第4話 全て覚えている
「ねえ、今日も来るんじゃない? ユリウス様」
「ルーナさんが来てから常連だよな、あの人」
「そうなんですか?」
医務室。
相変わらず、看護師と医療スタッフがユリウス先輩の噂話をしている。
それよりも、私は先輩がこれまで医務室に来ていなかったことのほうが気になった。
――先輩、訓練で怪我してたけど……。
自分の魔法で怪我しちゃうなんて、今まであの状態で戦ってたってこと、だよね……?
先輩なら自分で治癒魔法も使えるだろうけど、医務室の人たちも、なんとも思ってないのかな……。
「ねえねえ、ユリウス様とルーナさんってどんな関係なの?」
「え?」
「あ、それ俺も気になるな」
「どんな……?」
看護師と医療スタッフに聞かれて、思わず目をぱちくりさせてしまう。
彼らは好奇心で目をキラキラさせていた。
……少し、困ってしまう。
「ただの先輩後輩ですけど」
「ホントに~?」
「怪しいな~」
……魔法学校時代にも、こんなことがあった気がする。
看護師にも、医療スタッフにも、悪意は感じられないけど。
戸惑う私に、看護長の睨みが飛んできた。
「あなたたち、仕事して」
「はーい」
それで、看護師や医療スタッフは即時解散する。
内心ホッとしながら、看護長のもとへ向かった。
「すみません、看護長。助かりました」
「新人に興味を持つのはいいけれど、あの子達にも困ったものね」
看護長は小さく息をつく。
……やっぱり、この人、厳しいけど悪い人じゃないな。
ちょっとだけユリウス先輩に似てるかも、と考えたけど口にはしない。
「ルーナさんは薬棚にこれをしまってくれる?」
「はい!」
「薬棚の場所は覚えてる?」
「バッチリです! 看護長が教えてくれたのをメモしたので!」
「よろしい。優秀な新人が来てくれて助かるわ」
……あ、看護長、笑った。
少しだけ嬉しく思いながら、私は薬品を入れたかごを抱えて薬棚へ歩み寄る。
「えっと、このお薬はこっちの棚にしまって……」
薬瓶を決められた棚に入れた。
かごの中身がカチャカチャと硬質な音を立てる。
「これはこっちに……」
背伸びをした。
「……」
さらにつま先立ちになる。
……。
……背が低くて届かない……。
周囲を見渡すけど、他の人もみんな忙しそう。
とりあえず、踏み台を持ってこないと……。
そう思っていると、ひょい、と薬瓶を誰かに持ち上げられた。
かごの中が少し軽くなる。
「ここにしまえばいいのか?」
頭上から聞き慣れた声が聞こえた。
瞬間、私はビクッと肩が震えてしまう。
「えっ……ユリウス先輩!?」
振り返った拍子に、ユリウス先輩の胸に顔をぶつけた。
い、いつの間にこんな至近距離に……!?
「大丈夫か」
「びっくりするので、後ろから急に近寄らないでください!」
「む。すまん」
先輩は無表情のまま、素直に反省している。
そんな私たちを、看護師や医療スタッフが遠巻きに見ていた。
「あ、ホントに来た」
「しかも怒られてる」
私は聞こえなかったふりをする。
それよりも、ユリウス先輩が医務室に来た理由を知りたい。
「どこか怪我しましたか?」
私が尋ねると、先輩は人差し指を見せた。
「書類で指を切った」
「……」
うん、嘘ではない。
たしかに、人差し指の先に真っ直ぐに切り傷が走っている。
紙で手を切ったら痛いよね。
……でも。
「……先輩、自分で治癒魔法使えますよね?」
ユリウス先輩は、そっと目をそらした。
自分で治癒魔法が使えるなら、切り傷くらいは自分で回復できるはず。
というか、絆創膏を貼れば自然治癒するから、魔法を使う必要すらない。
「ユリウス様、用もないのに医務室に来ないでください」
看護長の厳しい声が飛んでくる。
ユリウス先輩は無表情のまま、看護長を見据えた。
「用はあるが」
「ルーナさんに会いたいだけですよね?」
先輩は、何も言わず、再びそっと目をそらす。
……この人、昔から嘘が下手なんだよなあ。
看護長の後ろでは、看護師たちが「看護長、よくあの氷のユリウス様に正面から文句言えるなあ……」とぼやいていた。
「先輩」
私がユリウス先輩のローブの袖を引く。
先輩の端正な顔が、私のほうを向いた。
アイスブルーの瞳が私の顔を覗き込む。
「私に用があるなら医務室の外でお話しましょう。私、先輩に呼ばれたらちゃんと行きますから」
「わかった」
先輩が頷くのを見てから、私は看護長に声をかけた。
「……というわけで、申し訳ありませんが、少し外します」
「まあ、医務室を占拠されるよりは……」
「ありがとうございます!」
看護長は折れてくれたけど、明らかに「医務室の主力を奪うな」と言いたげな顔をしている。
私がいない間に患者さんが来て、忙しくなったら困るもんね。
今度からは、休み時間にユリウス先輩に来てもらおう。
私と先輩は医務室を出た。
ユリウス先輩のあとについていくと、王城の中庭みたいな場所に来た。
「こんなところに温室があるんですね」
「医務室で使う薬草もここで一部を採取している」
たしかに、温室に生えている植物の中に、医務室で見覚えのある薬草がある。
「お前もこの場所を覚えておくといい」
「そうですね」
私は先輩の言葉に頷いた。
それにしても、意外だった。
「先輩って、ちゃんと医務室のことも気にかけてたんですね」
「お前は私を何だと思ってたんだ」
「看護長が、『ユリウス様が来ると他の人が怯えて医務室に来なくなる』って言ってました」
「……今後、気をつける」
先輩はバツが悪そうに目を閉じた。
それから、「少し、座るか」と温室に設置されたベンチに、2人で並んで座る。
「これを」
ユリウス先輩が私に手を出すように促した。
私は不思議に思いつつ、手を出す。
その手のひらの上に、コロン、と何かが転がった。
「これ……スターシュガーですね」
「お前、これが好きだっただろう」
スターシュガー。
星のような突起のある、丸い形の砂糖菓子だ。
子どもに人気のお菓子で、「夢を叶える」という縁起物でもある。
「魔力も微量に回復する。医務室勤務で疲れているだろうし、補給しておけ」
「ありがとうございます!」
受け取ったスターシュガーを、口の中で転がした。
舌の上で、砂糖がほどけていく。
優しい甘さに、思わず顔がほころんだ。
それを隣で見ているユリウス先輩の目が、少しだけ柔らかくなる。
「先輩、私がスターシュガー好きなの、覚えててくれてたんですね」
「お前のことは全て、覚えている」
先輩の身体から、ふわ……と雪の結晶が舞い上がった。
私は、魔法学校時代の先輩と過ごした日々を思い出す。
――私が花の女神と、そして、先輩が氷の女王と契約するに至った、その顛末を。




