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誤解

「……クリス。どうしてこんな事をしたんだ? 本当のことを言うんだ」


 父の手の中には、青い石のついた髪飾りがあった。

 先日、プリムが誕生日にもらったものだ。昨日から見当たらないと言っていたから、私も一緒に探していた。


 それが、私の机の引き出しから見つかったらしい。


「絶対に私ではありません! だって妹の大切なものですよ? 私がそんなことを――」


「では、どうしてお前の部屋にある? それが証拠だ。ふんっ、嘘をつくならもう少しうまくつくんだな」


 嘘じゃない。何を言っても信じてもらえない。それでも私は諦めず、父に状況を説明しようとした、が――父は私の言葉を遮った。


「プリムが褒められたのが、そんなに気に入らなかったのか?」


「そ、そんな、私は――」


「ねえ、クリス。正直に謝れば、それで済むのよ? ね、ね、クリスが盗ったんでしょ? もう許してあげるから……素直になってちょうだい」


 母の声は優しかった。

 私が泣きそうになると、困ったように眉を下げる。昔、転んで泣いた私を抱きしめてくれた時と似ていた。


 優しそうな声なのに……母は私に近づこうとしなかった。目が怖い。まるで魔物を見るような目つきだった。


 それでも私は説明をする。


「お部屋には、お掃除のために人が入ります。それに昨日は、お友達も来ていましたから、誰かが間違えて――」


「言い訳はやめろ! 誰かのせいにするんじゃないっ!! お前は卑しい下級身分の子か?」


 その言葉で、何も言えなくなった。


 私はただ、確かめてほしかっただけだ。

 私が知らないところで何があったのか。どうして、持っていないはずの物が部屋にあったのか。


 母の隣で、プリムが小さく首を振った。


「もういいの。返してくれたから……。お父様、お姉様を叱らないで」


 プリムは二つ年下の妹だ。髪飾りをもらった日は何度も鏡を見て、その度に嬉しそうに私を振り返っていた。


『ねえ、お姉様。変じゃない?』

『すごく似合ってる。今度のお茶会につけていこうね』


 私も嬉しかった。

 本当に、嬉しかったんだよ。


 なのに、私が盗んだ事になっている。

 プリムまで、私が返したと思っている。


 部屋の扉付近から、大きなため息が聞こえてきた。グリッドが立っていた。


 幼い頃から一緒に育ち、婚約者になった人。今日は、彼と出かける約束をしていた。


 私が何を言いたいのか、分かってくれると思った。

 グリッドなら、きっと――。


「クリス。今は謝ろう。落ち着いてから話せばいい」


 ……後になってから、話を聞いてもらえた事はあっただろうか?

 少なくとも、すぐには思い出せなかった。


「……申し訳、あり、ません」


 父がようやく頷いた。母も安心した顔になる。

 プリムは髪飾りを抱きしめ、グリッドは私に小さく笑いかけた。


 これでいい。


 そう思おうとした。でも、何が良かったのか分からなかった。



 ***



 いつからだったんだろう。


 最初は、本当に小さな誤解だった。

 プリムに貸した本を私の机に戻していたら、取り上げたと言われた。使用人の失敗を庇った時は、その人を黙らせようとしていると思われた。


 一度や二度じゃない。毎日、何かしらの誤解やトラブルに巻き込まれている。


 一つずつ話せば分かってもらえる。

 そう思っていたのに、いつの間にか「またクリスが」という言葉で終わるようになっていた。


 まるで悪意が私につきまとっているみたいだった。しかも、徐々に誤解の頻度が高くなり、嫌悪の視線を向けられるようになっていた。


 ――侯爵家の長女として、振る舞いを改めなさい。妹に意地悪をしない。婚約者を困らせるんじゃない。


 そんなことをしているつもりはまったくない。全部冤罪だった。


 私は部屋に戻り、机の上に広げていた地図を畳んだ。

 今日、グリッドと行きたかった植物園までの道を書いてある。途中にあるお菓子屋さんも調べた。彼の好きな焼菓子を売っているお店だったから。


 グリッドは、今日は帰ると言った。


 私が落ち込んでいるから、ゆっくり休んだ方がいいと。


 ……一緒にいてくれたら、元気になれたと思うんだけどな。


 椅子に座ると、読みかけの図鑑が目に入った。

 私はこの本が好きだ。花の名前も、育つ場所も、知らなかった事が沢山載っている。


 昨日まで小さな蕾だった花が、今朝には開いている。

 うまく育たなかった苗を植え替えてみたら、急に元気になる。


 本を読んでいるうちに、気になる事を見つけた。庭の隅に咲いていた花と、葉っぱの形が少し違う。


「……あれ、じゃあ別の種類なのかな?」


 陰鬱な気分を変えるために、私は立ち上がった。


 庭へ出ると、若い使用人が鉢を落としていた。

 割れた鉢の横で、どうしようと青ざめている。


「大丈夫よ。根は傷んでいないから、新しい鉢に移せばいいわ」


 しゃがんで土を寄せる。

 使用人も私の隣に膝をついた。


「クリス様、お手が汚れてしまいます」


「洗えば落ちるわよ? ふふ、丁寧に世話をしてくれてありがとう」


 そう言うと、彼女は小さく笑った。

 私も笑った。誰かとこんなふうに笑えたのが、久しぶりな気がした。



 ***



 プリムが熱を出したのは、その数日後だった。


 医師から言われた時刻に薬を飲ませ、水を替える。熱に浮かされたプリムは、いつもより幼く見えた。


「お姉様……もう、行っちゃう?」


「行かないよ。眠るまでここにいるから」


 私は、棚から古い本を取った。

 迷子の小鳥が、自分の家へ帰るお話。小さい頃、プリムはこの本を読むと安心して眠ってくれた。


 読み始めると、プリムの指が私の袖を掴んだ。


「……そこ、もう一回」


「小鳥がお花畑で迷うところ?」


 小さく頷く。私は同じページを、ゆっくり読み直した。


 次に気がついた時には、窓の外が明るくなっていた。

 椅子に座ったまま眠ってしまったみたい。肩が少し痛い。


 プリムが私の手を握っていた。


「……お姉様、ずっといたの?」


「ごめんね。起こしちゃった?」


 首を横に振る妹の額に触れる。昨夜より、ずっと熱が下がっている。


「よかった。もう、苦しくない?」


「うん……」


 プリムの目から涙がこぼれた。

 私は慌ててハンカチを取ろうとした。でも、その前に腕を引かれた。


「お姉様……大好き」


 抱きついてきた妹を、そっと抱きしめる。


「……私も。大好きだよ、プリム」


 声が少し震えてしまった。

 やっぱり、大丈夫なんだ。私達は、ちゃんと仲の良い姉妹なんだ。


 でも……なんでおかしな時があるんだろう? なんで私を嫌う時があるんだろう? なんで誤解されるんだろう?


 考えてもわからない。


 髪飾りの事も、きっといつか分かってくれる。

 今日は言わなくていい。プリムの熱が下がって、こんなふうに抱きついてくれただけで十分だった。

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