【2-2】一難(男二人)去ってまた一難(筋肉痛)
そうしてきた訳なのだが。
どうしてだか、ステラはメイに手を掴まれ、引っ張られている。
加えて、メイのステラを引っ張る手とは反対の手――左手には、無かったはずの火傷の跡がある。
(……あぁ、あんなこと言わなければぁ……)
その事情は数分前に遡る。
――部屋を出たステラとメイが、図書館の本棟に向かっている途中だった。
嬉々として、魔術の話が出来ることを楽しみにしながら通路を歩いていると、ステラたちが出てきた部屋とは別の部屋から、青年二人が扉を開けて外に出てきた。
二人共、ステラたちと同じように見習い弟子のローブを身に付けている。
まさか、二つクラスあるのか、とステラが驚いていると、その青年二人はメイを見るなり声を上げる。
「……お!お気楽令嬢が来たぞ!」
「……」
黒髪の方の青年が声を掛けるが、メイはそれを無視して先を歩く。
「どうですか、庶民の世界は?」
(……庶民?)
「……」
ひたすら黙って通り過ぎると、もう一方の茶髪の青年がケラケラと笑いながら追い打ちをかける。
「おーい」
「聞こえてますかー」
それでもメイは黙っていた。
声を掛けられているので、返事はしなければ、と思ったステラは代わりに答える。
「あの……。メイに何か用があるんですか?」
「あ……?」
黒髪の青年が怯むと、隣にいた茶髪の青年はステラの顔を覗き込む。
「……新入生か。俺は顔の知らない新入生には何もしねぇから、黙ってろ」
「うっ……」
「何の用?」
ようやくメイが口を開くと、茶髪の青年はメイに顔を近付けながら言う。
「いいや、いつも通りだよ」
「まぁ、こんな話してるのも無駄だからさ――」
そう言うと、黒髪の青年は何かをぶつぶつと呟く。
――詠唱だ。
(メイ……?!)
メイに魔術を使おうとしていたので、咄嗟に気付いたステラがメイを庇おうと前に出た時だった。
「なーにしてんだか」
青年二人組とは違う、男性の声がした。
その声に反応して、詠唱を終え、火の魔術が展開されたが、黒髪の青年は手を止める。
振り向くと、呆れたようにこちらへ向かってくる薄い金髪、碧眼の青年の姿があった。
「ここの掟、忘れた?」
「“司書の見習い弟子が、図書館内で故意に魔術を発動させることは、何があろうと禁ずる”っていうやつ。それ、破ってるよ?」
「だからなんだよ」
額に汗をにじませながら茶髪の青年が盾突くと、薄い金髪の青年は言う。
「分からない?一人前になるまで弟子として居続けるっていう契約が剥奪されるんだよ」
「……お前には関係ないだろ」
「そうだね。君たちの話は僕には関係ない。だけど、僕は最低限真面目に過ごしたいんだ。……だから」
青年は背後から何かを取り出すと、青年二人組に向ける。
(……リボン?)
青年が取り出したのは、紺色のリボン。
一体何が出来るのだろうか、とステラは息を呑む。
しかし、それはステラが思っていたのとはかなり異なるものだった。
一見、普通のリボンだと思われたものは青年が前に振り出すと鉄の如く固く変化する。
そして素早く波打つと、青年二人組に巻き付く。
「おい!これ、魔術じゃねぇのか?!」
「習わなかった?これは魔道具。魔術じゃないよ」
吠える黒髪の青年を睨むと、青年はリボンを引っ張って自身の元に引き寄せる。
「大人しくここで待ってて。管理人さんを呼ぶから」
「チッ……」
茶髪の青年が舌打ちすると、何も言わずメイは通路を走り出す。
「ち、ちょっと……?!」
ステラが声を出すと、それを見切った黒髪の青年は展開していた火の玉をメイ目掛けて投げつける。
火の玉は一直線に向かい、メイの左手に直撃する。
「……っ」
ジュッ、という焼ける音がすると、メイは歯を噛みしめる。
「……――めっ!」
小さく呟いたが、大きく声は出さないようにして、ステラと共にその場を去っていった。
――その結果がこれだ。
青年たちから離れたところで、メイはようやく足を止める。
ステラを掴む力も緩み、メイは左手を右手で握るようにしながら蹲る。
「だ、大丈夫……?」
