24 幽霊
次の日、私がアルバートの監視の下算数をさせられていると、そいつはやってきた。
肩まである白い髪、細い目、日焼けしていない肌。痩せ気味の体に、髪と同じく真っ白な服。
私が今まで見たきた中で、一番幽霊らしい人物だった。
「クリスティナ嬢、アルバート殿下、こんにちは。クリスティナ嬢にははじめまして、アルバート殿下にはお久しぶりです。私はルトヴィン。王宮で魔法使いをしている者だ」
「お久しぶりです、ルドヴィン先生」
「はじめまして」
ルドヴィンと名乗ったその男は、私の奥の奥まで見通すような目で、こっちをじっと見つめていた。
お客さんが来たということで、私はアルバートから勉強をやめる許しを得た。仮分数とか帯分数とか、訳が分からないのだ。人生二周目みたいなものなのに、聞いた覚えが全くない。目的が何であれ、幽霊には感謝。
ちなみにクララと弟は、朝から久しぶりに遊びに行くとか言ってどっか行ってる。ずるい。私も混ざりたい。
しかし、現実は非情である。私は、たいして一緒にいたいとも思えない初対面の幽霊、私の前でのみスパルタ教師になりつつあるアルバートと移動して、客間で向かい合って座っていた。ここはクララの家なのに、お客さんがさらなるお客さんを呼んで客間を勝手に使っている。王子権力による無法地帯と私は解釈した。
まず最初に話し始めたのは幽霊。
「さて、クリスティナ嬢。あなたのことについては、妹からよく聞いているよ。この春から学園に通い始めたので合ってる?」
「はあ、そうですが」
そういえばこの人、私に来たお客さんだってアルバートが言ってたっけ。先生って呼ぶからにはアルバートの家庭教師みたいなものだと思うけど、残念ながら私は彼の妹さんとは面識がない。
万が一エマみたいに忘れている場合もあるので、あんまり突っ込まないでおく。基本私は、知らない人とはあんまり話せない性格だ。
「それで、アルバートから聞いた所によると、クリスティナ嬢は学業が芳しくないとか」
「その通りです先生。手紙ではなんとかしてくれると言っていましたが、クリスティナに勉強を教えてくれるのですか?」
まじかよ。アルバートにとっては私の頭があまりにも残念な出来だったらしく、王宮お抱えとかいう最強の家庭教師を連れてきやがった。
いくらなんでもやりすぎでしょ。幽霊も自分の生徒の頼みとはいえ、そこまで乗り気にはなれないだろう。今更ながら王子権力にドン引きしつつ、紅茶を飲む。
「うむ。それでは早速、クリスティナ嬢に勉強を教えたいと思う。どこか空いている部屋はあるかな?」
「それでしたら先生、さっきまで勉強していた部屋を使ってください」
「いや、もっと広くて、なるべく外に音が漏れない部屋がいい。倉庫みたいなものはないかな?」
何する気だこの幽霊。生徒との思い出話もそこそこに、私に勉強を教えようとしている。やる気である。しかもひょっとするととんでもなくスパルタ系なのだろうか。アルバートに同情してやらんでもない。
「先生?勉強を教えてくれるのではないのですか?」
「クリスティナ嬢の場合は特例だ。少し手荒な方法を使う。一応聞いておくけど彼女、魔法は使えないんだよね?」
「はい、その通りですけど……」
何するんだろ?って顔のアルバート。どうやら彼でも幽霊の考えは分からないらしい。うええ。何されるんだろう怖い。そういえば魔法使いって言ってたよねこの人。アルバート魔法上手だし、魔法の師匠だったりもするのだろうか。アルバートの勉強方針が厳しいのは師匠譲りとかだったら嫌だなー。
数分後。
ワチエ子爵が使っていない倉庫を貸してくれたので、そこで幽霊と二人きり。知らない人と二人きりにはなりたくないなー、なんて私の希望は当然のごとく却下され、隅の藁束に腰掛ける。収穫期に使う倉庫なのだそう。日の光が殆ど入らないそこは、じめじめして薄暗い。
