第6話 先輩が表情を失った日
私が花の女神と契約し、学校中の注目の的になってから、先輩は変わり始めた。
ユリウス先輩は、毎日のように図書室にこもって、本を読み始める。
私は先輩の席の真向かいに座って、それをじっと見ていた。
「先輩、なにか手伝いますか?」
「いや……先に帰ってていいよ」
先輩は本から目を離さない。
心ここにあらずって感じだ。
でも、それだと困る。
「縦割りなので、ユリウス先輩と一緒じゃないと帰れないです」
「あ……そうか」
ユリウス先輩は、一拍置いてから、やっと気づいたようだった。
……なんだか、最近の先輩の様子がおかしい。
私は、彼の読んでいる本を覗き込む。
召喚契約についての書物のようだった。
「先輩、召喚契約をやり直すんですか?」
「うん。もっと強力な精霊と契約したいなと思って」
「先輩、学年首席ですもんね。きっとすごい精霊を呼び出せるんだろうな」
私の本心からの言葉にも、先輩は困ったような笑顔を返すのみ。
……私が花の女神と契約してから、ずっとこうだ。
複雑そうな、素直に喜べないような表情。
それがなぜなのかわからなくて、私もずっと困っている。
「私は先輩の今の精霊も好きですけどね」
私は、先輩の肩の上に乗っている水の精霊の顎を撫でた。
イモリのような姿をした精霊は、嬉しそうに私の指にすり寄っている。
……可愛い。
私と水の精霊が戯れていると、ユリウス先輩はうなだれた。
「……ダメなんだ。ルーナに追いつかないと……」
「先輩?」
「ルーナの花の女神に追いつけるような、もっと強い精霊を呼び出さないと……」
先輩は、真剣な表情で、ちょっと苦しそう。
でも、私にはよくわからなかった。
先輩の専門は攻撃魔法で、私は回復魔法である。
そもそものカテゴリーが違うのに、競争になっていないのだ。
「……先輩」
私はカバンから、スターシュガーを取り出して、先輩に渡した。
以前、先輩に買ってもらった小瓶入りの砂糖菓子は、まだキラキラと淡い光を放っている。
先輩は、手のひらの星を見て、パチパチとまばたきをしていた。
「先輩なら、きっと大丈夫ですよ」
だって、私よりも先輩のほうが優秀だ。
勉強も、運動もできるし、魔力だって多い。
私が花の女神と契約できたなら、先輩はきっともっとすごい精霊と契約できるはず。
「……ルーナ。図書館で飲食は……」
「先輩も買い食いしてました」
「……」
先輩は、また困った笑みを浮かべる。
でも、今度は嬉しそうなのがわかった。
先輩は、手の中のスターシュガーを、そっと握りしめる。
「……ありがとう。でも本を汚したら困るから、後で食べるね」
「はい!」
こんな調子で、ユリウス先輩が図書室で本を読み耽るのを、私は見守っていた。
召喚契約について、真面目に勉強する先輩の、伏し目がちの視線。
窓から入る夕焼けに照らされて、キラキラと輝く銀髪。
2人きりで図書室で過ごす時間が、私のかけがえのない学校時代の思い出になる。
そして、後日。
実験室に、ユリウス先輩と私がいた。
いよいよ、先輩が新たな精霊と契約するために、召喚を行う。
――先輩、どんな精霊を呼び出すのかな。
私は、ワクワクしながら見ていた。
先輩が、召喚陣に向かって、手を差し伸べる。
「――何者にも負けない力を望む。青の魔力。我が呼び声に応えよ――!」
召喚陣に、ユリウス先輩の青色の魔力が通った。
バチバチバチッと魔力がほとばしって――実験室の気温が一気に下がる。
寒い。
吹雪のような風が止むと、先輩の前に誰かが立っていた。
――わ、きれいな女の人……。
「――」
氷のように冷たい無表情で、女性が問う。
「――力が欲しいか?」
それが、先輩と現在に至るまで契約を結んでいる、上位精霊『氷の女王』。
その話が広まると、また学校中が大騒ぎになった。
「ユリウス・フロストが上位精霊と契約を結んだらしい」
「さすが学年首席だ。我々も鼻が高い」
「ルーナ・ヘイゼルは女神と契約したが、なにしろ派手な攻撃が使えないからな」
「就職に有利なのは、やはり華のある攻撃魔法の使い手だ」
それが、教師たちによる、私と先輩の評価。
先輩は、氷の女王と契約したことを知った王城にスカウトされて、内定が決まったらしい。
さすが、先輩はやっぱりすごい。
私も誇りに思う。
「先輩! 一緒に帰りましょう!」
「……ああ」
でも、氷の女王と契約してから、明らかに先輩の口数が減った。
多分、契約した氷の女王に引っ張られて、その頃から性格が変わっていたんだと思う。
それでも、私に優しいのは変わらないので、そのまま見過ごしてしまった。
「先輩、最近口調変わりました?」
「……そんなことはないと思うが」
「無表情も多いし、少しお疲れかもしれませんね」
私は、カバンの中をガサゴソと探る。
バカの一つ覚えのように、先輩にスターシュガーを渡した。
私にとっては、先輩がスターシュガーを渡すと喜ぶと学習してしまったから。
「はい、スターシュガーです!」
「……ありがとう」
砂糖菓子を受け取った瞬間。
ユリウス先輩の身体から、ふわ……と、白いものが出てくる。
キラキラと輝く、雪の結晶だった。
「わぁ! きれい!」
私は無邪気にはしゃいでしまう。
先輩の銀髪と、雪の結晶が、あまりに綺麗だったから。
「先輩、すごいです!」
「……」
先輩は無表情のまま、さらに雪の結晶が増える。
私は、先輩の出す雪に、すっかり大喜びしてしまった。
――やがて、そんな日々も過ぎて、先輩に卒業の時期が来る。
首席で卒業したユリウス先輩は、スカウトされた王城の宮廷魔術師団に入ることになっていた。
「先輩! 卒業おめでとうございます!」
式典用のローブに身を包んだ先輩は、いつもより厳格な雰囲気だ。
そんな彼に、私は駆け寄る。
「私もいつか、先輩と一緒に王城で働きます!」
それが私の、新たな夢になった。
回復術を学んで、回復術師の資格を取って、王城に就職する。
そこで、先輩と一緒に仕事ができたら、嬉しい。
「私が来るまで、待っててくださいね!」
「……ああ」
先輩は、無表情のまま、頷いた。
彼のいなくなった魔法学校で、私は一心不乱に勉学に打ち込む。
回復術師の資格取得。
王城での就職試験。
それを全部クリアして、私は王城で働くことが決まった。
やっと、先輩にもう一度会える!
「……あ、あれ? ここ、どこだろう……?」
――そして、私は王城内で迷子になり、先輩に保護されることになる。




