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王国最強の氷の魔術師は後輩回復術師にだけ弱い  作者: 永久保セツナ


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第2話 医務室での初勤務

「あ、ルーナさん!」


 医務室に着いた私に、看護長が歩み寄ってくる。

 彼女は厳しいことで有名だ。

 でも、私も怒られるだろうなという覚悟はしていた。


「遅刻ですよ。なにかあった?」


 看護長は、腰に両手を当てて、私を見据える。

 私より背が高いので、少し威圧感を感じた。

 ……いや、そもそも私の背が低いので、たいてい他の人に見下される形になるんだけど。


「す、すみません、迷子になっちゃって……」


 私はペコペコと平謝りを始める。

 しかし、看護長の後ろにいた看護師が、不意に「ヒエッ」という悲鳴に近い声を上げた。

 私は不思議に思い、顔を上げる。

 看護師の顔色は真っ青で――その視線は私の後ろに向けられているようだった。


「ゆ、ユリウス様!?」


「なんでユリウス様がこんな場末の医務室に!?」


 看護師や医療スタッフが泡食ったように慌てている。

 私が振り返ると、ユリウス先輩は無表情のまま、医務室の面々を見つめていた。

 ……なんか、先輩の周囲、急に気温が下がった気がする。


「え、医務室って場末なんですか……?」


「ルーナ、お前はそこが気になるのか」


 ユリウス先輩は、真顔で私の反応にツッコミを入れた。

 それから、先輩は看護長に向き合う。


「ルーナ・ヘイゼルを責めないでやって欲しい」


「別に責めていません。遅刻した理由を聞いているだけです」


「陛下を狙う暗殺者の攻撃に巻き込まれ、医療行為に従事していた」


「ああ、そうなんですね。なるほど」


 ユリウス先輩と看護長は、淡々とした会話を交わした。

 看護長は、私の出勤表に、遅刻の理由を書き込んでいるみたい。

 なんか、仕事の話って感じで、先輩も看護長もカッコいいな、と思う。

 私もいずれ、仕事に慣れたら、この2人みたいなクールな感じになりたいなあ……。

 私が暗殺者に遭遇して、先輩の傷を治したのも嘘ではないし、遅刻の理由としては充分なのだろう。

 看護長も納得したようだった。


「ルーナ、困ったことがあればいつでも相談するといい」


 ユリウス先輩は私に向き合って、そっと肩に手を置く。

 先輩のアイスブルーの瞳が、私に向けられた瞬間、少しだけ目つきが柔らかくなった。

 私は、この目が好きだ。


「できる限り便宜は図る」


「ありがとうございます!」


 私が返事すると、先輩は満足したらしい。

 ゆっくりとした足取りで、医務室を出ていった。

 先輩が帰った瞬間、医務室の看護師やスタッフたちが、大きく息を吐き出す。


「き、緊張したぁ……」


「ルーナさん、よくあの人と普通に雑談できるなあ」


 医務室のみんながそう言うので、私はキョトンとしてしまった。

 なんで、みんな緊張していたんだろう?

 魔法学校時代から、先輩とは普通に接してきたので、あまりよく意味がわからない。


「ユリウス先輩、そんなに怖くないですよ?」


「うっそだぁ~」


「だって、王国の英雄、宮廷魔術師団の筆頭だぞ?」


 ――先輩の王宮での噂は、彼が卒業したあと、私が魔法学校に在籍しているときから、それとなく聞いている。


 ユリウス・フロスト。

 弱冠19歳で、宮廷魔術師のトップに君臨する、天才魔術師。

 王国にたびたび攻め込んでくる帝国の猛攻を幾度となく退けてきた英雄。

 強大な精霊『氷の女王』と契約し、圧倒的な魔力を誇る『氷の魔術師』……。


 ……そんな噂を聞いても、私の中での先輩像と一致しない。

 先輩は、そんなに周囲に恐れられるような人ではないと思う。

 むしろ、嬉しいときは周囲に雪の結晶が発生するの、ちょっと可愛いと思うんだけど。


「はいはい、お喋りはここまで!」


 看護長がパンパンと手を叩いて、私の思考が中断された。

 ハッと我に返ると、看護師も医療スタッフも、みんな真剣な顔で看護長を見ている。

 朝のミーティングが始まっているのだ。

 私も慌てて姿勢を正す。


「医務室にルーナ・ヘイゼルさんが新しく入ったということで、皆さん、ルーナさんに色々教えてあげるように。私も出来る限りのフォローはします」


「はい! 精一杯頑張ります! これからよろしくお願いします!」


 私がペコリと頭を下げると、温かい拍手が飛んできた。

 ……私、今日からここで働くんだ。

 そんな実感が、やっと湧いてくる。


「それじゃ、ミーティング終わったあと、ルーナさんは私と一緒に来て。薬品の扱い方とか、色々教えるから」


「はい、看護長!」


 私はその日1日、看護長の後ろにくっついて、医務室の設備や治療の手順について教えてもらった。

 私の回復術は、花の女神がついているおかげで、かなり回復力を強化されている。

 それでも、回復術を必要とするほどではない怪我は、魔力の無駄遣いになるので、薬品や薬草などを使った治療が推奨されていた。

 医務室にやってくる人も様々だ。

 王宮騎士団が訓練で擦り傷や切り傷を負っていたり、兵士が戦いの傷を癒しに来る。

 魔術師も自分の魔法が暴発することがあり、意外と患者が多い。

 私は看護長がつきっきりの状態で、患者の治療にあたった。


「ルーナさん、なかなか筋が良いね。薬草の使い方も慣れてる」


「魔法学校で回復術を専門に学んでいたので……」


 私は少し照れくさくて、思わず言い訳めいたことを言ってしまう。

 回復術を勉強するのも、なかなか大変ではある。

 治癒魔法は、人の身体の仕組みから徹底的に叩き込まれるのだ。

 例えば、骨折を治癒するときに、骨のくっつく箇所を正確に把握していないと、回復術を使ったときに恐ろしいことになる可能性がある。

 だから、攻撃魔法に比べて、回復魔法は難しいと言われていた。


「ルーナさんなら、医務室の主力になるかも。忙しいときは結構忙しいけど、頼りにしてるわね」


「はい! 早く即戦力になるように努力します!」


 看護長は、私を見て、少し微笑む。

 この人も、怖そうに見えるけど、結構面倒見がいい人なのかも。

 私は「ユリウス先輩に似てるな」と思った。


「――しかし、我々はまだ知らない……」


「その後、ユリウス様がルーナさん目当てに医務室に通い詰めになることを……」


「そこ、不吉な予言をしない」


 看護長のツッコミに、医務室に笑い声があふれる。

 ……そして、予言は的中することになるんだけど、それは別の話。

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