幽霊は、どこからか取り出した絨毯を床に敷いていた。絨毯は白く、その上に謎魔法陣が描いてある。
しっかり端まで伸ばしたところで、幽霊がこちらを向いて手招きした。
「さて、クリスティナ嬢。こっちにきて、絨毯に座ってくれるかな?」
「いやです」
誰がそんな見ただけで分かる罠に乗るというのだ。見えている罠を踏むバカはいない。
幽霊は困ったように笑うと、おいでおいでと手招きを続ける。
「別に何か悪い事をする訳じゃないから。ただちょっと、この上に乗ってもらえればいいんだ」
「それ悪い人が絶対言うセリフじゃないですか」
とりあえず、幽霊が優しい性格だという事は分かったので強気に出てみる。勉強を教えるはずの人が魔法陣広げてる時点で相当怪しいのだ。ここでごねてごねて、ついでにアルバートとの勉強も無くしてみせる。公式を暗記するより、勉強しない努力をした方が早いと言うのが私の持論だ。膝を抱えて、藁束の上から動かない意思を見せる。
さあどう出る幽霊。ここまでで彼が物を教えることに慣れていると言うわけではなさそうだということが分かっているのだ。
彼は、自分の手を不思議なリズムで揺らしながら私の説得にかかった。
「そんなに警戒しなくても大丈夫。私は王宮にもう二十年も仕えている魔法使いでね。王様から直々に、アルバート殿下の魔法教育を頼まれたんだ。まあ、十二歳の若さで山賊の首を吹っ飛ばすよう教え込んだ覚えは無いけれども……。とにかく、私は信頼できる人だと思ってくれていいよ。残念ながら、君は王宮へ入る事は許されていないから。本来なら夏、君が王都に帰ってきたタイミングで検査をする予定だったけどそのついでみたいなものだ。気軽に魔法陣に座ってほしいな」
私は、じっとうつむく。時折睨みつける事も忘れない。何度もアンさんを撃退してきた私の十八番だ。
そういえば、乙女ゲー的に考えればこの人ってどんなポジションだろ?アルバートの師匠って話だけど、この世界が戦闘系乙女ゲーだという予想が当たりなら結構重要キャラじゃないだろうか。まあ既に喧嘩を売るような態度を取ってしまった後だ。このまま相手が退くのを待つしかない。
「うーん、ここまでわがままだとは聞いてなかったなあ……。やっぱり悪魔が出てきてるのかもしれないな」
そう言いながら幽霊は、手の不思議な動きを続ける。何をしてるんだろう?って思いながら、幽霊の顔を覗いてみる。
彼の目は、不気味に光っていた。その目に吸い寄せるように、私は、近づいていって、
違う!これ多分魔法!体の自由が全然効かない。おかしいな、主要四属性ではこんな魔法出来ないはずなのに。ひょっとしてクララが言ってたこの国で一番すごい魔法使いってこの人なんじゃないかって思いながら、私は魔法陣の上に座り込んだ。
体全身から力が抜けてしまったような感じ。指一本動かすことが出来ない。
「やれやれ、だいぶ時間がかかったよ。魔力の高さだけは、私でもどうしようもなかったからな。とりあえず魔法耐性がゼロで助かったと言ったところか。こりゃ早い処置で正解だったな」
私に手をかざした幽霊が、何やらむにゃむにゃ言った後、虚空を見て独り言を言い始めた。
「……と記憶力だけ戻すか……?でも……を解かないときついし……。変なとこの……が戻っ……だとしても……。……は悪魔……から……王は……」
幽霊が手を動かすと、私は頭蓋骨の内側に小さなしこりを感じた。それは、幽霊の呪文で溶けていくようで、私の頭の中はしゅわしゅわ泡立っていく。熱をもったしこりが熱い。きっと、分解する時に熱を出すのだ。
最後に見たのは、何やらぼやきながら私の頭をいじくる幽霊と、魔法陣の光に照らされ白く輝く倉庫の壁。
私の意識はここで途切れる。