「……大丈夫。いつものことだから」
そう言うが、メイの手は火傷で皮膚が爛れている。
どう見ても大丈夫じゃない。
(この前、私を手当てしてくれた人、いないかな)
手当してくれた人、とは銀髪の女性のことである。
きっと、メイなら知っているであろう。
「図書館に医務室ってなかったっけ」
「……あるけど、あまり行きたくない。このままでいいから、行きましょ」
「でも……」
ふらふらとよろけながら立ち上がるメイを見て、見ていられなくなったステラは、メイの手を引いて、図書館の出入り口へと向かう。
「ど、どうして出入り口なんかに?」
出入り口に行っても、手当てするものも医務室も何も無い。
だが、ステラはそれではない別の目的の為に走っていた。
ステラはメイの訊ねに、真剣な目つきで返した。
「地図、地図を見れば分かるからっ!」
ステラの提案を断ったメイは、医務室の場所を教えてくれないだろう。
ならば、自分で探すのみ。
ステラは心に決めて、力一杯通路の床を踏みしめた。
「――で、ここまで来たって訳ね」
息切れするステラの前で、銀髪の女性はメイの手に消毒液を垂らしながら言う。
(よ、良かった……、迷わなくて……)
胸を撫で下ろすと、ふぅ、と一息つく。
詳細を言うと、図書館の医務室があったのはステラがいつも向かう棟でも、見知った場所でもなく、図書館の奥端、出入り口の真反対にあった。
結構な距離があったので、一応、ステラの全力で飛ばしてきた。
しかし、運動不足の人間が全力で走ると筋肉痛になるものだ。
筋肉のありとあらゆる箇所が悲鳴を上げている。
(これは、しばらく長引くよね……)
途方に暮れていると、あっという間にメイの処置が終わる。
「これで大丈夫。包帯、今日一日は外さないでね」
「分かりました」
「あと、怪我したら早く来なさいね。跡が残ることもあるから」
念を押して忠告すると、メイは反抗することなく頷く。
医務室にあまり行きたくない、と言って労りには、やけに素直に応じるメイに、ステラは首を傾げる。
(何かしら事情があるのかな?)
「じゃあ、戻っていいわよ」
銀髪の女性が言うと、メイは目にも止まらぬ早さで医務室を出る扉に向かう。
「ち、ちょっと待って!?」
出遅れたステラは、メイが扉を開ける位に扉へ向かうと、「ありがとうございました!」とだけ言い、医務室を後にする。
合わせて十秒程だろうか。
その素早さに銀髪の女性はクスッ、と微笑みを浮かべて呟いた。
「……仲良くしてあげてね、ステラさん」
それからというもの。
ステラとメイは図書館の魔術書棟に入り浸り、弁論大会を開催していた。
初めは不安でしかなかったが、どんどん話していくうちにメイの好みが知れたり、ステラの好きな分野について話すことができた。
その中でも、ステラが認知していなかった話題にも触れられたことが、ステラにとっては嬉しかった。
そんなこともあり、弁論は白熱していた。
けれど、時間というものは残酷で、気が付いたときには、最頂点に昇っていた太陽が沈みかけて、空は赤く染まっている。
その日は指導も無かったので、一先ず今日は解散、という形になった。
早めに屋敷へ戻ると、ステラはベッドに倒れ込む。
「つ、疲れたぁ……」
体中筋肉痛で限界である。
とはいえ、今日は色々あったものだ。
「メイ、大丈夫かな」
手の怪我や、あの騒ぎのあとのことも知りたかったがそれを知られずに今日が終わってしまった。
(また、明日にでも聞いてみようかな)
意外に自分は疲れていたのか、ベッドに潜るといつの間に眠りについていた。
――「んんん……」
一人の少女が、片手に分厚い本を持ちながら、奇妙に声を上げていた。
「どうしたんだい?こんなところで」
扉が開く音がすると、少女の元に一人の男性が近付く。
少女は、男性の声がすると、迷いなく振り返る。
「おとーさん!」
「……ん?」
初めは暗闇にあまり目が慣れていなかったのではっきりとは見えなかったが、次第に男性はそれを目にする。
鈍器のように重い辞書を片手に持ちながらこちらに迫り来る少女に、男性――少女の父は顔を引き攣らせる。が、娘が為に表情には出さないようにした。
