第1話 王城の迷子
「あ、あれ……? ここ、どこだろう……?」
私は広い廊下の真ん中でキョロキョロしていた。
ルーナ・ヘイゼル、王城に就職して初日で迷子は恥ずかしすぎる。
うう……。18歳にもなって職場にたどり着けないなんて、方向音痴にもほどがあるよ……。
「この扉、開けていいのかなあ……」
どの部屋に行けばいいのか分からないけど、とりあえずどれか扉を開けて中を確認しないと、自分の所属の職場がわかりそうにないし……。
そう思って、扉に手をかける。
「そこで何をしている」
背後から突然声をかけられて、ビクッと肩が跳ねてしまった。
若い、男の人の声。
別にやましいことはしていないのに、慌ててしまう。
「そこは王の広間だ。用もないのに入るな」
「あっ、すみません! 迷子になっちゃ、って……」
言い訳をしながら振り返ると、そこに立っていたのは、懐かしい人。
キラキラと輝く銀髪。
アイスブルーの目。
宮廷魔術師のローブに身を包んだ、男の人がそこにたたずんでいた。
「――ルーナ?」
「あ……ユリウス先輩!?」
――ユリウス・フロスト。
魔法学校時代の先輩で、私よりも1年先に王城に就職している。
今は、宮廷魔術師をしているはず。
「なぜ、ここに……」
先輩は、無表情のまま、眉間にシワを寄せていた。
不機嫌というより、純粋に不思議に思っているような顔だ。
王城内を後輩がうろちょろしてたら、そんな顔にもなるかもしれない。
「私も王城で働くことになりました!」
王城就職、一番に先輩に報告したかったから嬉しい。
元気に答えると、先輩の目元が、少しだけ柔らかくなる。
「……そうか。そろそろ来るだろうとは思っていた」
――先輩も喜んでくれている。
そう思うと、胸が温かくなった。
「あの、医務室ってどこにありますか? 私、医務室で勤務することになったんですけど、迷子になっちゃって……」
「……昔から、お前は方向音痴だったな」
先輩はフッと小さく息をつく。
……あ、ちょっと呆れられたかな、もしかして。
「では、案内しよう」
先輩が手を差し出した。
意味がわからなくて、私は彼の手をじっと見つめてしまう。
「……この手は?」
「手を繋いでいないと迷子になる」
「私、子どもじゃないんですけど!?」
それは流石に不服。
思わず膨れてしまった。
すると、先輩が何かに気づいたように、ピクリと反応する。
「ルーナ」
突然、手を取られて、引き寄せられた。
私は予想外の行動に、身体のバランスを崩す。
「わっ、先輩?」
先輩に抱き寄せられた格好になって、私は思わず慌ててしまった。
そんな私に構うことなく、キィンと甲高い音を立てて、氷の壁が周囲に展開される。
先輩の氷魔法だ。
同時に、彼の契約している精霊――『氷の女王』が姿を現した。
女王は私を一瞥したあと、無表情のまま、先輩と同じ方向を睨む。
カランカラン、とナイフの転がる音がした。
「チッ、しくじった!」
そこには、先ほどまでいなかったはずの見知らぬ男が、先輩と私を悔しそうに睨みつけている。
だ、誰……?
