろそろ実行に移そっかなーどうしよっかなーって悩んでた頃のはずだ。

それで、始業式の後、みんな部活に行っちゃって、たまたま部活が休みだっただけなのに自分の中でいろいろ限界がきて、これからまた授業が始まるのか。とか、毎日電車乗って学校行かないといけないんだ。とか、後少しで私受験生だけど勉強したくない。とか、なんかそんな感じのいろいろで、真っ暗になってた。

中学の頃あれだけ大変だった受験勉強は二度としたくなかったし、どこかでアルバイトする気も起きなかった。一人立ちしたとして、私は家事もしたくなかった。

三年前の私にとって、これから先、今の学生生活ほど楽しい時間は無さそうで。自由な時間がこんなにいっぱいあるんだから、好き勝手に生きて追い詰められそうになったら死ねばいい、そう思ってた。でも思いの外死ぬのって難しい。心理的にも、物理的にも。

結局私は、死ぬ前提で生きてきた、ほとんど明るい未来が無いような現状から抜け出せないまま、楽しい泥沼でもがくような日々を送っていた。

勉強は殆どしてこなかったし、何か職を持とうという努力もしなかった。ここ二、三年で上達したのはせいぜい言い訳と見て見ぬ振りくらい。

流されてランクを落として入った高校で、適当に楽しく日々を食いつぶしていた。


こんな事を今世の私が思い返している間に、前世の私はショッピングモールに着いた。小さい頃、ここのペットショップに行くのが好きで、それで覚えていたのだ。


「うわー、ぜんぜん変わってない。なんか私も小学生に戻った、みたいな?どーしよっかなー。アイス食べてから買い物する?一人だしなー」


さっきまで変なことばかり言ってた前世私は、急にうきうきした顔つきになり、少し幼くなったようにも見える。目の角度の問題だろうか、きっと子供の頃を思い出しているのだ。


「あの頃はどうしてたっけ……。確かお父さんが毎回アイス買ってくれてたんだよね。買い物の途中で毎回飽きて、服をちょっと見た後はお父さんと二人でアイス食べながら待ってたなー。確かチョコミントが特別にまずかったはずだよね。ストロベリーとなんかのミックス、よく食べてたの覚えてる。……。いかんいかん、こんな事思い出してる場合じゃない。私の記憶力が意外と捨てたもんじゃなかったのは良かったとして、犬屋だ。犬屋を探せ!」


思い出に浸りかけた前世私は、なんとか現実に戻ってペットショップに入っていく。

そっか。そういえばアイス食べてた私。今世でもアイス無いかな?アルバートなら王子権力でなんとかできそうだけど。目が覚めたら聞いてみよう。


今世。

私はどこに向かっているんだろう。このまま順当にいけば、アルバートと結婚。王家の家族構成はよく分かってないけど、多分なんとか大公とかなんとか公爵夫人になるんだろう。乙女ゲーム補正でいうと、監禁、幽閉、処刑エンド。転生補正がそこにかかって、逆転ざまぁからのハッピー溺愛ラブラブエンド?

学園の授業は、座学もあるけど実技が異様に多い。魔法を使う訓練もそろそろ始まっている。男子は、剣術の授業もある。女子も参加している人がかなりいる。

異常に属性の多い魔法だったり、魔物の存在だったり、どう考えても戦闘が前提の世界だ。

仮にハッピーエンドが待っているとして、私はそれまで頑張れるだろうか?いくら転生者といえど、悪役令嬢の中身が私である事で不都合はないだろうか?


そんな事を考えてるうちに、ペットショップの入り口から前世私が出てきた。少し泣きそうで、早足。

しばらく進んでベンチに座ると、足を何度かふみ鳴らしながら顔を抑えてうめき始めた。


「何なんだよ、何なのあいつら……。夏休み明けで人がいなかった、それは良し!配置が殆ど変わってなくて、リード売り場もすぐ見つかった、これも良し!……。なんで!どうして店員が声かけてくるの⁉︎私そんな怪しかった⁉︎何が『お客様、どんなワンちゃんを飼ってらっしゃるんですか?』よ!飼ってるわけないじゃん!『犬種が分からなければ、写真などはありますか?最適なリードをおすすめいたします』ふざけんな暇人め‼︎人生最期の日になんてやつに話しかけられたんだ畜生。あの茶髪女め、二度と許さない。……待って?ここで今日私が死んだら、死因あの茶髪のせいにできるんじゃない?はっはっは!勝った!これからの一生、罪悪感の重みに苦しみながら、あの時私がイキって茶髪に髪の毛染めて、暇だからってお客様に話しかける事で暇潰しをしなければこんなことには……、って思いながら死んでいけ!ザマアミロヒャッハー!」


