【1-9】何者か
――ルルアは歯を食いしばった。
(あぁ……っ。何でこういう時に限って……っ)
加えて、苛立ちも覚えていた。
目の前には、恐らく汚染樹林の魔力摂取障害による巨大化が起きた夜狼がいる。
ルルアは〈博識の五色〉として、討伐しようとしている最中だった。
(ステラ様たちに行ってくる、とは行ったけど、流石に一人じゃ、こんな……)
通常、巨大化した程度の夜狼ならば、ルルアの実力なら難なく一撃で倒せる。
しかし、今回は違う。
(あの夜狼、魔花を食べたのね)
精霊が作る魔力の花を、魔花という。
精霊が作る魔花は、人間の作る魔造花とは生まれ方と性質が異なる。
魔造花は魔力を持つ人間が咲かせる花であるが、魔花は精霊が自ら制限なく何個も作り出す花である。
性質も、魔造花は魔力を与える効果があるのに対し、魔花はその何倍もの効果を併せ持つ。
そんな効果がある為に、汚染樹林とも呼ばれているのだとか。
それだけでもとんでもない話だが、本題は別にある。
(魔花を食べたら、身体強度は上がって、精神を乗っ取られるって言うのに……っ)
そう。魔花を食した動物は、種族問わず異常な程に身体を強化する。
それと同時に、強制的に、蝕まれた者は死と隣り合わせに立たされる。
それは、魔力摂取障害よりも遥かに恐ろしいことである。
だがしかし、この夜狼はほぼ確実に魔花を食べた。
無論、普通の巨大化した夜狼を倒すのには、苦戦するのは目に見えて分かる。
ルルアは詠唱をしては防御結界を張り、攻撃をし、を繰り返しながら、夜狼に傷を負わせる。
ルルアの攻撃が当たる度に聞こえる呻き声が、ルルアの足取りを重くする。
「くっ……」
(なんでよ……)
夜狼の咆哮を防ぎながら、ルルアは次の詠唱を始め、可視化された無数の風の剣を生成する。
それを夜狼に次々に当てるが、全て傷を負わせるまでもなく、まるで意味がない。
(やっぱり、火属性の魔術じゃないと……)
地に足をつけると、夜狼を見上げる。
夜狼は血の滲んだ傷を抱えながら、フラフラとよろけながら佇む。
傷は入っていないとはいえ、ダメージは入っているようだ。
ルルアはいつの間に服に付いていた砂を払うと、夜狼に向き直る。
ルルアの夜狼を見る目は、憎しみとは違っていた。
(……貴方だけは、私が)
――「ルルアー!今日も――!」
なんで。
――「ウィリア?!」
どうして。
どうして、私はこんなに罪を背負わなくては行けないの――?
ルルアは再び詠唱をしようと口を開きかけた。
その時、見覚えのある姿をした人物が、ルルアの前に立ち塞がる。
「落ち着け、息が上がってんぞ」
花使いの着るケープ。――花使い、エディ・ジスランだ。
ルルアはエディに気付くと、気を取り直す。
どうやら、深刻な状態で戦っていたらしい。
胸が苦しく、払ったはずの服は全て砂まみれ。
(気付かなかった……)
「ありがとうございます、ジスラン様」
「礼はいいから、前を見ろ。そろそろ片付けないと危ないぞ?」
エディに言われて前を見ると、既に夜狼の吐いた魔力の結晶がこちらに向かっているのが見えた。
「――覆え」
ルルアは、すぐに詠唱をして防御結界を展開すると、魔力の結晶を防ぐ。
(あれに当たると、怪我じゃ済まされない……)
夜狼が今体から放っている魔力の結晶は、触れると人体に悪影響を及ぼす。
言うなれば魔力に耐えきれず即死、または後遺症が残る、と言ったところだろう。
これらは防御結界で防げるが、防ぐだけで消滅させることは無い。
だから、地や建物に当たれば――。
激しい轟音が、耳に入ってきた。
魔力の結晶が拡散した音だ。
この音には慣れていたルルアは、耳を塞がずともその隙に攻撃を叩き込む。
「攻撃できるところで、しておかなければっ」
詠唱を始めると、エディの他にもう一人の影が目に入る。
(リリー様……!)