私が不安に思ったのを察知したのか、先輩の抱きしめる力が少しだけ強くなった。
「……暗殺者か」
先輩は冷ややかな視線を向けたまま、男の足元をビキビキと凍らせていく。
逃げられないように、動きを封じているのだろう。
「ぐぅ……ッ!」
男は足の凍傷に歯を食いしばった。
が、すぐに足を振り払い、氷を割って距離を取る。
「お前の狙いは陛下か? ……それとも、私か」
先輩は厳しい目つきで、氷の壁越しに男を睨んだ。
対する男は無表情のまま、ユリウス先輩の動向を観察しているようだ。
「ルーナ、離れていろ。……なるべく、私の氷からも距離を取れ」
「は、はい……」
私は先輩の腕の中から解放されて、慌てて廊下の隅まで走る。
先輩の足手まといにはなりたくない。
……でも、大丈夫かな……。
騎士団とか呼んだほうが……。
そう思った瞬間、暗殺者がダンッと床を蹴った。
ユリウス先輩に急接近する。
「死ね! 氷の魔術師!」
男が手甲から鉤爪のような武器を伸ばし、先輩に襲いかかった。
隠し武器だ。
鉤爪が先輩の頬を掠める。
でも、不意を突かれたはずのユリウス先輩は、まったく動揺しない。
瞬時に氷の剣を生成して、鉤爪を弾いた。
しかし、暗殺者の猛攻は止まない。
「ここだ!」
服の袖から、小型の矢を飛ばした。
おそらくは、毒矢だ。
さすがのユリウス先輩でも、この至近距離では――。
「無駄だ」
キン、キン、と高い音を立てて、矢が弾かれ、床に落ちる。
――氷の鎧。
そんなものまで、瞬時に作り上げるのか。
あまりにも、魔法の練度が高すぎる。
私は、先輩の魔法の美しさに、息を呑んでいた。
「チッ……! ここまでか!」
暗殺者は床を蹴ってバックステップ。
そのまま窓を破って逃げ出そうと駆け出すが――。
ビキビキビキ、と音を立てて、氷が床を舐め、壁を這い上がる。
窓もドアも、分厚い氷に塞がれた。
暗殺者の絶望した顔が見える。
「クソが! 呪われろ、ユリウス・フロスト!」
先輩は、その言葉を無視して、暗殺者に片手を向けた。
床から冷気が男に這い上がり、足から順に凍らせていく。
「ヒッ、ヒイィ……!」
暗殺者はたちまち、全身を凍結された。
まるで、氷像のように、動きを止められている。
「何の騒ぎだ!」
そこへ、鎧を身にまとった騎士が駆けつける。
「陛下を狙う暗殺者だろう。……連れて行け」
王宮騎士団が、暗殺者らしき男を連行していった。
騎士たちは、「またユリウス様がやったんですか……」と、壁やドアの氷を呆れた目で見ている。
「ルーナ、怪我は」
先輩が歩み寄って、私の肩をそっと掴んだ。
至近距離で見つめ合う形になる。
「先輩が守ってくれたので大丈夫です!」
「そうか」
先輩の身体から、雪の結晶がふわりと浮かんだ。
彼は、氷魔法の使い手だからなのか、嬉しいときにこうして、雪の結晶がふわふわと出てくる。
それが、なんだか可愛い。
「でも、先輩が怪我してます。治しますね」
一方の私は、回復術師。
怪我や病気を治すのが得意技だ。
前線に出るだろう、先輩のお役に、少しでも立てるといいな。
そう思いながら、回復術を行使する。
「――お願いします、女神様」
私が祈ると、契約している『花の女神』が現れて、そっと力を貸してくれた。
私は、先輩の頬についた切り傷に、そっと触れる。
緑色の魔力が、先輩を優しく包みこんだ。
「――」
先輩は、無表情のまま、女神を見つめている。
感情が読めないけれど、複雑な心境のように見えた。
「あ、あれは……女神!?」
周囲で暗殺者の痕跡を調査していた魔術師が、目を丸くしている。
魔術師は、精霊と契約することで魔法を行使するけど、女神と契約している私は珍しいらしい。
女神の力は精霊よりも強く、先輩の傷は一瞬で完治した。
……傷跡も残ってないみたい。よかった。
そっと、先輩の頬を撫でる。
「あの回復術師、何者だ……?」
その場にいた、魔術師や騎士たちがざわついていた。
就職初日で騒ぎを起こしたくなかったけど、今回はまあ、仕方ないよね……。
……それよりも、先輩の氷の女王が、私の花の女神を、露骨に嫌そうな顔で睨んでいるのが気になるんだけど……。
この2人、なにか因縁でもあるのかな?
花の女神は、何も言わず、静かに微笑んでいた。




