第3話 自分を傷つける魔法
――王城には、兵士や騎士、魔術師などが戦闘訓練を行う、訓練場が存在する。
戦闘員が日夜、汗を流して、帝国などの外敵から王国を守るために腕を磨いているわけだけど。
私は今、その訓練場にいた。
非戦闘員の私だけではない。
今日は合同演習として、王城に所属する王宮騎士団、兵士団、傭兵団、宮廷魔術師団などが、全員参加して訓練することになっている。
――初めての訓練……。
私は医療班として、怪我をした人を手当てするだけだけど、なんか緊張しちゃうなあ……。
「重い怪我をするような訓練内容ではない」
ユリウス先輩は、私を安心させようとしているのか、傍についていてくれた。
わざわざ医療班の待機しているスペースにご足労いただいて、私の隣に座っている。
アイスブルーの瞳が、じっと私を見ていた。
「お前の回復術なら問題ないと思うが、お前自身が怪我をしないように気をつけろ」
「そうですね。注意します」
「ユリウス様、なぜ普通に医療班でルーナさんと雑談してるんですか」
看護長が薬草の整理をしながら、呆れたような顔でユリウス先輩を見ている。
私は私で、薬草を使った湿布を準備していた。
打撲や捻挫くらいなら、この湿布でどうにかなるだろう。
「……私がどこにいようと、私の勝手では?」
「医療班に入り浸ると、準備の邪魔なんですが」
看護長は、キッパリとした口調でユリウス先輩を諭す。
その背後からは「うわ、看護長すごい……」「ユリウス様に真っ向からものを言えるの、看護長くらいだよ……」と、看護師や医療スタッフが畏敬の眼差しを向けていた。
……先輩の周囲の気温が、微妙に下がってきている気がする。
「……ルーナはまだ新人だ。訓練について教えておく必要がある」
「それこそ、直属の上司である私の役目では?」
ユリウス先輩も、看護長も、一歩も引かない。
私はその2人の間に挟まれており、小さくなりながら湿布の準備を続けようと手を動かしていた。
やがて、訓練場の向こうから、ユリウス先輩の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「……呼ばれた。行ってくる」
「はい! 頑張ってくださいね!」
すっくと立ち上がる先輩を見送ろうと、顔を上げた。
その先輩は、じっと私を見つめている。
呼ばれているのに、一向に動く気配がない……。
「……」
「先輩? 呼ばれてますよ」
「……ああ」
名残惜しそうに私の手を握ったあと、渋々といった様子で訓練場に向かっていった。
看護長は小さくため息をつく。
看護師や医療スタッフは、私と歩いていく先輩の後ろ姿を交互に見て、ニヤニヤしていた。
「あの……どうかしました?」
「いや?」
「いい観察対象を見つけたなと思って」
看護師と医療スタッフの言葉の意味があまりよくわからず、首を傾げる。
でも、彼らがその真意を私に教えることはなかった。
一方、訓練場に立ったユリウス先輩は、スッと片手を前に差し出す。
「早く終わらせよう」
彼の目の前には、今回の戦闘訓練の相手である兵士と魔術師のタッグが待ち構えていた。
兵士は「ナメられたものだ……」と、先輩の態度を見て苦々しい顔をする。
魔術師は兵士の後ろで杖を構えて、いつでも魔法を撃てる準備を整えていた。
「俺は遠距離からファイアボール! お前は近づいて溶けた氷を剣で削ってくれ!」
前衛と後衛による、隙のない戦術。
対して、ユリウス先輩は、たったひとりで戦うつもりらしい。
宮廷魔術師団も見守るばかりで、先輩に助太刀する様子はない。
「大丈夫なのかな……」
私は思わず手に汗を握る。
訓練開始の合図とともに、魔術師の杖から、火の玉がユリウス先輩に向かって放たれた。
直撃したら、火傷では済まない。
しかし、ユリウス先輩は瞬時に氷の壁を展開する。
さらに、氷壁がビキビキと音を立てながら変形し、壁から氷の塊が射出された。
氷と火の玉が空中でぶつかりあって、相殺される。
ドォ……ン、と鼓膜を破るような爆発音。
「――ッ、おいおい……飛んでるファイアボールをピンポイントで撃ち落とすとか、どんな精密操作だよ……!」
兵士はやむを得ず、そのまま剣を持って突撃するが、氷の壁を砕くことができない。
ユリウス先輩はさらに、兵士にも氷の塊をぶつけて吹き飛ばした。
鎧を狙って撃ったらしく、兵士に大きな怪我はない。
「つ、つえぇ……」
兵士も魔術師も、そこで攻撃を中断する。
ユリウス先輩の勝利と判定が下ったのだ。
訓練場には割れんばかりの拍手と、称賛の声が鳴り止まない。
「やっぱりこの王国はユリウス様がいれば安泰だ」
「っていうか、ユリウス様ひとりでよくない?」
……なんだろう。
その賞賛は、あまり嬉しくない気がした。
ユリウス先輩は、拍手も歓声も気にする様子はなく、そのまま真っすぐ医療班のスペースに戻ってくる。
「ルーナ。治療を頼む」
「え?」
私は、先輩の演習の一部始終を見ていたはずだ。
彼が怪我をする余地なんて、どこにもなかったはずなのに……。
私は、先輩の顔を見て、息を呑んだ。
「……先輩、なんで攻撃を受けてないのに怪我してるんですか?」
ユリウス先輩の頬には、赤い線のように、一筋の切り傷がついている。
なんで? いつの間に?
疑問が頭に溢れている私に、先輩はたった一言。
「氷が飛んでくる」
とだけ、告げた。
……理解が追いつかない。
でも、先輩の言うことを信じるならば。
「自分の魔法で怪我をしてるってことですか?」
私の問いかけに、先輩はコクリと頷いた。
まるで、なんでもないことのように、当たり前のように。
――どうして、先輩も、周りの人たちも、それを疑問に思わないんだろう?
私は先輩の傷を治癒しながら、なにか不穏なものを感じ取っていた。




