【1-8】出来ること
ステラは、唯茫然とルルアの向かった先に目を向けていた。
(大丈夫……、なのかな?)
ステラがルルアの戦っているところを目撃した回数は一回きりである。
なので、大丈夫なのか否かはわからずじまいである。
〈博識の五色〉はこの国の重要戦力というのは、この間ヴェルトから聞いた。
だがしかし、それらの集団にある特性や独自の能力、魔術などは聞いていなかった。
「どうしたら……」
それらの知識がほぼ皆無なので、ステラがどう動いていいのかもどう動くべきなのかもわからない。
花使い、という立場であるのならば、追うべきではあるが……。
困り眉にしながら、その場で右往左往としていると、ステラと共にルルアを見送ったラーウェリーとリヴェルに目が行く。
二人共、この状況に慣れているのか、特に心配しているようには見えない。
ラーウェリーは前で手を組み、姿勢を崩すことなく立ち、リヴェルは片方を腰に手を当てて、楽な姿勢でいる。
(私だけ、だもんね。この状況が初めてなの)
悔しさを紛らわす為に、ローブを力一杯握り込む。
それからひたすらに黙っていると、隣にいたラーウェリーがこちらの様子に気付いたのか、声を掛ける。
「いかが致しましたか?」
「……え、えっと」
一瞬飛び跳ねてしまったが、ステラは俯きがちで口を開く。
「心配、しないんですか……?」
「……心配?」
ステラの疑問が驚きだったのか、ラーウェリーは少し考え込む。
(困らせちゃったかな……?)
あまりにも長い間黙考するラーウェリーを気遣って質問を辞めようと手を伸ばす。
「あ、あのっ、大丈夫で――」
「――言い表すならば、勘、ですかね」
お互いに言葉が被さってしまったので、ステラとラーウェリーはお互いに口を噤む。
そして沈黙が流れると、ステラは焦りと不安で視線をあちらこちらに向ける。
(どうしよう、どうしよう……っ!?)
無言が長く続くのに比例して、その場の気まずさが上昇していく。
もう一度ラーウェリーの顔を視野に入れようと、顔を上げた。
「……っ」
噴き出す声がした。
それも、笑うとき特有の。
勿論、ステラの笑いではないので、消去法で誰のものかは分かった。
――つまりは。
「な、なんで笑ってるんですか?!」
「いっ、いやっ……っ」
いつも微笑みを崩さないラーウェリーが、口元に手を触れて笑っていた。
ステラが何故かと聞いてみても、しばらくその笑いにハマってしまっていたようで、その口からは笑い声しか出ない。
(……っ!)
それを見ていて、なんだか恥ずかしくなってきたステラは、何かを決心する。
「フッ……!」
そして、ポーズをとった。
しかし、ステラのしたポーズは、言ってはなんだが、常じゃなかった。
ローブに体の全てを隠し、体を球状に丸めていた。
それを見たラーウェリーは、ようやく笑わなくなる。
「申し訳ありません。……面白いと言えど、ステラ様の前で笑ってしまうなど……」
いつも通りの落ち着いた表情に戻ると、ステラは、隠していた腕や足諸々をローブの穴から出す。
その行動にまた笑いが込み上げてきたラーウェリーだったが、二度目はなく、落ち着いていた。
「……とはいえ、私はルルア様の実力は、随分前にしかと目に焼き付けています。それゆえ、信じて待つのです」
「信じて……」
「いずれ、そう遠くない日にステラ様にも討伐依頼や伝達が来ると思われます。それらを乗り越えていけば、自ずと気持ちが軽くなるのではないでしょうか」
笑みを浮かべて答えるラーウェリーを見ていると、自然と心を締め付けていたものが解かれる感覚がする。
(そうだ。私、花使いになったんだ)
一般人の人間ではない、魔術師としての人間としてこれからを過ごしていくのだ。
ならば、出来ることをしようではないか。
(……よし)
そうしてステラは平常を取り戻し、深呼吸をする。
「何か、買ってきましょうか」
ラーウェリーが尋ねたので、ステラは「お願いします」と会釈する。
ラーウェリーはリヴェルにも同じことを言うと、ステラとリヴェルを置いて、屋台の方へと向かっていく。
リヴェルも、ステラの元に来るとルルアが向かっていった方向を差す。
「少々、ルルア様にお呼び出しされたので、失礼致します」
ステラが頷くと、リヴェルは裏道へ駆けていく。
二人を見送ると、丁度、ステラの目線の先から、一羽の鳥が飛んでくるのが見えた。
それも、ステラに向かって速度を落とすことなく。
(な、なな何?!)