何処からともなく現れたリリーは、咆哮する夜狼に向けて、ルルアと同じように攻撃を放つ。
その後、エディが不意打ちを狙って前足に斬撃を食らわせる。
すると、切られた箇所は断切され、鮮やかな鮮血が滴る。
(……これなら)
信頼できる仲間が増えたことにより、ルルアは憂いていた気持ちも安定する。
――このまま、最後まで。
ルルアが火属性魔術の詠唱を終えた時だった。
――「――ミスタルバの化身なる幻の獣よ、我が花使いの使命より、正しき裁きを今ここに」――
聞き覚えのある声と、詠唱が聞こえる。
「え……?」
思わず詠唱の聞こえた方へ向くと、ルルアは目を剥く。
――ステラだ。
ステラが、〈花使い〉の〈百花繚乱〉を使っていた。
(な、何故、あの子が……)
ステラは、今日〈花使い〉になった者。
それ故、〈百花繚乱〉の詠唱や使い方など分かるはずがない。
手元に目を向けると、そこには古びた本が握られている。
それを見てルルアは更に驚いた。
ルルアはあの本に詠唱が載っていることはララ経由で知っている。
だが、詠唱を見て一日足らずの魔術師がそれを使ったことは見たことがない。
(……あの子は)
ステラの頭上に巨大な魔法陣が展開されると、ルルアが生成した数とは比べ物にならない程無数の星屑の矢を生成する。
「――受けよ」
ステラの言葉で、一斉に星屑の矢が夜狼に向かう。
一瞬のことだった。
ルルアは矢の一本目が夜狼に直撃する直前に瞬きすると、次に目を開けた時には、星屑の矢が急所の喉に刺さり、夜狼は横転していた。
その一瞬の出来事に、ルルアは目を剥く。
(これを、ほんの数分で……?)
ルルアの元に来たのは、少なくとも十分前。
その程度で、〈百花繚乱〉の力を扱えるなんて、到底考えられない。
(じゃあ、元々知ってて……)
いや、それはない。
あの本はこの世に一冊、華の間でしか手に入れることの出来ない品だ。
それに、〈花使い〉について詳しく知らないステラが知る由もない。
ならば、どうだというのだろう。
「あ、あのっ……!」
「……あの子は」
思慮すると、ルルアはこちらへ向かってくるステラを見つめながら、呟いた。
「何者……なの?」
* * *
――やがて戦闘についての書類や報告などを済ませたステラたちは、ルルアの屋敷に戻っていた。
もう帰ってきたその時には、真夜中だったので、各々睡眠を取ることにした。
部屋のドアノブを回すと、ステラは深く溜息を着く。
「つ、疲れた……」
全身が筋肉痛になったのかジンジンと痛む。
それに、まだ昼間よりあの紋様が光り続けている。
魔力を使ったせいなのか、あるいは……。
「でも」
それより、思うのは――。
「私がっ!魔術を使えた……?!」
ベッドに寝転がると、ふかふかな大型ベッドの端から端までを転がる。
(信じられないっ!ヴェルトさんに散々諦めろって言われてたのに!)
たった一日で魔力を持ち、そして魔術を扱えるようになったとは。
喜びで、ステラは枕に顔を埋める。
嬉しいのは山々だが、それ以上に疑問点が挙がる。
考えることは多いが、今はそれよりしたいことがある。
それは――。
「魔術式について、もっと研究が出来る!」
ステラの使った〈百花繚乱〉の魔術以外にも、この本には沢山の魔術が記されている。
この本は、近いうちにリリーへ返さなければならないだろう。
(それは惜しい……)
ステラの魔術は既に解析しており、どういう仕組みなのかも全て分かっている。
だからこそ、今度は他の〈百花繚乱〉の魔術について、学ばねば。
袖を捲り上げると、ステラは部屋に設備されている机に向かう。
そして、リリーから貰ったケープの隣に古びた本を堂々と広げると、これまで以上に、目を光らせた。
「さて、他の魔術にはどんな魔術式が……!」
その日は一晩中、ステラの部屋からは豪快な筆音と紙を捲る音が耐えなかったという。
* * *
夜が明け、次の日になると、ステラとルルアは馬車に乗って、とある場所へ向かっていた。
(き、今日から私は……)
ゴクリ、と唾を飲み込む。
そんなに緊張するほど、ステラが向かう場所と言うと……。
「さて、そろそろ着きますわ」
そう言われて馬車から見えたのは、国立図書館。
(うぅ……、やっぱり緊張する……)
決めたはいいものの、新しい環境ともなると緊張する。
「うぅぅ……」という奇妙な呻き声を出しながら、ステラは先日のことを思い出した。
