第九十七話 目覚める麗眼の少女
「誠?起きてる?」
俺が、寝ていることを心配したのか、彩芽は小さく呼び掛けてきた。俺は起きていたので、すぐさま扉を開けると、彩芽はビックリしたようにたじろいだが、すぐに調子を取り戻し、「脅かさないでよー」と声を上げるが、すぐに今が何時かを思い出し、口を塞ぐ。そして落ち着きを取り戻した彩芽は、冷静に言った。
「あの子、目を覚ましたわ」
「本当か!」
俺はその言葉に喜び、音を立てないように客間に向かった。そっと扉を開けると、音に気付いたのか、布団から起き上がっていた少女がこちらを向く。
「お、起きたか?」
俺は少し緊張気味に言うと、横から彩芽がひょっこりと顔を出した。
「おはよう。体調はどう?」
彩芽は少女を警戒させないように、あれ優しく声を掛ける。すると、少女は眼をパチクリとして、こちらを見つめきた。
「じゃあちょっと部屋に入るわね」
俺より先に彩芽がゆっくりと入り、少女を安心させる。天風や薙摘は先に着いており、少女の下に来て労るように、覗いている。
「おはよう。私達の事覚えてる?」
彩芽は他に聞きたい事(追ってきた黒服の事や何故追われていたかなど)があったが一旦棚に上げて、俺らを覚えているかを質問した。すると、少女はコクリと頷いてから言った。
「はい、覚えています。昨日は助けてくださり、あ、ありがとうございました」
少女は深々とお辞儀をするが、俺達はそんなものを求めてはいないので、両手を振って、それを断る。
「良いわよ、私達はやりたいことをしただけだから。そうでしょ、誠」
「あぁ、その通りだ」
俺達の言葉に、少女は嬉しそうにまた「ありがとうございました」と言った。その言葉を俺達は受け入れ、彩芽は朝食の準備を始め、俺は天風と薙摘と一緒に、少女の看病をすることにした。
「何処か痛いとかあるか?」
俺の質問に、少女はフルフルと首を振る。……どうやら痛みは残っていないようだ。彩芽の処置と看病が良かったのだろう。体も問題なく動くようなので、少女は腕を回したり体を触ったりと、自信で自分の怪我を確認している。
「朝食は食べられそうか?」
俺が聞くと、タイミング良く少女のお腹が鳴る。少女は恥ずかしそうにうつむくが、その音は生きている証拠なので、俺は微笑む。
「お腹は空いているみたいだな。消化に良いものを作ってきてくれると思うから安心してくれ」
俺の言葉に少女は一瞬目を輝かせたが、すぐに「ありがとうございます」と礼を言った。どうやらとても礼儀正しい子のようだ。そんなこんなで数分が過ぎ、彩芽がから朝食の知らせが来た。
「どうする?下で食べられるか?」
そう言うと、少女は確かめるように立とうとするが、力がうまく入らなかったようで崩れ落ちそうになったのでそれを押さえる。
「あ、ありがとうございます」
少女は恥ずかしそうにうつむきながらも礼を言い慌てて布団に入り直す。
「まだ痛むのか?」
俺が心配そうに聞くと、少女はフルフルと首を振り「この状況に安心して、足に力が入らないだけで、怪我とかじゃない、と思います」とのこと。どうやら、脱力しているようだ。
「じゃあ朝食を持って来よう」
俺の言葉に、少女は「はい」と言ってまたお辞儀をした。そして俺が下に降りると、千姫も起きていて、俺が視線に入ると、トコトコとやってきた。
「誠、おはよう。あの子は元気?」
「おはよう、千姫。あぁ、元気そうだよ。だけどまだ足が上手く動かないみたいだから、朝食は上で食べるしかないな」
俺の言葉に、彩芽は「えぇ!?」と、大声で驚いた。
「誠!それってまだ怪我があったとか!?神経系?筋肉系?」