一息ついて間もなかったので、ステラは考えるよりも早く手を出してしまった。
「危ないっ……」
衝撃を感じ取りながら、手のひらで辛うじて受け止めると、ステラは恐る恐る鳥を目視する。
大きい衝撃だったが、幸い、怪我などはしていないようだ。
何かと間違って飛んできてしまったのか、と鳥を手のひらから下ろそうと、身をかがめる。
けれど、鳥は離れようとしない。
「おー、降りてー」
優しく声を掛けてもなお、鳥は手のひらに留まっている。
(え、えっと……?)
場所が悪いのか、と、ステラが立ち上がって別の場所を探そうと振り向く。
すると、鳥の口から思わぬ言葉が聞こえた。
「ウケトッテ」
その声は、鳥をそう言わせるように調教させたような声。すなわち人間の声ではない。
「……受け取って?」
鳥が言葉を発したことについて、ステラは思考が止まる。
(喋る鳥?そんなの、現実で……)
ステラは頭の中で鳥の言葉を繰り返す。
駄目だ。おかしいとしか思えない。
図書館の本やら魔術書やら常々読み漁るステラにとって、全くの未知だった。
「ウケトッテ」
(受け取って、って言われてもなぁ……?)
間を開けてもう一度言う鳥に、ステラは当惑した様子で鳥を観察する。
頭から腹から足から各々隅々まで見てみたが、喋る他おかしいところは見当たらない。
「何なの、この鳥……」
「鳥、ですか?」
買い物を終えた様子のラーウェリーが、ステラの顔を覗き込む。
ステラはラーウェリーに手のひらに乗った鳥を確認すると、目を丸くする。
「ステラ様、急いでお開けください!」
「開けてって……。ど、どうやるんですか?」
気が動転したステラは、動じない鳥を持ちながら、ラーウェリーに尋ねる。
それを見たラーウェリーは、素早く自身の手を差し出す。
「では、お貸しください!」
言われるがまま、鳥をラーウェリーに渡すと、ラーウェリーは鳴かぬ鳥の両翼を思い切り引っ張る。
「なっ……?!」
ラーウェリーに引っ張られた鳥は、みるみるうちに体が引き伸ばされていく。
そこまでは想像通りだった。
けれど、その後、鳥は変身が解けたように折られた紙と化し、ラーウェリーの手のひらに紙だけが残る。
「どうぞ、お読みくださいませ」
(お読みくださいませ……って)
呆気にとられて、ステラはその状態に理解が追いついていなかった。
ひとまず受け取ると、瞬時にその折られた鳥は光を纏い、手紙に早変わりする。
(これも、魔術なのかな?)
魔術書を読み漁るステラでも分からない魔術。
興味深いが、そんな場合ではないので手紙の封を開ける。
「それは、伝達用鳥です。主に郵便より早く伝えなければならないことを書いて送る用として使われています」
ラーウェリーの説明に、ステラはなるほど、と頷く。
緊張しつつもそっと中を見てみると、ステラはそこに書かれた文章を口に出して読む。
「『ステラ様より、この度は王都街での魔物退治に参じていただきたく存じます』……?」
(ということは……)
「依頼任務ということでしょうね」
ラーウェリーが代弁する。
後の文も読んだが、どうやら大事なことは最初だけらしい。
(でも……)
「……」
ステラは元々一般人であり、魔術を使ったことは一度もない。
そんなステラが、果たして何の役に立つというのだろうか。
手紙を持ったまま立ち尽くしていると、ステラの様子を見たラーウェリーは、一歩、二歩と歩み寄る。
「私も同行いたします」
「え……?」
「初めての依頼任務ですし、まだ正式に花使いの使命も降りた訳ではありません。おそらく、本日は様子を見ていけばいいでしょう。ルルア様もいらっしゃいますし」
それもそうだ。
ステラは〈花使い〉になったとは言われたが、まだ正式には認められてはいない。
(一緒なら、……多分きっと)
深呼吸をすると、ステラはより引き締まった顔で、ラーウェリーに言った。
「ありがとうございます。私、行きます」
先にリヴェルが向かった裏道を通ると、被害があった場所の惨状が目に入る。
「これって……」
見上げるほどに巨大化した夜狼だった。
大きく低音で唸り、街道の建物や屋台に爪を立てている。
地面に空いた窪みが、衝撃音がした理由だろう。
辺りには引っかき傷が大量で、大分苦戦したのが目に見えて分かる。
そういう結界を張っていたのか、反対側からは見えないようになっていたようだ。
ステラは夜狼についての知識を引き絞りながら、影から影へと移る。
(えっと、確か夜狼は……)
夜狼は、昼間に活動する狼とは異なり、主に夜に活動する狼である。
