第7話 雪は止まない(ユリウス視点)
――私は、ルーナに追いつきたかった。
ルーナ・ヘイゼル。
1つ下の後輩だが、真面目で勤勉。
この世界では必須の存在なのに、社会的地位の低い回復術師を目指して、勉学に励んでいた。
彼女と縦割りでペアを組んで、その知識量に驚かされる。
回復術師は、人体を扱う職業だ。
だから、怪我をしたときに、骨をどう繋ぐか、神経は問題なく繋がるか、血管を塞がないか。
そういった細やかな操作が人体の治癒に必要となる。
……回復術は、極めれば『人体を破壊する』こともできるのではないか。
そう気づいた時、私は背筋に薄ら寒いものを覚えた。
ルーナは充分『それ』ができるほどには、回復術を習得している。
しかし、そんなことは決してしないし、思いつきもしない。
それが彼女の美徳でもある。
そんな彼女が、精霊召喚の授業で、花の女神を呼び出した。
当然ながら、学校中が騒ぎになった。
ルーナは周囲にチヤホヤされ、人に囲まれるようになる。
……それを目の当たりにして、私はひどく不安になった。
ルーナが遠くに行ってしまうような、そんな錯覚。
――だから、もっと強い精霊が必要だ。
私は多少勉強ができるだけで、神を呼び出すような力はない。
ならば、せめて上位精霊だけでも――。
「力がほしいか? ならば――」
呼び出した上位精霊――氷の女王は、冷徹に告げる。
「――お前の感情を捨てろ」
感情を凍らせて、ただ強さを求める。
私はそれを良しとした。
そうして、私は強大な氷魔法を手に入れた。
……そうすると、学校の人気は、なぜか私に集中した。
教師たちは口々に称賛する。
「地味な回復魔法よりも、派手な攻撃魔法のほうが就職に有利だ」
「王城に就職させれば我が校の実績になる」
――ふざけるな、と思った。
これまでのルーナの努力を、他人がないがしろにするな。
だが、同時に、私が注目を集めることで、ルーナの周りから人が少しずつ減っていった。
私はそれに、安堵してしまう。
そして、私は魔法学校を卒業した。
就職先は、在校時からスカウトされていた王城。
宮廷魔術師団に入れば、たちまち筆頭に押し上げられた。
「王国の英雄」などという大層な肩書もついたが、興味はない。
ルーナも、いずれは王城に来る。
そう信じて、待ち続けた――。
「……お前、あのルーナとかいう小娘と一緒にいると感情漏れてないか?」
私にそう尋ねたのは氷の女王。
私は表情を変えることなく、彼女を見つめる。
無表情同士が無言で見つめ合っていると、なんだかシュールな気もした。
「そんなことはない」
「本当に……?」
私の断言に、氷の女王は訝しげな目を向ける。
……そもそも、「感情を捨てろ」といったのは彼女である。
そんな彼女が疑問を抱くのが、そもそも不思議だ。
「先輩! 今日も暑いですね!」
ルーナが私を見つけて、駆け寄ってくる。
季節は初夏に入り始めていた。
たしかに、宮廷魔術師のローブでは、少し汗ばむかもしれない。
「……そうだな」
ぽわ……と雪の結晶が私の身体から放たれた。
それを見たルーナが、嬉しそうに目を細める。
一方の氷の女王は、眉をひそめていた。
「おい、漏れてる漏れてる」
そう。
この雪の結晶は、私の魔力が雪となって放出されているものである。
自分の意志で、この魔力放出を止めることは難しい。
「先輩って氷系統の魔術だからひんやりしてて気持ちいいですね」
ルーナが私の手を取って、両手で包んだ。
それを見た私は、ルーナの手の温かさに目を見開く。
ぽぽぽぽ、と、さらに雪の結晶が増えた。
それを見た氷の女王が激昂する。
「お前! 感情を捨てろと言っているだろう!!」
「捨てた」
「嘘つけぇ! お前、学生時代からずっとこうなんだよ!!」
そうだった。氷の女王とは学生時代からの付き合いだ。
彼女に嘘をつき通せない。
……私は、膨大な魔力を持っている。
それゆえに、ルーナ関連で感情が動かされると、魔力が雪となって漏れる。
……だから、感情を捨てなければ。
何も気付かないルーナは、無邪気な笑顔で私を翻弄する。
いや、おそらく彼女には、自分が人の気持ちを乱している自覚すらないだろう。
「夏は、先輩のそばにいたら涼しくて過ごしやすいかも!」
「……私を冷房扱いするな」
「あ、すみません! そんなつもりはなかったんですけど」
ルーナは照れくさそうに眉尻を下げた。
小柄な彼女は、小動物のようにちまちまと動き回っては、コロコロと表情を変える。
そんな姿が、私には眩しく見えた。
ルーナは、今は王城の医務室で働いている。
私もなにか手伝えればと思うのだが、看護長に邪魔者扱いされてしまった。
仕方なく、ルーナを医務室の外に呼び出すことで妥協している。
ルーナが隣にいると、魔法学校時代を思い出す。
だが、あの頃と違うのは。
……縦割りという制度と関係なく、彼女が隣にいてくれること。
「先輩、どんどん雪の結晶が増えてますね。地面に雪が降り積もってます」
「だからお前ぇ!! 魔力漏出を止めろ!!」
氷の女王に叱責されながら、私はルーナと手を握り合っているのだった。
……これから、この毎日が、ずっと続く。
そう思うと、雪が止まないのは致し方ない。




