【2-1】熱意の籠った討論(※自己紹介です)
図書館を歩いていくと、奥にあるこじんまりとした部屋に着いた。
(図書館に、こんなところあったんだ……?)
数年間この図書館に通いつめているステラにとっても、新しい発見だった。
前を歩く男性が扉を開けると、ステラは指示されるがまま、教卓のようなものの前に立つ。
「では、自己紹介を」
その声で姿勢を正すと、ステラは部屋を見渡す。
(ここが……)
十分に設計された窓に、広々とした間。
そこにある机に座る、他の見習い弟子の姿、全てが目に入る。
自己紹介だけでも気圧されそうだったが、こんな設備を見てしまえば、自ずと息を呑む。
手元を確認してみると、男性の一言で更に高まった緊張で手が震えていた。
しかし、早く終わらせるには早く話さねばならない。
不安だったが、ステラは決心すると、思い立って思いついたことを手当たり次第に口に出した。
「え、えっと……、ステラ・メイフィア……です!好きな魔術式は……星属性魔術と水属性魔術の複合魔術式です!……そ、それで……!好きなところを選ぶとすれば、術式と術式の繋がりの部分の固定文字の……――」
熱量が上がっていくステラを、部屋にいる見習い弟子は凝視する。
それに比べて、ステラは収まるどころか、気にせずヒートアップして、魅力について語り始める。
「その魔術式の解説が載っているのが、マーター資料というデータに書かれた本で……」
そんなことにも気付かず十分程話し続けたステラは、好きなポイントプレゼンに区切りをつけると、改めて男性を含めた見習い弟子をもう一度見渡す。
そこで初めて、ステラは気付いた。
自己紹介と言いながらも、好きな本の話題の話ばかりしていたこと、そして十分程も同じ話題を話していたことを。
気付いて初めて、ステラは頬を真っ赤に染める。
(やっちゃった……?!)
時差で気付いたのも空しく、ステラは男性に言われた席に急いでついた。
それからこの図書館についてと、見習い弟子についての話を聞いた。
何年と通っているステラにとって、図書館の説明は不要かと思われたが、案外無知であったことが示された。
まず一つ目は、毎日通う、ということだった。
基本的に図書館の司書は入れ替わりで番を交代している。
それに、司書は司書でも得意な分野も苦手な分野もある。
なので、全てを均等に学ぶために、毎日通う必要があるらしい。
二つ目に、基本的に時間割は無い、ということ。
司書の隙間時間に教えるというのが通常のセオリーらしい。
最後に、司書の繁忙期は時折色々な学園を飛び回って、授業を受けることがある、ということ。
国立図書館の司書は、一年に二、三回、二か月程に蔵書の点検や館以外の別の仕事に追われる時期があるらしいのだ。
男性は、それに関わる仕事を担う図書館の職員、ラルフ・オスカーということも教えてもらった。
今は自由時間らしく、ラルフは部屋を後にした為、ステラを除いた見習い弟子は席を立ってそれぞれで話を続けている。
(……さてと)
説明を心の中で復唱し終えると、ステラはいつものように本を探しに行こうと席を立つ。
だが、その前に僅かに高い声で引き留められた。
「……ねぇ」
振り向くと、そこにはステラより少し背の高い金茶の髪をした、落ち着いた雰囲気の少女の姿があった。
ステラが「どうしましたか?」と聞くと、少女は落ち着いた様子で、自信を名乗る。
「私、メイ・ヘルナー。よろしく」
「よろしく……お願いします」
「……」
ステラが返すと、メイはステラの目を見ながらじりじりと徐々に近付く。
(な、何かしちゃったかな……?……もしかして自己紹介に起こってる?!)
思い当たることが次々と出てきて、言いつめられることを覚悟していたが、メイが喋ったのはそれではなかった。
「……分かる」
「え?」
『つまらなかった』でもなく、『時間を無駄にさせないで』でもなく、『分かる』。
ステラは予想外の言葉に目を丸くし、唖然とする。
嘘だろうか、とも疑ったが、表情からしてそれは無い。
では何か。
「……な、何が――」
「貴方の話よ。それ以外何があるのよ」
「えっと……」
(私の話が……)
初めて、自分の話が理解された。
その事実に、ステラは酷く耳を疑った。
今までで、ステラの魔術の話で理解されることは無かったのだ。
呆然としていると、ステラの様子を見たメイは、咳払いをする。
「……それで、貴方はなんで司書の弟子になろうとしたの?」
気を遣ってくれたのか、話の話題を変えて続ける。
「それは……」
その気遣いの問いにも、ステラは頭を悩ませる。
(なんて言えば……)
ステラが司書の弟子になろうとしたのは、『花使いとして十分の魔術を扱う力を補い、魔術師として精進したいから』。
それを正直に言いたいのが本音だが、問題はその後。
ステラが一般人だったこと、花使いであることを知られれば、何が起こるか計り知れない。
平穏な毎日を願うステラは、少しでもその可能性を潰したい。
それらを踏まえると、安易に伝えてしまうのは良くないだろう。
(それに……。ルルア様にも言われてるし……)
――それは、馬車の中での会話。
「良いですか、ステラ様。己の手の内を容易に伝えてしまうのは、避けてください」
