第八十九話 松川利斎捕縛作戦
「あら、早いわねエルブ」
「それはもう、自分のこれからが懸かってますからね」
俺がベンチに座り、天風を撫でながら装備の確認をしていると、もうすっかり暗くなった道の向こうから、友人と買い物の待ち合わせをしていたような態度で、瑠璃先輩が歩きながら話し掛けて来た。瑠璃先輩は黒に青いラインが入った、川蝉支給である赤力の伝達補助や耐斬打撃付きの戦闘服を着、長い髪をキャップの中に入れていた。
「シアン先輩、準備は完了してますか?」
「えぇ、もちろん」
俺は瑠璃先輩に確認をした後、天風を形態変殻させ、気配を消しながら廃屋に向かった。平屋の廃屋の周囲には、三人ほどの魔浄教団員が周囲を監視するように隠れていた。そんな魔浄教団員をバレないように『新藤悠漸流動術中伝、消在』で背後から、音もなく首をストンと落とす。そしてその魔浄教団員を低木に隠し、放置した。流石にここは後で処理班を寄越してもらおう。そして廃屋にしては頑丈な扉を瑠璃先輩が、『上位術式、瞬溶の種火』で溶かして、悠々と潜入した。
「誰だ!」
室内に入るとすぐ、数人の魔浄教団員が現れ、仲間でないことがわかると、すぐさま殺す勢いで様々な武器を振るってきた。俺達はその様々な攻撃が届く前に、俺は、瑠璃先輩が『操炎の魔眼の能力の一つ、炎製』を発生させた所に、『上位術式、突風槍』を突撃させ、蒼い炎を纏った風の槍をアイコンタクトも無しで作り、そのまま魔浄教団に発射した。その、風炎槍とも呼べる攻撃は、五人ほどいた魔浄教団員を一掃し、俺達の通り道となる、大きな風穴作った。
「な、なんて、ちから、だ……」
風炎槍の攻撃を受けた魔浄教団の中で、唯一命のあった男が、かすれた声で言うと、その瞬間、蒼い炎で焼かれる。瑠璃先輩が『操炎の魔眼の能力の一つ、炎増』で近くに散らばっていた炎の火力を上昇させたのだ。
「ギャァァ!われらが魔浄人にえい……」
炎の中で、魔浄教団員はそう叫ぼうとするが、炎の威力が強まり、声が掻き消えた。
「じゃあ行こっか、エルブ」
「えぇ、行きましょうシアン先輩」
そして俺達は、様々なものが焼けた異臭を鼻に感じながら、そして俺達は自分達の作った風穴を通り、さらに廃屋の中に進んでいく。すると、俺達は大きな空間にたどり着いた。そこが、廃屋最後の部屋であった。
「久しぶりですね、松川先生」
俺が声を上げると、暗闇の奥から数人の魔浄教団員とともに、松川利斎が現れた。
「やぁ少年。とっても会いたくなかったよ、すぐさま帰ってくれるかな?」
松川利斎は柔らかな笑みで帰れと言ってくるが、俺はそんなことを露ほども気にせず、話しかけ続けた。
「松川先生、いや松川利斎。よくも騙してくれたな」
俺の言葉に、松川利斎は「フッ」と笑い、愉快そうに返答した。
「いや、私も川蝉の名前を出されたときにはもう駄目だと思ったがね。ここまでうまく逃れられるとは私も思わなかったよ。布石を撒いていて良かったね。まぁ見つかるのが少々早かったが、少年達をここで消すか拘束するかして、また逃げれば良いだけだからね」
松川利斎は悠々と語りながら、魔浄教団員を動かし、俺達を包囲しようとしている。俺達はわざとそれを許容し、余裕の態度をとる。その姿を忌々しくも、嬉々たるといった表情をしていた。
「どうした?やけにあっさりとしているじゃないか、もう諦めてしまったのかい?」
