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王国最強の氷の魔術師は後輩回復術師にだけ弱い  作者: 永久保セツナ


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第9話 お前の良さを知っているのは

「回復術師のルーナ・ヘイゼル、真面目に働いてていい子だよな」


 ユリウス先輩と王宮の廊下を歩いていたら、そんな噂話が耳に入ってきた。

 王城の医務室で働き始めて1ヶ月ほどが経っている。

 自分の仕事ぶりが評価されているのなら、それは嬉しい。


「花の女神と契約してるらしいぞ」


「女神と契約? それはすごい」


 ……ユリウス先輩、立ち止まって盗み聞きしてる……。

 私も、その噂話を聞いて、どんな顔をしたらいいのか、わからない。

 女神と契約するのが、すごいことらしいのは知っていた。

 ただ、その「すごい契約者」と私自身のことが、上手く頭の中で接続できない。


「しかし、女神とはいえ、花では戦闘力はないのでは?」


 隣のユリウス先輩から、冷気を感じる。

 彼の顔を見上げると、眉間にシワを寄せていた。

 明らかに、機嫌が悪い。


「先輩、気にしなくていいですよ」


「お前が気にしなくても、私が気にする」


 ムスッとした態度で、ユリウス先輩は噂話をしている人たちに、冷ややかな視線を向ける。

 私たちの存在に気づいた人たちが、慌てて口をつぐみ、立ち去った。

 解散したあとの廊下には、私と先輩しか残っていない。


「ルーナは戦闘力や攻撃力がなくても、優秀な回復術師だ」


 ユリウス先輩は「誰も、何もわかっていない」と拳を握りしめたまま、うつむいている。

 ……私のために、怒ってくれているんだ。

 それが、ちょっと嬉しかった。


「先輩がそう思ってくれたら、それで充分です」


 私は先輩に、そう微笑みかける。


 ……私が回復以外、何の役にも立てないのは事実だし。


 そんな医務室勤めの私でも、王城の戦闘訓練には参加しなければならない。

 むしろ、回復術師は衛生兵として、戦闘においては重要な役職だ。

 その日の午後は、訓練でユリウス先輩とペアを組むことになった。

 彼が、私をペアの相手として指名したからだ。


「先輩とこうして一緒に組むの、久しぶりですね」


 ユリウス先輩とは、魔法学校での縦割りペアだった。

 その頃も、授業での戦闘演習でよくコンビとして活動していたものだ。

 あの頃は、先輩は水の精霊と契約していて、大量の水で相手を押し流したり、一方的な戦いだった気がする。

 多分、氷の女王と契約した今は、もっと強いんだろうな。

 その先輩の強さを、間近で見られるのは、ちょっと楽しみ。


「私は自分の氷で傷を負う。お前は回復に専念してくれ」


「わかりました!」


 頷いた私は、先輩と一緒に訓練場の戦闘フィールドに足を踏み入れた。

 訓練の相手は……最近、帝国の侵攻を阻止するのに活躍したと名前を聞いたことがある、宮廷魔術師と騎士のタッグ。

 宮廷魔術師のほうは、鋼を自在に変形させるという強力な魔法を操ると聞いた。

 騎士のほうは、その魔術師の魔法を最大限に活かすために、鋼の鎧をまとっている。


 訓練開始の号令が訓練場に響いた。


「回復術師を狙え!」


 魔術師が騎士の鎧を変形させる。

 鎧から鋭い棘が生えて、騎士がそのまま私に向かって駆け出してきた。

 体当たりでもされたら、軽い怪我では済まない。

 それでも、私は怖いとは思わなかった。

 先輩がいてくれるから。


「――ルーナに攻撃は届かせない」


 氷の壁が、騎士の前に立ちふさがる。

 鋼の鎧が、氷を砕こうとぶつかった。

 それでも、かなり分厚くて硬い壁にしたらしい。

 ガキィン、と硬質な音が辺りにこだまする。


「では、先にユリウス様を潰して、それから回復術師も潰すか」


 魔術師が、鋼の含まれた鉱石をローブから取り出した。

 それに魔力を注いで、鋼の槍が空中で何本も生成される。

 槍が、ヒュンヒュンと音を立て、続けざまにユリウス先輩に飛んできた。

 先輩の氷の魔力は、私を騎士から守るために片寄っている。

 先輩が槍を避けるようにステップを踏んだ。

 槍の直撃を防ぐために、最小限の魔力でピンポイントに空気中の水分を凍らせて、バリアのように槍を弾いている。

 それでも、槍と氷がぶつかると、砕けた氷の破片が、先輩の頬や二の腕を掠めていた。


「――」


 先輩の頬が切れて、赤い筋が走る。

 私は戦闘用の杖を構えた。


「回復します!」


 杖の先端から、緑色の魔力がほとばしる。

 同時に、私の背後に、暖かな気配を感じた。

 ――花の女神が、私の背中を押している。

 緑の魔力が、女神の後押しを受けて強まった。


 花の女神。

 戦闘力や攻撃力のようなものはない。

 ……ただし、回復力は通常の精霊の比ではない。


 緑色の魔力が、先輩を覆う。

 彼の身体に刻まれた傷が、みるみる塞がっていった。

 鋼の槍を防ぎ、氷の破片で傷を負ったそばから、それがなかったかのように回復していく。

 それは、敵からすれば絶望の光景であろう。


「どうやって倒せと……!?」


 魔術師と騎士のコンビが、揃って悲鳴を上げた。

 ユリウス先輩は顔色ひとつ変えることなく、氷の壁から大きな氷塊を射出して騎士を撃ち落とす。

 そして、魔術師に接近すると、氷の槍を喉元に突きつけた。

 魔術師は両手をあげて、降参の意を示す。


 その日の訓練を無事に終えた。

 私はその場にしゃがみ込む。

 勝てた。

 でも、もともと戦闘向きじゃないから、疲れるものは疲れる。


「ルーナ」


 ユリウス先輩が、手を差し伸べてくれた。

 それを握って、なんとか立ち上がる。

 先輩が、私のローブを整えてくれた。


「怪我は」


「先輩が守ってくれたので無傷です」


「そうか」


 ユリウス先輩は、ホッと息をつく。

 完璧に守ってくれてるのに、それでも不安になるものなのかな。

 少し、保護者っぽい。


「花の女神すげえ……」


 そんな声が観客から漏れた。

 先輩の活躍に、歓声や拍手が湧く。

 相手役をしてくれた魔術師と騎士のコンビは、悔しそうに先輩を睨んでいた。


 ……また、「ユリウス様がいればいい」みたいになるの、ちょっと嫌だな。

 そう思ったけど、顔には出さない。


「先輩! 訓練、順調ですね!」


「……そうだな」


「なんでまた機嫌悪そうなんですか?」


「お前の良さを知っているのは私だけでいい」


「さっきと言ってること真逆ですね……」


 私は思わず苦笑いをする。

 ユリウス先輩は、そんな私を見て、少しだけ目つきが柔らかくなった。

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