――つい昨日のこと、ステラはルルアに見習いについて話していた。
報告を済ませた後、ルルア、ラーウェリー、リヴェルと馬車に乗って屋敷まで戻る最中だった。
疲れと時間帯で、四人は特にこれといって会話をしていなかった。
「……あ、あの」
沈黙の中、ステラは話を切り出す。
すると、ステラの声に気付いた三人は、何も言わずステラに体を向ける。
(い、言わなきゃいけないけど……)
戦闘中、既に決めていたことだったが、やはり言うのには緊張する。
やっぱり、言うのは辞めておこうか、とも言おうとしなければよかった、と後悔する気持ちも湧き上がる。
ステラは挙動不審になりながらも、それを口にする。
「今の戦闘で、考えてみたんですけど……。私、図書館の司書さんの弟子になってみたい、と思って」
今の状況と、魔術の力じゃあ、到底この先〈花使い〉としてやっていける自信がない。
「……!」
ステラの言葉に更に驚いたらしいルルアは、目を丸くして、それでいて嬉しそうに答えた。
「では、そう伝えておきますね」――
そして、今日に至るという訳だ。
ステラはルルアから渡された、図書館の司書の見習いの切るローブを身に付けている。
昨日言ってこんな品が用意出来たのには、ステラでも驚かされる。
そのローブは、外から見るとステラの持っているローブと遜色なかったが、襟元や裾の辺りには詩集が施され、内側は紺色をしていた。
そして何より……高そう。
(このローブ、素材が滑らかだから絶対高いやつだよね……)
ステラが着ているいつものローブは、街道の中にあった福屋に偶々売っていたものであるので、それなりに質感は荒かった。
けれど、このローブはそれを感じない。
本当ににいいのだろうか。
魔術の実力がないステラが、木の上の小屋に住んでいたステラが、ましてや魔術師になったばかりのステラが、こんな品を受け取っていいのだろうか。
……いや、駄目だろう。
(やっぱり言わなければよかったのかなぁ……)
頭の中に、「ほんと意味わかんねぇな」とステラを見下すイタズラ二匹ズが思い浮かぶ。
(あの子たちに言われるのだけはぁぁ……)
馬車に寄りかかり、後悔に浸っていると、やがて馬が歩みを止めたのだろうか、馬車が動きを止める。
「着いたようですね」
予想通り、図書館に着いたようだ。
ルルアの声でステラは体を起こすと、ルルアに続いて馬車から下乗し、入口へと向かう。
中に入っていくと、すぐに一人の男性が待ち構えていた。
司書の正装を着ていなかったので、ここの司書の確率は低い。
ルルアとその男性は、お互いに会釈をすると男性側が口を開く。
「では、ご案内させていただきます」
「えぇ、よろしくお願いしますわ」
知り合いなのだろうか、明らかに初対面の会話ではない。
何故だろうか、と首を傾げるステラだったが、すぐに男性に引き渡されると、案内されるがままに図書館の奥の方へと向かっていった。
* * *
開館直後のウェルディア王国立図書館の魔術棟。
ここは方角的に窓が少ない為、比較的朝と夕方は薄暗い。
数少ない窓から日の光が窓から入ってくるのを感じながら、司書の弟子の証であるローブを身に着けた黒髪の青年は、数冊の本を手に抱えながら歩いていた。
(今日から、新しい子が来るらしいけど……)
青年の周りには、青年のほかに数人、同じローブを着けた少女や青年がいる。
「ねぇねぇ、今日、新しい子が来るらしいよ!」
皆が皆、新しい弟子について噂をしている。
(……あほらし)
それらを横目に青年は本棚からある本を抜き出す。
その本には、『〈花使い〉の歴史』と書かれている。
青年は無言でペラペラと本を開くと、パタンと本を閉じる。
(そう言えば、一昨日の夜、新しい花使いが生まれた、って街中騒いでたけど、それ以降何も知らせがない)
新代〈花使い〉の公表は、毎回誕生してから一年程経って国民に知らされる。
いつもならばこの時期に〈花使い〉の善からぬ噂が立つ頃なのだが、それが一切ない。
そのまま他の本棚を目を通すが、一周したところで、青年は初めに手に取った本に目を向ける。
(今日は、これでいいかな)
歴史や伝記はあまり自分からは読まない分野だったが、将来に関わるので読まないわけにはいかない。
気はあまり乗らなかったが、青年はその本を開いて、静かに読み始めた。