常時は、人間に被害を与えることはない。
しかし、精霊の咲かす魔力の花々や植物が生え揃う汚染樹林と呼ばれる森か山に滞在していれば、話は変わる。
魔造花を咲かさない人間を含む多くの動物は、魔力の濃い地に滞在すればするほど、体内に異常を来す。
時に精神を崩壊させ凶暴化し、時に死を齎し……。
その症状を、人々は魔力摂取障害と呼ぶ。
きっと、この夜狼は居過ぎたのだろう。
「この変わりよう、多分一ヶ月は汚染樹林に在留してたんだ……」
哀れみを浮かべながら、ステラは夜狼を見上げる。
夜狼の灰色の毛を生やした皮膚には傷が何個もあり、相当苦戦しているようだ。
「……あ!」
辺りを見渡したところで、ステラはある人物を見つけた。
「ルルア様、それにリヴェルさん?!」
詠唱をし、必死に魔術を展開しているルルアとリヴェルの姿があった。
その戦いぶりには迷いがなく、ステラを圧倒させる。
流石、〈博識の五色〉とその契約精霊と言ったところだろうか。
ところが、ルルアの衣服や手足には泥や砂が付いて汚れている。
助ける手立てはないか、とラーウェリーの隣で考える。
(魔術の使い方も分からないし……。来てみたはいいけどどうしたら……)
途端、頭を抱えるステラの後ろに、突然人の気配がする。
「おや、ステラではありませんか」
振り向くと、そこには〈花使い〉第三芽、蒼穹の魔女、リリーがいた。
前にあった時と同じように、ケープを身に付けている。
「ラーウェリーさんも。もしかしてルルアさんの付き添いですか?」
「……まぁ、そんなところですかね」
二人は知り合いのようで、会話を交わす。
どうしてここにいるのか、と愕然としていると、更にリリーの背後からもう一人の足音がした。
「博識の五色がいても駄目かー」
見ると、同じく〈花使い〉第二芽、灯花の魔術師、エディだった。
エディもまた、リリーと同じようにケープを身に纏っていた。
エディはまるで緊張感のないまま戦いを眺めると、躊躇いもなく影から足を踏み出す。
「え、あ……?」
「じゃあ、先、応援行っておくわ」
「行ってらっしゃい」
ステラの反応など気にしていないようで、二人はそれだけ交わすと、エディは飛行魔術を展開し、戦いの中に入る。
不安げにエディを目で追うが、エディには表情の曇りも迷いもなかった。
「えっと……」
空いた口が塞がらない、というのは、こういうことなのだ、と初めて実感する。
すると、続けてリリーはステラを見て言う。
「私ももう時期行かねばなりませんので、簡潔にお話を致しますね」
「は、はい」
「私たちが夜狼との闘争の間、貴方は花使いの儀式をしてもらいたいのです」
改まって、リリーはステラに自身の肩掛け鞄からケープを取り出すと、ステラに手渡す。
ステラはそれを受け取ると、畳まれているのを広げ、全体を見る。
そのケープは、まさにリリーとエディが身に付けているものと一致している。
(これ……)
「花使いの正装です。これを着て、ステラには花使いの儀式をしてもらいたくて」
「……花使いの儀式?」
「そう、ルルアさんに話は聞いているでしょう?〈百花繚乱〉について」
「百花繚乱……」
〈花使い〉が有する力、それが〈百花繚乱〉だったか。
ステラが頷くと、リリーは話を続ける。
「今から行うのは、それを使えるかの試し……、ということです。……この依頼任務を乗り越えれば、正式に花使いと認められる」
「正式に花使いに……」
これが現実なのか認識していないようだったが、構わずしてリリーは私物の肩掛けの鞄に手を伸ばす。
そして、ゴソゴソと漁ると、何やら鞄から取り出す。
「あと、これです」
リリーに渡されたのは、古色蒼然とした古い本。
「こちらに、幻獣を呼び出す際の詠唱を載せてあります」
リリーにそう言われて開くと、すぐさまステラは本を広げる。
言われた通り、長い詠唱が載っていた。
(これを詠唱する……)
心の中で呟くと、直後、先程エディが入っていった戦闘の様子が打って変わって激しさを増す。
先程とは異なり、爆発音と衝撃音が休む間もなく聞こえてくる。
三人はその音に反応すると、リリーは戦闘の場を向き直す。
「……準備は出来ていますか?」
「えっと……」
少なからず懸念はあったが、ステラは横目で火花の散る戦闘を見る。
(……魔術師になれるなら、経験を積まなくちゃ)
そう自分に言い聞かせると、ギュッ、と強く胸に本を抱く。
そして深呼吸をすると、リリーとラーウェリーを交互に見て言った。
「……分かりました」
それから程なくして、先程にも増した衝撃音が聞こえた。




