悪意
プリムが元気になった頃、同級生の伯爵令嬢がお見舞いに来た。
先日の髪飾りを探してくれた子でもある。
彼女は私の顔を見て、にっこり笑った。
「一晩中お世話をなさったの? お優しいのね。これで髪飾りの事も許してもらえるでしょうし」
「……え?」
彼女は、それ以上何も言わなかった。
プリムへお土産の箱を渡し、楽しそうに学園の話を始める。
私は二人分のお茶を注いだ。
プリムの視線が、私の手元に向けられていた。
「お姉様、それ……何を入れたの?」
「お砂糖よ。プリム、甘い方が好きでしょう?」
「あ……うん」
プリムは笑った。
でも、私が部屋を出るまで、そのお茶を飲まなかった。
廊下へ出て、閉めた扉を見つめる。
あの「大好き」は、嘘じゃなかったと思う。
私の手を掴んでいた指も、抱きついてきた温かさも、まだ覚えている。
だから――
明日はきっと大丈夫。うん、きっとそう。そう思わないと……。
***
婚約者のグリッドと二人で庭を歩いたのは、それからしばらく経った日の事だった。
彼は私の隣にいるのに、あまり話さなかった。
昔は違った。二人で白熱した議論を交わしたり、好きな本の感想を言い合ったり――。
グリッドは無表情だった。少し怖く感じる。彼は何かを考えているみたいで、時々、確かめるように私を見ていた。
何を話せばいいんだろう。本の事? 学園の課題? プリムが元気になった事?
考えていた時、花壇の隅に白いものを見つけた。
「あっ……咲いてる!」
思わずグリッドの袖を引いた。
細い茎の先に、白い小さな花が幾つもついている。庭師と一緒に、何度も植える場所を変えた花だった。
「この花、ずっと蕾のままだったの。日当たりが悪いのかと思ったけど、そうじゃなくてね。お水が溜まりすぎていたみたい」
「……そうなのか? 俺にはよくわからないな」
「うん。土を変えてみたら元気になって。まだ咲かないと思ってたから、嬉しくて……」
そこで、喋りすぎている事に気がついた。
「ごめんなさい。つまらない話だったね」
「いや……、ごほん、そんなことないぞ。ふっ、相変わらず元気だな」
グリッドが私を見ていた。
さっきまでと違う、柔らかい目だった。まるで人が変わったみたいだった。
「クリスは、その話をしている時が一番楽しそうだな」
胸がドクンとした。
昔のグリッドだ。
私が何かを見つけるたびに、一緒になって覗き込んでくれた幼馴染。
「……そ、そうかな。えへへ……」
「ああ。あっちの白い花は? 同じものか?」
「違うの! あれは夜になると開く花で――」
嬉しかった。
私が話すと、グリッドが聞いてくれる。時々、分からないところを尋ねてくれる。
たったそれだけで、言いたかった事が次々に浮かんだ。
帰り際、私は思い切って声をかけた。
「グリッド。前に話した植物園、次のお休みに一緒に行かない?」
彼は少し考え、頷いた。
「そうだな。……きっと大丈夫だ。今度こそ行こう」
私達は再び約束を交わした。
私は部屋へ戻ると、畳んでいた地図を広げた。
行きたかったお店はまだあるだろうか。彼は、白い花を気に入ってくれたみたい。似た花が咲いている場所も探しておこう。
でも、約束の前日になって、延期の連絡が来た。
学園で、私が級友を仲間外れにしているという話を聞いたらしい。
『……そんなくだらないことをしているなら、遊びに行っている場合ではないだろう』
手紙には、そう書いてあった。
『私にも事情を説明させてください』
そこまで返事を書いて、手を止めた。
先に謝った方がいいだろうか。
でも、私は何をしたんだろう。
(全然、身に覚えがないわ……)
仲間外れなんてするはずない。
だって……私は数年前から……学園で孤立しているから。
白い花について書き足した地図が、机の上にあった。
私はもう一度、それを畳んだ。
楽しみにしていた……お出かけは、もう二度と行けないような気がした。
***
王家から学園へ貸し出されていた聖具が盗まれた。
その聖具が、私の寮室から発見された。
意味がわからなかった。
両親まで学園に呼び出され、私は大勢の前に立たされた。
壁際にはグリッドもいた。私が見ると、彼は目を逸らした。
同級生の伯爵令嬢が、保管室の近くで私を見かけたと言っている。
あの日、プリムの部屋で一緒にお茶を飲んでいた子だ。
「見間違いであってほしいと思ったのです。でも、クリス様のお部屋から見つかったのなら……」
彼女は、私と目を合わせなかった。
「違います!」
プリムの声が響いた。
「封印が壊れた鐘が鳴った時、お姉様は私と温室にいました。庭師の方にも会いました!」
「プリム。姉を庇いたい気持ちは分かるが……証言があるんだ」
父が静かに言った。
「これ以上は庇えきれない」
「本当なんです! 私、お姉様と一緒に――」
プリムは必死だった。説明を途中で遮られ、同じ事を何度も言い直す。
その姿を見ていると、自分の事より苦しくなった。
プリムまで嘘つきにされたら、どうしよう。それでも、私が諦めちゃ駄目なんだ。きっと頑張って説明すれば――。
「は、話を聞いてください! お願いです。私は――」
声がうまく出なかった。
教員が私を見る。聞くためではなく、もう黙るようにという顔だった。
その時、後ろから別の声が聞こえた。
「疑わしい事と、有罪である事は違います」
振り返ると、袖口の擦り切れた制服を着た青年が立っていた。
小さな男爵家の出身で、名前はキリヤ。学園の廊下で、家柄を理由に上級貴族の生徒達から絡まれているところを何度か見た事がある。
「クリス様もプリム様も、確かめられる話をしています。庭師に聞けばいいのではありませんか?」
「お前には関係ないだろう」
「関係がない人間の話なら、聞かなくていいのでしょうか? これは提案です。この学園は公平を謳っていると思いますが?」
キリヤの声は変わらなかった。
怒鳴りもしない。誰かを見下すような態度でもない。
「罪があると言うなら、調べるべきです。疑っただけでは、人を罰する理由になりません」
私に向けられていた視線が、キリヤに集まる。誰かの舌打ちが聞こえたような気がした。
教員はようやく、正式な調査は王家の担当者に任せると告げた。
それでも、周囲の……私を見る目は変わらなかった。