「いや、そうじゃない。脱力して力が入りづらくなっただけらしい」
そう慌てて言うと、彩芽は「よ、良かった~」と安心して崩れ落ちた。
「そう、その状態」
俺が言うと、彩芽は「ふ~ん」といってヨイショと立ち上がった。そして鍋からお椀にうどんを移す。
「はい、朝食の野菜とサラダチキンのあっさりうどん!あの子に持って行ってあげて。……あ、熱いから覚ましてあげてね」
との言葉を聞き、俺は彩芽から受け取った盆を、二階へ運びながら詠唱を行う。
「『穏やかなる風、清涼なる風、意のままに、ゆるりと、風を運べ、下位術式、落着の風』」
俺が詠唱をすると、『赤力術式』この世界に存在する赤力と言う粒子が反応し、うどんを上に風を吹かせ、汁を揺らす。うん、このぐらいで良いだろう。俺はそう思い、客間の扉を叩く。
「入るぞ」
「はい」
俺の言葉に少女はすぐさま返答する。その声を聞いて中に入ると、匂いが届いていたのか、少女は鼻をスンスンさせていた。
「うどんですか?」
「あぁ、冷ましてあるから安心してくれ。……手は動くか?」
俺の言葉に少女は頷き、俺が布団の横にある、背の低い机に盆を置くと、少女は盆に置いてあった箸を手に取り「いただきます」と礼儀正しく言い、食べ始めた。その姿を和みながら見つめていると、彩芽と千姫も客間に入ってきた。
「どう?おいしい?」
「おいふぃいでふ」
少女は口をもぐもぐさせながら頷く。なんとも微笑ましい光景だった。そんな姿を眺めていると、少女が徐にこちらを向いた。
「そ、そう言えば、ここまでしてもらって、名前を言ってませんでした。私の名前は堤 菜々恵と言います。八歳です。改めて、助けてくれてありがとうございます」
「これはご丁寧にどうも……じゃなかった。俺の名前は新藤誠。それでこっちが」
「椎名彩芽と」
「刃境千姫」
俺達は八歳の礼儀正しさに驚きながらも、自己紹介をしあい、向かい合った時、堤ちゃんの眼に視線が向いた。
「失礼かもしれないが、その目は魔眼、か?」
その言葉を聞くと、堤ちゃんはビクッと体を震わせるが、意を決したように話した。
「はい、この眼は赤力が色濃く表れて力を与えられた目、魔眼です。名前は、『万華鏡の魔眼』だそうです。この眼が、私が追われていた原因でもあります」
「話して、くれるか?」
堤ちゃんの真剣な顔つきで言われた事に、俺達も真剣に佇まいを治して、続きを求めると、堤ちゃんはコクリと頷いて話を続けた。
「はい。私の魔眼、万華鏡の魔眼は、万華鏡と同じように、能力を使うと虹彩?が崩れるんです。それに色もこのように様々な色で……それを欲した魔眼狩り、魔眼を奪い、魔眼を売り払う人達に狙われて……家族を、殺されたんです、全員。三年前の事でした」
コロコロと色鮮やかに変わる虹彩色や形とは違い、その言葉はとても重く辛いものであった。家族を失った。しかもこんな若さで。俺は一年前母さんを失ったが、そのときにはもう、その現状をある程度は受け止められる年齢であった。だが堤ちゃんはまだ八歳。その三年前は五歳である。そんな年齢で家族全員を失うのは、あまりにも酷すぎる。その事に俺達は顔を歪ませるが、堤ちゃんは構わず話を続ける。
「私はその後、父の友人であるおじいちゃんに預かってもらいました。それから私はおじいちゃんに育ててもらいました。魔眼狩りに怯えながら。……昨日はたまたま一人で歩いていたら、魔眼狩りに出会ってしまって……」
「そっか……ありがとう、話してくれて」
俺は怒りを覚えながらも、優しく言うと、堤ちゃんは「こちらこそ、聞いていただきありがとうございました」と言ってうどんを食べる作業に移った。そのうどんはもう冷めきっているようだった。