俺の行動に、松川利斎は訝しげな表情をしているが、もう動かしてしまったので止めることは出来ない。そんな周囲を確認しながら、俺は天風の柄を握り、松川利斎の死角になるように後ろに引く。そして、敵に分かりづらく抜刀の構えを取る。その時、瑠璃先輩がタイミング通りにしゃがむ。それと同時に、俺は天風を抜き放つ勢いで一回転を行う。だがその刃は魔浄教団員には当たらない。だが、その勢いで天風が纏っていた風が刃となり、円状に広がって、囲んでいた魔浄教団員の半数以上を斬り倒す。斬られた者は全てが致命の一撃で、一人も意識を持っていない。この技は『新藤悠漸流抜刀術中伝、風輪斬』と言う技である。この技は『中位術式、風纏』を行い、武器に風を纏わせて使う技である。実は柄を握った際に『風纏』を無詠唱で使っていたのである。味方の魔浄教団が半数以上倒された事に、松川利斎は大きく動揺した。
「さて、これでお前の仲間は半数を切ったわけだが……そろそろ降参したほうが良いんじゃないのか?」
俺が挑発的に言うと、松川利斎は効果覿面であったようで、ヒクヒクと眉を痙攣させ、憤慨という様子で言った。
「糞が!殺せ!あいつらを殺せ!」
松川利斎が放った怒号に、風の刃をとっさに防御や回避出来た魔浄教団員が、少し動揺しながらも攻撃に移った。だがそんな魔浄教団員も、蒼い炎に阻まれる。だが、その炎も危なっかしく避け、俺達の下へやってくる。
「やりますか、シアン先輩」
そう言って俺が前へ出ようとすると、瑠璃先輩が手で遮り「私がやるわ」と言ってもう片方の手を口元に持って行き、簡易術式を詠唱する。
「『屈服せよ、畏怖たる炎をその身に浴びよ、無慈悲の灯』」
そう言って手を開くと、その上にはとても小さな炎があった。瑠璃先輩はそれに息を吹きかけ、走り向かってくる魔浄教団員に飛ばす。そのちっぽけな炎を斬り払おうと魔浄教団員が武器を振るい、炎に当たったその時、ちっぽけな炎が大爆発し四方八方に巨大な炎が奔る。その炎に数人が巻き込まれ断末魔を上げるが、爆炎が消えた頃には、人間だったものとしか言いようのない破片だけになっていた。残り戦力は二人。瑠璃先輩は気を引き締めようと息を大きく吸うが、それ自体が気の緩みであり、隙であった。黒焦げの魔浄教団員の後ろから、瑠璃目掛けてスペツナズナイフが飛来する。それに気づいた俺は、瑠璃先輩とスペツナズナイフの間に入り刀で弾いた。黒焦げの魔浄教団員の後ろにいた男は、すぐに距離を取ろうと動き出すが、俺は逃さない。俺は中段で霞の構えを取り、魔浄教団員が直線状にいる所で突きを行う。するとドンッと言う音と共に、一直線に衝撃波が飛び、魔浄教団員の腹に風穴を開け、後方に肉塊を散らす。これも『風纏』を使った技の『新藤悠漸流剣術中伝、死突大空隙』である。……残り戦力はあと一人。そう思った時、俺の視界から、最後の小柄な魔浄教団員の姿は消えていた。だがその瞬間、だれもいない位置から視線を感じ、ほぼ勘で回避すると、首が今の今まであった位置をジャマダハルが通り抜ける。
「チッ」
獲物を逃がした、二振りのジャマダハルを持った小柄な魔浄教団員から、女性の声で舌打ちが聞こえた。そして間、髪を容れず二振りのジャマダハルによる、突斬織り交ざった高速の剣撃が行われる。俺は精一杯回避や防御、受け流しを行うが、否応無く数撃受けてしまう。
「暁闇流!」
俺は少し恐怖を覚えつつも彼女の流派を当てる。彼女は自身の流派が当てられた事に眉をひそめるだけで、すぐ攻撃に移る。その攻撃は一筋一筋が即死級の鋭い技で、冷静に、真剣に対処しなければすぐに殺されてしまう。そんな攻撃を高速で行われる。『暁闇流』とは、裏社会で生きる者の流派で、暗殺術や即死術そしてそれに付随する高速技や医療技術などを学び、主に真夜中に暗殺を行うことで、俺達の界隈で名の知れた暗殺流派である。そんな手練れの暗殺者が魔浄教団員で護衛?……まぁ偏見は良くないだろうが。そう勘ぐっているうちにも、俺は少しずつ押されていた。瑠璃先輩と同じく川蝉支給の戦闘服(ラインが緑)を着ている為、実際怪我は無いのだが、ジャマダハルの刃が擦れるたびに焦りがつのっていた。今の精神状態では、まともな赤力術式は発動出来ない。暁闇流の得意分野と、ジャマダハルの得意分野がマッチし、正確に急所を狙って突きを繰り出し、斬り払いで正確に神経を断ち斬ろうとしてくる。瑠璃先輩はこの戦いに割り込めないと分かってか、燥炎の魔眼を見開いて、魔浄教団員の気をそらそうと策を凝らす。そんな時。
