第10話 お祭りに行きませんか
「ねえ、見た? サマーフェスタのチラシ!」
医務室に飛び込んできた看護師が、私に紙を見せてくれた。
王都の夏祭り――サマーフェスタの案内。
屋台がたくさんあるので、是非遊びに来てください、みたいな宣伝だ。
「ああ、もうそんな時期か」
「ね~、1年なんてあっという間」
医療スタッフと看護師が顔を見合わせて笑っている。
私はそのチラシをまじまじと見つめていた。
それを、看護長は見逃さない。
「毎年、この時期は王城の人間も休暇をいただけるのよ。興味があるなら行ってきなさいな」
「え、でも、急患が出たら……?」
いくらお祭りの時期でも、怪我人や急病人というものに休みはない。
医務室を空けてしまってもいいものなのだろうか?
しかし、看護長は笑って首を横に振る。
「私が残るから大丈夫」
「でも……」
「私は祭りよりも医務室にいるほうが落ち着くから気にしないで」
看護長は、多分、本心からそう言っているのだろう。
彼女は人付き合いがあまり得意ではないらしいことは、ここで働いていて、なんとなく分かってきた。
……じゃあ、お言葉に甘えようかな。
「ありがとうございます、看護長!」
休暇をもらった私は、ユリウス先輩のいる執務室にまっすぐに向かう。
宮廷魔術師団筆頭の先輩は、この時間帯は書類仕事に追われているはずだ。
ドアの前で深呼吸を3回。
ノックをしてから、先輩の執務室に踏み入った。
「よお、ルーナちゃん」
「どうした。急用か?」
部屋の中で書類のやり取りをしていたらしい、ジークさんとユリウス先輩が顔を上げてこちらを見る。
……お仕事の邪魔しちゃったかな……。
申し訳なく思いつつ、先輩の机に歩み寄った。
「先輩、今お忙しいですか?」
「忙し……くはない」
「ユリウス。その書類の山は説得力がないぞ」
ジークさんがツッコミを入れる。
机の上を見ると、たしかに書類は少ないとは言えない。
しかし、ユリウス先輩は頑なに首を横に振った。
「ルーナが私に用があるというなら、聞く時間くらいはある」
「でも……」
「用件は何だ」
アイスブルーの瞳が、私を捉えている。
ああ、なんか、申し訳ない……。
私は自分が尻込みするのを感じながら、どうにか言葉を振り絞った。
「先輩と一緒に、お祭り行きたいなって思ってたんですけど……」
「――」
「でも、先輩もお忙しいですよね。私やっぱり医務室で急患対応を――」
「待て」
踵を帰して執務室を出ようとした私の手首を、先輩が掴む。
私が驚いて振り返ると、先輩は私の手首を握ったままフリーズしていた。
ジークさんはそれを横から見てニヤニヤしている。
「……祭り?」
「え、はい」
「私と?」
「はい」
私が答えた瞬間。
ボッ!!! と音がして、先輩の身体から大量の雪の結晶が勢いよく吹き出した。
そんなに雪が爆発的に出てきたのは初めてで、私はビクッと肩が跳ねる。
「わぁっ!? 大丈夫ですか先輩!?」
「も……問題ない」
先輩はあくまでポーカーフェイス。
でも、なんか耳が赤い気がする。
自分の雪で凍傷になっていないか心配だ。
「お、デート?」
「違う」
横からジークさんがニヤニヤしながらユリウス先輩の脇腹を肘でつついた。
先輩はからかわれているのが不服なのか、眉間にシワを寄せてジークさんを威嚇している。
……デートかあ。
な、なんか急に恥ずかしいな……。
「2人きりで祭りに行くのに?」
「……」
ジークさんがさらに追撃して、ユリウス先輩が押し黙った。
私が「あ、あの、2人きりが嫌なら他の人も誘って――」と言いかけると、先輩は「他のやつは誘わなくていい」と即座に返す。
つまりは、2人きりで祭りに行くのを肯定されている。
「デートだな」
「違う」
氷の女王まで出てきた。
頑なに否定する先輩。
……自分の契約精霊にまでデート認定されてる……。
「えっと、お祭り、一緒に来てくれるってことでいいんですよね?」
「……待ち合わせ場所を決めておこう」
先輩が乗り気で、私はぱぁっと視界が開けた気分になった。
ヤバいな、今、口元がニヤニヤしてる気がする。
ニヤケを止められない。
「お祭り、楽しみですね、先輩!」
「ああ。当日までに仕事を片付けておく」
「私も引き継ぎ頑張ります!」
2人で、約束を交わした。
ジークさんは訳知り顔でニヤニヤしながら頷いている。
氷の女王はジト目でため息をついていた。
――ふと、背後に暖かな気配を感じる。
振り返ると、花の女神が顕現し、こちらを見ていた。
そうだ、花の女神にも、この嬉しい出来事を報告しないと。
女神は私のことを、常に見守っているとは思うけど、喜びを共有したい。
「女神様! 私、先輩とお祭りに行くことになりました!」
花の女神は、一言も口を開くことはない。
ただ、物静かに、ニッコリと微笑んでいる。
一緒に喜んでくれているようで、とても嬉しい。
私も、仕事内容を看護長に引き継いで、お祭りに行く準備をしなくちゃ。
先輩とお祭りに行くなんて、魔法学校ぶりのことで、すごく楽しみだな。
ワクワクして、胸が満たされるような気持ちになった。
――ユリウス先輩の背後に立っている氷の女王が、静かに微笑む花の女神と祭りに浮かれている私を、忌々しそうな顔で睨んでいることに、誰も気付かなかった。