「あ、危ないぞ?!そんな雑に扱っちゃあ駄目じゃないか」
「ご、ごめんなさい……、おとーさん」
「ま、まぁ、無事ならいいんだけどね」
娘が無事だったことに胸を撫で下ろすと、少女は反省もなく父に寄る。
「このね、本ね!とってもすごいことが書いてあったの!」
「凄いこと?」
「うん!まじゅつ……?ってやつの、よーごってやつが、いっっぱいのってるの!」
少女の父は、何を読んだのかと娘から辞書を受け取る。
そこには、〈魔術用語辞典〉とだけ書かれていた。
普通ならば、この後娘にどのような本なのかを説明するべきなのだが、何を思ったのかそれを隠すようにして続ける。
「……――はね、読んじゃダメなんだ」
「……?なんで?」
「それは……」
少女に向けて、少女の父はかなりの長い間、黙って思案する。
そして少女が飽き足りた頃、口を開く。
「――には関係ないから、というべきかな」
「かんけい、ない……?」
「そう。だから、もうここには来ないようにしてくれるかい?」
理由も話さず約束を持ち出す父に、娘は疑問を持つことなく素直に承諾した。
「うん!分かった!」――
* * *
「……ん」
ステラは目を覚ました。
(夢……か)
何だか初めてではない何かを体験したようで、不思議な気持ちになる。
(……気の所為かな)
そういって考えるのを辞めると、ふと自分の様子がいつもと違うのを感じる。
通常ならベッドに縋りたい程に眠たいことが多いのだが、今回は睡眠が深かったのか、一段と体が軽い。
だが、昨日の筋肉痛は健在のようで、体を動かすと一息に襲いかかる。
「い、いでで……」
小さく呟くように声を漏らすと、ステラは筋肉痛に苛まれる体を引き摺るようにしてベッドから体を起こし、立ち上がる。
立ち上がると、更に筋肉痛がステラに襲いかかったが、ステラは腰が曲がった老婆のようにヨボヨボと足を動かす。
時間が時間だったので、ステラはそのまま朝食を食べようと、階段へ向かう。
「……階段」
やっとこさ階段まで来たところで、ステラは階段を怪訝そうに見る。
(絶対、痛い)
筋肉痛まっしぐらのステラが階段を降りれば、その体にかかる痛みは、考えるだけで想像を絶する。
生憎、ルルアの屋敷には階段以外昇り降りする方法は無い。
本来ならばそこで諦めるところだが、ステラは違った。
(……なら)
「あの方法を、するしか!」
ステラの言う『あの方法』とは、すなわち『ゴロゴロスライダー』である。
ステラがかつて読んだことのある小説には、階段から足を踏み外したことにより、階段をゴロゴロとスライダーしていく展開があった。
それをやるしか!と思ったステラだったが、冷静に考えた後、流石に危ないかと手を止める。
では何をすべきか、と頭を回転させると、一つの案が降りてきた。
(……!)
ステラは思いつくとすぐに行動に移す。
方向転換してもう一度自分の部屋に戻ると、本棚から一冊の本を取り出す。
「あった……!」
ステラが手に取ったのは、『飛行魔術のあれこれ』と書かれた本。
部屋に案内してもらったあと、ルルアに本棚にある本をいくつか教えてもらっていたのだ。
(この中にある魔術で、何とかなりそうなものは……)
本を開き、咄嗟に見つけた魔術を凝視する。
(ま、魔術って、詠唱?すれば発動するんだったよね)
夜狼を倒した時にも、一度詠唱をして魔術を使った。
その応用でいけば、なんとかなるだろう。
古代文字もステラの頭には、すぐに書ける程叩き込まれている。
「よしっ……」
深呼吸をして階段の前に立つと、ステラは詠唱をした。
「――流せ」
詠唱を終えると、足元には魔法陣が浮かび上がり、みるみるうちにステラの体を緑色のオーラを纏った風が包む。
そのまま真上に浮き上がると、階段下までゆっくりとステラの体を運ぶ。
「……!」
精度はなんとも言えなかったが、魔術を使えた、という事実には心を踊らせる。
そして、無事に着地すると、ステラは筋肉痛であることも忘れ、喜びを噛み締めると、ウキウキでリビングへと向かっていった。