「それは……。なんでですか?」
突然の忠告に、ステラはうたた寝する手前のまどろみの中で目を覚ます。
目を擦り、尋ねてみると、ルルアは満面の笑みで、誰かの真似をするようにして「フッフッフ」と容姿に似合わない笑いを零す。
「……それはですね」
間を置くと、ルルアは頬に手を当ててあどけなくその続きを話した。
「世の中、情報というものがどう作用するのか分かりませんの。恋の末路のように、人は思うよりずっと怖いのですから!……とウィリアが」
まさかのウィリアの台詞だった。
しかし姉妹ながら案外似てるな、とステラは思う。
「……ウィリアが言うことですが、簡単に片付けられない問題だと思いますので、努努お忘れなきように」
ルルアの言い方に疑問に思ったが、ステラは納得したように返事をするだけだった。
「へ、へぇ……」――
その時は苦笑いをしてその場で流した位だったが、ただ今それを思い出す機会になってしまった。
果たして良いのか悪いのか……。
(でも、なんて言おう……)
手の内を話さない、というものがどの程度のものなのかも判断出来ない。
嘘をつけばいい話ではあるが、出来るだけ嘘はつきたくない、というのが本音。
数秒の中で、ステラは良さげな案を頭に思い浮かべる。
――つい一昨日まで一般人だったから、心得を学びたくて!……は普通に駄目。
――花使いの仕事の為に魔術を学びたいから!……も駄目。
(良さげ、良さげなのは……)
目を瞑って考えていると、突如とてもいい案が思い浮かんだ。
嘘をつかず、手の内を出さない。そして平穏のままその場をやり過ごせる理由。
――ルルア様に勧められて!……よし、これで行こう。
自分の脳に感謝を伝えると、ステラはメイに言った。
「る……、ルルア・フォマリア様に勧められて!」
心做しか、気分が高揚しているのを感じる。
(何も気にしてませんように……っ)
様子を窺いながら応答を待つ。
けれども、中々返事は返ってこない。
(だ、駄目だった……?)
早くも安定魔術師ライフ終了かと思われたが、そうではなかった。
少し間を置くと、表情を一切変えず、メイは答える。
「……そう?」
(良かった……!)
変人魔術師ライフを免れたのにほっ、と息を吐くと、ステラは悦びを噛み締める。
「……っていうことは、博識の五色様と、知り合いなの?」
直後に聞かれた質問に、ステラは迷いもなく答えた。答えてしまった。
「いや、そうじゃなくて、昨日偶々――」
「偶々?」
「ルルア様のおやし……きの前を歩いてたら、スカウト?みたいに誘われて……」
(危ない危ない……!?)
この流れは「屋敷に抱えられて、ふと目を覚ましたら自分が花使いって言われちゃって……」の流れ。
一言でルルアの尊厳に関わる話と手の内を話してしまうところだった。
ステラは胸を撫で下ろすと、再びメイの方を見る。
「へぇ……」
どうやら、失言に違和感は持っていない模様だ。
(なら、良かったけど……)
「どうしたの?」
「あぁ……、ううん。平気」
「なら、いいけど……」
首を横に振るが、メイは何かを気にしているようだったが、気にせず、今後はステラから話し掛けた。
「メイさんは、いつから司書の見習い弟子になったの?」
「メイ、でいいわ」
「じゃあ、……メイ」
言い直すと、メイは熟考した後、指折って何かを数える。
「……そうね、今が十五歳だから、十歳頃?」
「じ、十歳?!」
「何驚いてるの?普通はこれくらいから指導を受けるものでしょ?」
当たり前のように、メイは聞き返す。
そうか、これが普通なのか。
魔術師の常識を一つ学びながら、ステラは魔術師を装って頷く。
「あ、あぁ……。そうだね」
「でも常識的には、専門の学校に行かないで弟子になる方が異質だし」
気丈な口調とは裏腹に、メイは目を伏せながら話す。
不思議に思ったステラは、躊躇うことなく尋ねる。
「じゃあ……。メイは、行かなかったの?」
「……それは」
言葉を詰まらせると、瞳孔を震わせながらメイはそっぽを向く。
(き、聞かない方が良かった……のかな)
思いのほか、ズイズイと聞きすぎたのかもしれない。
「無理なら、無理で大丈夫なんだけど……」
ステラが言うと、メイはハッとしてすぐさまステラに向き直る。
「……大丈夫。こっちこそ、ごめんなさい」
「いやいや、私のせいだから、気にしなくていいよ!」
ステラが手を振ると、メイは目を剥く。
「ありがとう」
呟くように告げると、ステラは手を振る速度を速める。
(私も無理に聞いちゃったし、お互い様、みたいな感じで終われれば……)
そうして互いが笑みを取り戻すと、バツが悪そうにメイは顔を背けながら言う。
「……そ、それで、魔術の話に戻るけど」
「う、うん……」
間を置くと、メイは「そ、そのっ……」と逡巡しながら何かを呟いていた。
言い出すべきか迷いに迷ったステラは、思い切って口にしてみることにした。
「め、メイ!」
悠然と構えると、ステラは続けて言った。
「こっ……、これから図書館見て回らない?こ、好み……とか知りたいな、って思って!」
「好み……」
最初は言葉を失ったメイだったが、ステラの声掛けに気後れしながらも答えた。
「も、勿論!」