顔を抑えたまま、笑い出す私。家族連れが遠巻きにこちらを眺めている。うん。どう考えても前世私が悪いと思うよ。そうだった、リード売り場について、長さも何もかも無視して強度を確認していたら背後から奇襲を受けたのだ。基本知らない人とは話せない私は、あっいえ大丈夫ですみたいな事を呟きながら店から逃げ出した記憶がある。

前世私は不敵な笑みを浮かべながら立ち上がると、膝から崩れ落ちた。


「だからっ……!そのための縄が手に入らなかったんじゃん……!くそう。とりあえず駅まで戻ろっか……」


そう言うと、前世私はまた歩き始めた。鞄をベンチに忘れているけれど、今の私には注意することはできない。それに、あんまり気にする必要もないか。この後も記憶通りなら、私はあの鞄を使うことは二度と無いのだから。

前世私は、目に入るもの全てを憎み、目立たない程度に悪態をつきながら駅へ向かう。

そう。ここだ。私は、道を一本早く曲がったのだ。


「ああ、畜生。ほんとまじまじほんとほんと!まじほんと!ほんっとまじまじ!とりあえず死ねよ雑魚どもめ。なんか前人歩いてるから大声出せないし、殆ど使わない駅で降りた意味ないじゃん!そうだね、我慢だ我慢。静まれ私の魂。って中二かっ!なんつって。ふふ。あー、思い出しただけでムカついてきた。今夜は犬肉を食べよう。お母さんに相談だ」


その時、前世私の二メートルほど手前を歩いていた女性が、マンションに入っていったのだった。

これがどのくらいチャンスかは、いくら私でも十分理解できた。前世私は、急いでその女性にべったり張り付き、マンションへの侵入を果たす。見た感じ八階か九階建てのこのマンション、こんな機会でも無ければ二度と入れないだろう。


「やった!ざまみろ!まったく最近の若者は背後への警戒がなってないなぁ。ペットショップからも追い出された不審者が入っちゃったぞ?とにかく上の階!」


一緒の女性を、三階で降りて一度やり過ごしつつ、最上階にあたるであろう九階を目指す。もうここまできたら、不審者だと通報されてもいっこうに構わない。もう前世私を止めることは不可能だ。


「九階、九階かー。確率どのくらいか分かんないけど、結構低くなかったっけ?車来ませんよーに!本当は十三階は欲しかったんだけどね、そのくらいになると今度はセキュリティとかちゃんとしてるから。今回はご縁があったという事で。天才私の日頃の行いが良かったからだろうね、もう最っ高!さっきのマンション原住民は本当にナイスだったなー。褒めてつかわす。うふふ」


にっこにこでエレベーターから出た前世私。かなり足ががくがくしているけれど、気にしていないかのように柵から身を乗り出して下を覗く。


「ふふっ。ふっふっふっ、よーし。飛ぶぞー飛んじゃうぞーあいきゃんふらーい。やっばいなぁ。私小さい頃雲梯から落ちて骨折してるんだよなー。怖い」


そんな事あったあった。懐かしい。多分前世私とだったら、昔話だけで半日盛り上がれる自信がある。いや、同族嫌悪でダメかも。

前世私は下を覗いて、ぐだぐだしている。どうやら出入り口に落ちるのは避けたいらしい。そうだったそうだった。だんだん呼吸も荒くなってきて、水筒を探している。


「あー、喉からっから。水筒……、水筒⁉︎やっば、多分置いてきたなこれ。鞄ごと。どーしょっかなー?もう飛ぶしかないよねやだ飛びたい早く飛びたくない助けて飛ぶ飛ぶから死にたくない飛びます!」


最後の方は、もはや悲鳴に近かった。顔を歪めて、今にも泣き出しそうなまま、私は下に落ちていって、



目が覚めた。

うわー。なんて夢見てしまったんだ。思い出しちゃった。私がどんな風に死んだか。


私が、どんな生き方を選んだ人間だったか。


「ふー、おはようございます、クリスティナちゃん。昨日は帰ってきたらもう寝てたじゃないですか、流石に早すぎでびっくりしました。ルドヴィン様のご指導、大変だったんですか?……。どうしたんですか?怖い夢でも見ました?」

「ううん、大丈夫。とっても懐かしい夢」


クララの声が、なぜかとても遠くに聞こえた。


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