第5話 女神と契約した回復術師
――魔法学校時代。
私とユリウス先輩は、学年が1つ違いの先輩と後輩として出会った。
先輩は、学年首席の優等生。
私が入学した時、その美しい銀髪が学校の中でも浮いているように見えたのを覚えている。
一方の私は、まあ成績は悪くはないかな……くらい。
なんというか、回復術の勉強だけは人一倍頑張っていた。
他の教科は……うん……。
だから、学校の縦割り制度で、ユリウス先輩とペアを組むことになったときは驚いたものだ。
「ユリウス先輩! よろしくお願いします!」
「ああ。分からないことがあれば相談してくれ」
先輩は人当たりのいい微笑みを浮かべていた。
そう、このときはまだ、無表情ではなかったはず。
私はユリウス先輩の優しい笑みに、少し安心する。
「え、ルーナ、ユリウス先輩とペア!?」
「いいな~。ユリウス先輩カッコいいし、優しいし」
同級生たちは当然のように羨ましがった。
……私も申し訳なくなってくる。
なんで、先輩と組むことになったんだろう。
いや、先生たちがくじ引きで決めたのかもしれないけど。
「ルーナ、授業終わったか? 一緒に帰ろう」
突然、背後からユリウス先輩の声が聞こえた。
思わず、肩が跳ねてしまう。
振り返ると、先輩が教室の入口で待っていた。
「は、はいっ! 今行きます!」
「ペアっていうか……」
「彼氏彼女にしか見えない……」
「もうっ! からかわないでよ!」
同級生たちがヒュー、と口笛を吹いて囃し立てる。
私は顔が熱くなるのを感じていた。
ユリウス先輩に顔を見られないように、うつむき気味に歩み寄る。
「なんか、大変だな」
「誰のせいだと思ってるんですか……」
多分、赤くなってる顔を下げたまま、目だけを先輩に向けてるから、睨む形になった。
でも、先輩はおかしそうにクスクス笑うだけ。
「上目遣い?」
「違います!」
先輩に笑われながら、むくれた顔で隣を歩く。
学校の玄関を出て、校門を抜けて、街の方へ向かっていった。
魔法学校の近くは、学生街になっている。
そこには、当然、学生御用達のアイテムを扱う店が並んでいた。
文房具とか、魔法の杖とか、授業で使う薬草とか。
「ルーナ、少し寄り道していこうか」
「いいんですか?」
「他の人には内緒だよ」
ユリウス先輩は、人差し指を唇に当てて、「しーっ」の身振りをする。
先輩と一緒に行動するごとに、その「内緒」は増えていくのだった。
私と先輩は、学生街のお菓子屋さんに入る。
「これとか、ルーナは好きかな」
「あ! スターシュガー!」
先輩の指し示す先に、星の形の砂糖菓子がキラキラと魔力を帯びて輝いていた。
おそらく、私の目も同じくらい、きらめいていたはずだ。
「私これ大好きなんです!」
「そうか。覚えておこう」
ユリウス先輩は、慈愛のこもった目で私を見ている。
……なんか、勘違いしちゃいそうだな。
先輩は、私のこと、後輩として可愛がってくれてるだけなのに。
「魔力も微量に回復するから、念のための非常食に持っておくといい」
先輩は、多分、私の思惑には気付いていない。
スターシュガーの入った小瓶を買って、私にくれた。
私が瓶を振ると、中でスターシュガーがぶつかりあって、光が少しだけ強くなる。
「でも、学年首席でも買い食いとかするんですね」
私がそう言うと、先輩はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「別に、勉強ができるのと買い食いするかどうかは別問題だからね」
その返事に、私もニヒヒ、と笑いを返す。
こんなふうに、先輩と笑いあって、じゃれているのが好きだったな。
――多分、先輩が笑顔を失ったのは、私のせいだ。
ある日の授業。
「今日は、いよいよ皆さんに契約精霊の召喚をしてもらいます」
実験室の黒板前で、先生がしかつめらしい顔をして、私たちに授業の説明をした。
「精霊を呼び出して、気に入った精霊、自分と相性の良い精霊が出たら契約してくださいね」
――魔術師は、精霊と契約することで、魔法を行使する。
自分の体内にある魔力だけでは、魔法を出力できない。
だから、より強い精霊を求めて召喚し、その力を借りるために契約する。
「精霊さん、来てくれるかな……」
私は期待と不安に胸を膨らませていた。
可愛い精霊さんとか、回復術に特化した精霊さんとか、来てくれるといいなという期待。
召喚に失敗して誰も来てくれなくて、クラスの笑いものになったらどうしようという不安。
私は召喚陣を書いて、片手を差し伸べる。
「――癒しの魔法、緑の魔力。我が呼び声に応えよ――」
私の身体から、緑色の魔力を召喚陣に送った。
召喚陣を描いた線が、緑色に発光して――。
――ブワッと、花びらの混じった風が巻き起こる。
「花……? どこから……?」
実験室の窓、閉まってたはずなのに。
一瞬の強い風に、思わず目をつむる。
次に目を開けると、目の前に花をまとった美しい女性が微笑んでいた。
「わ……綺麗……」
……召喚陣の真ん中にたたずんでるってことは、この人、精霊……なのかな?
「あなたは……?」
私が名前を尋ねようとすると、「バカな!?」と先生が素っ頓狂な声を上げる。
「その、その御方は……」
先生がゴクリとつばを飲み込んでから、この精霊の名を明かした。
「――花の女神だぞ!!」
実験室の中が、一瞬、シン……と静まる。
それから、爆発したように生徒たちの歓声が上がった。
「え!?」「女神!?」「嘘ッ!?」
口々に騒ぎ、興奮している同級生たち。
私の気持ちだけがついていけなくて、置いてけぼりだ。
「精霊契約どころか、女神と契約するなんて学園史上初めてのことだ!」
先生が私の肩を掴む。
ちょっとだけ、痛い。
顔をしかめないように、我慢した。
「ルーナ、君には才能がある!!」
……以来、学校中が大騒ぎになってしまった。
「ルーナ、女神と契約したらしいな」
ユリウス先輩と、学生街のカフェに入って紅茶を飲んでいると、彼が不意に話題にする。
「はい! 戦闘能力はないんですけど、私は回復術師として治療に専念したいので、むしろちょうどよかったです」
私は、ユリウス先輩に褒めてもらえるなら、大歓迎だったけど。
「……おめでとう」
先輩は、穏やかな笑みを浮かべている。
でも、私は長い付き合いで分かってしまった。
――なんで先輩、ちょっと複雑そうな顔なんだろう……?
……先輩が、氷の女王と契約するのは、のちの話だ。




