嫉妬
「あら、おはようございます。プリムさん」
お姉ちゃんが微笑んだ。
私、プリムに向かって。他の令嬢に挨拶する時と、同じ顔で。
「お、お姉様。今日から通われるって聞いて……」
「はい、そうですね。これから寮の手続きもあるんです」
寮……。
お姉ちゃんは、本当に家を出ていくんだ。嘘だと思っていた……。
私は、優しくて綺麗なお姉ちゃんが大好きだった。
小さい頃、眠れない夜は一緒のベッドへ潜り込んだ。本を読む声を聞いていると、それだけで安心できた。いつだって私を気にかけてくれていた。
でも、嫌いな時もあった。
『お姉様は、もう出来ていたのに』
『プリムもクリスを見習いなさい』
『クリス様は簡単にできたのに、妹の方は……ププッ』
『ダメよ、笑っちゃ。クリス様が特別なのよ』
私だって頑張っているのに。
どうして、お姉ちゃんばかり。
だから、お姉ちゃんの悪い噂が流れ始めた時、少しだけほっとした。ううん、ちょっとだけ嬉しかった。
『プリム様は苦労なさっているのね』
『あんなお姉様がいて、お可哀想に』
『可愛らしくてお優しいプリム様に比べたら、クリス様は……』
皆が、私に優しくなった。
私が何もしなくても、お姉ちゃんより良い子になれた。
この三年間、その場所はとても居心地がよかった。それがすごく嬉しかった。
呪いのせいだったのか、今でもよくわからない。
捕まった伯爵令嬢の顔が浮かぶ。
『プリム様が我慢することはないのよ。お姉様のこと、私には話して?』
私は、あの令嬢と話すのが好きだった。
お姉ちゃんの失敗を少し大袈裟に話せば、慰めてくれた。彼女から聞いた噂を、他の子へ話したこともある。
本当かどうか確かめたりは、しなかった。だって、それが本当だと思っていたんだもん。
それでも、熱を出した夜。
ずっと手を握っていてくれたお姉ちゃんを見て、私は思い出した。
大好きだった。
本当に、大好きだったんだ。
聖具の事件では、必死に庇った。まるで自分の罪悪感を消すために……。
でも、それまでのことが消えるわけじゃない。
分かっている。
だけど、今のお姉ちゃんは、昔のことを覚えていない。
これから優しくすれば、また仲良くなれる。今度こそ、私を一番大切にしてくれるかもしれない。
「お姉様、寮だと寂しくありませんか? 私、お部屋へ遊びに――」
手を伸ばすと、お姉ちゃんが一歩下がった。
「……ごめんなさい」
「え?」
「変ですよね。日記には、プリムは可愛い妹だと書いてあるのに……近づかれると、なぜか身体に力が入ってしまうんですわ」
背中に汗が滲んだ。
日記?
え、なに? そんなもの、知らない。
何を書いていたの? 髪飾りのこと? 私が皆の前で泣いたこと? あの子と私のことも、何か嫌な予感が――。
「そ、それは、昔のことで……」
余計なことを言わない方がいい。でも、日記に何が書いてあるか知りたい。
寮に移るなら、日記も持っていくはず。
なら、お姉ちゃんがいない隙に――。
お姉ちゃんは、不思議そうに私を見ていた。
「クリス様」
背後から声がした。
キリヤ様だった。自分の心拍数が上がった。頬が染まる。
街でしつこい男に絡まれた時、私を助けてくださった方。
お礼を言っても、見返りを求めずに去っていった。
綺麗なお顔だけじゃない。その背中が忘れられなかった。
「先ほどは言いそびれたのですが……放課後、温室で花を見ませんか?」
お姉ちゃんの顔が、ぱっと明るくなった。
「ええ、ぜひ! 実は、もう少しお話ししたいと思っていたんです」
「では、図鑑も持っていきます」
「私も。本の挿絵と、比べてみたいです」
胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。
お姉ちゃん、そんなふうに笑えるんだ。
私には、さっきまで困った顔をしていたのに。
「わ、私も、ご一緒しても――」
キリヤ様が私を見た。男爵子息であるキリヤ様は私の願いを断れない。
「えっと、結構です」
笑顔が、顔に張り付いた。
何か言わなきゃ。でも、唇がうまく動かない。
ああ……お姉ちゃんも、こんな顔をしていた。
悪い噂を聞かされた時。
婚約者にため息を吐かれた時。
何かを我慢して、無理に笑おうとしていた。
でも、今のお姉ちゃんは違う。
ニコリともせず、私にお辞儀をした。
「それでは、プリムさん、失礼しますわ」
お姉ちゃんは、キリヤ様と廊下を歩いていく。
自分の瞳に涙が浮かぶ。
昔なら、私が泣きそうになれば、すぐに気づいてくれた。
何をしていても、私のところへ戻ってきた。
大好きなのに。
お姉ちゃんも、キリヤ様も。
悔しかった。
悲しかった。自分が悪いと分かっているのに、二人が並んでいるのが嫌だった。
今度は、本当に涙が出た。
お姉ちゃんは決して振り返らなかった。
それが悔しくて、悲しくて、私は嗚咽が止まらなくなっていた。
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