「遅い、早く殺さんか!この鈍間が!」
松川利斎は、この剣戟が見えていないだろうに怒りを露わにし、詠唱を始める。
「『星の御手、剛腕豪晃輝くは、巨大壮大二対の片手、壊せ、砕け、押し潰せ、豪快なるその両腕、悉くを圧砕せよ、上位術式、星岩両浮腕』」
松川利斎は上位術式を正式詠唱すると、その上空に二つの岩でできた腕が現れた。
「くたばれ!川蝉の餓鬼がーー!」
松川利斎の攻撃は、まっすぐこちらに向かってくる。はっきり言って愚策であった。いや、策ではないのだろう。ただ俺を倒すのに時間が掛かっていることに苛立ち、無駄な攻撃を行ったのだろう。この剣戟にあんな攻撃を加えても、一旦距離が開くだけで、またすぐに再開されるだろう。そもそもあの程度の攻撃、俺と暁闇流の魔浄教団員は、避けることも壊すことも容易い。直撃さえしなければ俺を倒すことは出来ない。そう考え、距離を取ろうと魔浄教団員を見るが、彼女は、|全く引く様子がなかった《・・・・・・・・・・・》。まさか、道連れ狙いか?
「――皆に聖天様の恩寵があらんことを」
「っ!」
魔浄教団員はこんな時、「我らが魔浄人に栄光あれ」と言う。それにあの言葉は……こいつ魔浄教団員じゃない、聖天教会の人間だ!俺は咄嗟に、彼女の動きの隙をつき、ジャマダハルを二振りとも弾き、一瞬彼女を無防備にする。そのタイミングで俺は、力強い横斬りを|彼女に当たらないように《・・・・・・・・・・・》振り抜く。すると奥の岩腕が横真っ二つに割れ、勢いを失い地面に落ちる。『新藤悠漸流剣術中伝、離斬』である。彼女は、岩腕が落ちる音と共に崩れ落ちる。どうやら緊張の糸が切れたようだ。そして俺は、怒りを孕んだ目で松川利斎を睨む。睨まれた本人、松川利斎は、とても動揺したように後ずさりをした。だが、瑠璃先輩の炎で逃げ道を失う。
「さぁ松川利斎、付いて来てもらうぞ」
松川利斎は目を瞑り項垂れ、俺達に従った。俺が松川利斎を拘束して一旦落ち着くと、入口の方から複数の足跡が聞こえた。警察か、はたまた魔浄教団員の追加か?その音がこちらに近づいて来ることを確認しながら、俺は身構えて待つ。すると向こうからやって来たのは、重倉をメインとした、川蝉の回収班であった。
「バイロン!」
「よぉ、エルブさん。。お元気そうで何よりですよ」
重倉は飄々とした態度で言う。そして「回収は任せてくだせぇ」と言って回収を始めた。
「瑠璃先輩は知っていたんですか?」
そういえば瑠璃先輩は身構えていなかったなと俺は思い出しそう言うと、瑠璃先輩は少し顔を逸らし、気まずそうに頷いた。そうか織曖さんに口止めされていたのか。俺は「別に良いですよ」と言い、帰ろうとしたその時、ふと先程戦った暁闇流の少女の事を思い出し、周囲を見渡すが、その姿はない。
「バイロン、ジャマダハルを持ったこの位の大きさの女の子いなかったか?」
俺は彼女の大きさを何となく手で示しながら言うが、重倉は首を傾げた。どうやら居ないようだ。……少し気になるが、探す気はあまりしなかった。何故かすぐ会える気がしたからだ。そう思いながら、俺は重倉に回収を任せ、廃屋を出て行った。