22 尋問
無事宿に戻ってきた私達は、エマの長話から逃げるように寝室に行った。今からぐっすり眠れると思ったが、私の寝室では王子が待っていた。
明かりもつけずに待っていたらしい王子は、暗い部屋の中でこちらをじっと見つめている。何か、王子の周りから冷気が発せられているようで、部屋の温度も心なし低く感じる。
「殿下……?」
微動だにしない王子に近づいてみると、ぎゅっと抱き寄せられた。
「二日間。クリスティナが行方不明になっていた日数だ」
「え、あっ殿下⁉︎」
驚く私に構わず殿下は続ける。
「僕達はこの二日間、生きた心地もしなかった。王宮にいた僕の元に、行方不明の報せが届いたのは二日前の夜。すぐに支度をして、夜通し馬車を走らせて朝から本部に入った」
耳元で聞く王子の声は、いつもと違って体の中に染み込むように聞こえて。
「夜のうちに本部を設置していたワチエ子爵から詳しい話を聞いて、目の前が真っ暗になった。半年前クリスティナを攫ったグループの残党だという話を聞いたからね」
背中に回された王子の柔らかい手に、ぎゅっと力が入る。
「朝、急いで捜索隊を組織して、陸路を封鎖すると同時に港の船を一隻ずつ検査した。幸いに、クリスティナが攫われてから港を出港した船は三隻のみだった」
いつもなら私は、
ははんこの王子私に随分惚れてるな、乙女ゲームに転生した悪役令嬢補正がかかってるんだな
とか、
随分と苦労したようだけど、結果帰ってきたんだから良くない?なんか必死すぎてちょっと面白いかも
とか思うのだけれど。
「一日が終わる頃には、港の船の検査も全て終わっていた。何人かごろつきをとっ捕まえはしたけれど、言うことも皆違うし、誰もクリスティナの居場所については言わなかった。頭がどうにかなりそうだった」
王子の声はとっても真剣で、私のことを思ってくれてるのが伝わってきて。
「二日目は、もう一度船の検査をしたけれど、すぐに終わった。町の建物一つ一つを調べた。そんなところにいるはずが無いって分かっていても、それでも何かしなければ落ち着かなかった」
暗い部屋の中、抱き寄せられていると王子が十三歳だなんて思えない。
「二日目の終わり、僕達が宿の本部に戻ると、しばらくしてクリスティナが帰ってきた。ねえ、クリスティナ、僕は本当に必死になって探したんだよ。これから、クリスティナがいない生活なんて考えられなくって、考えただけで恐ろしくて。そんなものがすぐそばに迫っていると思うと、気がおかしくなりそうだった」
前世も恋愛経験が無かった私は、王子の言葉にとろとろに溶けていって、
「本当に、無事戻ってきてくれて良かった。もう離さない」
力が抜けたところを、ベッドに優しく寝かされた。
これから何が始まるんだろう?私の上に覆いかぶさるようにしている王子を、とろんとした目で見上げる。
「殿下……」
「アルバート。アルバートって呼んで」
「アルバート、アルバート様?」
「もっと。もっと呼んでみて」
「アルバート様」
「愛してるよ、クリスティナ」
やばい。どきどきが止まらない。王子が私の父親くらいイケメンに見える。このまま何されたっていいと思える自分がいる。暗いから、真っ赤になった顔は見られてないはず。少し安心する。
アルバートの手がそっと私の頰を挟む。顔がどんどん近づいて、暗い中でもアルバートと目が合っているのが分かる。
「だから、この二日間であった事を全部正直に話してほしいな」
あれ?
「ナ、ナントコトデショーカアルバートサマ?」
「僕達が必死になってクリスティナ達を探していた二日間、クリスティナが何をしていたのかを残さず教えてほしいな」
それから私は、誘拐中の出来事を全て話す事になった。アルバートすごい。私が嘘をついても、すぐに見抜いてしまう。時に優しく、時に厳しく、私は何一つ隠し事が出来なかった。くすぐりのくだりさえ話した。アルバート、有能だ。将来はきっと、外交官とかになって活躍するに違いない。王子だからそういう仕事しないのかな?知らんけど。
私は今、床に正座させられている。途中からどんどんアルバートの顔は険しくなっていって、クララが寝落ちした辺りからは私は床に降ろされてしまった。見上げるようにしてみるアルバートの顔は、かなり怖い。やっぱり冷たい空気を発しているのは気のせいじゃなかったみたい。
「つまり、クリスティナは、自分を攫った悪人の一人と取引したんだね?」
「はい、そうです」
「そして自分が活躍したという嘘を証言してもらう代わりに、その人物を助ける事にしたと」
「はい、そうです」
「クララをおいてきぼりにしながら活躍の内容を考えていたら、いつの間にか一日過ぎてた」
「ひゃい、そうです」
「帰れるなら一日目には帰れたけど、ご飯も食べて風呂にまで入って、ぐうたらしながら設定を練っていたと」
「……ひゃい」
どんどん私の声は小さくなっていく。なんで。どうしてだ。今回は恋愛パートだと思って油断してたらこのざまだ。アルバートが怖い。いや悪いのは私だけど、こんな早く追求されるとは思ってなかった。
うやむやのうちに、せめて港編くらいまでは事実にしたかったのに。
「クリスティナ、どうしてこんな事をしたの?」
「……褒めて、欲しかったです」
本当にこれしか理由は無かった。転生者は大抵がばがば作戦で大成功するから、私もやってみようと思っただけなのだ。だって、成績で怒られた後家名で危機を脱出するなんて転生チートの持ち主の所業とは思えない。ちょっとだけ、気分を味わってみたかった。それだけだ。
褒めてくれたら嬉しいなってだけだった。
私を見下ろすアルバートが身をかがめて、私の方に手を伸ばす。何をされるかと身構えていると、そのまま頭を撫でられた。
「まったく……。僕はクリスティナが帰ってくれば、それだけで充分なんだよ。僕は一生、クリスティナと一緒に過ごすんだから」
ほっとしたのと、嬉しいのと悲しいのとで、涙が出てくる。後から後から止まらない。
「大丈夫、もう大丈夫だよクリスティナ。とにかく無事に帰ってきてくれたんだから」
アルバートは知らないのだ。この世界が乙女ゲームの世界だという事を知らないのだ。どうして私が泣いているのか、アルバートは一生分からないだろう。
こんなにも近くにいるのに、私達の距離はずっと遠く離れていた。




