【2-3】武勇伝講義中にお話を
世界有数の蔵書数を誇るウィルディア王国立図書館は、全部で五つの棟で成り立っている。
一つ、魔術棟。魔術に関する書や本、基本全てのものを蔵書している。
二つ、小説棟。その名の通り小説が蔵書されている。
三つ、論文棟。名のある人物から無名の新人まで数々の論文が置いてある。
四つ、禁書棟。別名、禁書庫。主に古書や危険視された魔術書などが封印されている。
五つ、研究室棟。図書館で働く者や見習い弟子が学んだりする部屋などがある、一般の人間の出入りが禁じられている棟。
そのうちの研究室棟で、ステラは他の見習い弟子たちと共に、実践を行っていた。
指導する司書を心配していたが、幸いヴェルトではなく、別の司書が受け持っていた。
赤茶色の短い髪をしていて、比較的見た目は若めである。
その司書の名は、ニック・レイフ。
王都のクリスト学園にて魔術高等部実践科に勤めていた。
そんな中で、彼は様々な苦悩を乗り越えてきた……らしい。
ステラは今、同部屋の見習い弟子と、ニックの武勇伝を聞かされていた。
「んっん。という訳で、校内を破壊しまくった問題児を、俺が火薬を巻き付けて吹っ飛ばしたという訳で……」
同部屋の見習い弟子の大半とステラやメイが苦笑している中で、一人の青年が手を挙げる。
「先生ー!」
「なんだ」
「そこは魔術を使わなかったんすか?」
「ん、それはそうだな」
青年――確かデイヴ・ジェフリーだっただろうか、の質問に、どうやら納得したニックは自身の顎を触る。
(私たちはいつまで、武勇伝を聞かされるの……?)
肩を落として溜息をつくステラに、メイがそっと近寄り、ステラの耳元で耳打ちをする。
「大丈夫、大体こいつの授業は、武勇伝か他の司書に怒られるかだから」
大人しそうなメイも『こいつ』という程、呆れ果てている。
こういうことは頻繁に起こっているんだろう。
(……もう、結構時間経ってるけど)
気付けば武勇伝で三十分、時間が食われていた。
花使いの為にも、自分の為にも、早く魔術を学びたいステラは、他の司書がここに来るのを願う。
(だ、誰か……っ)
淡い期待を胸にじっとニックもデイヴの白熱した会話を聞いていた時、突然隣から声を掛けられるのを感じる。
「ねぇ」
メイではない、男性の声。
ニックは武勇伝を話しているので、見習い弟子の誰かだろう。
「は、はい……?」
ゆっくりと顔を動かしてその人物を目に映す。
薄い金髪に、碧眼の青年が、ステラの真隣に居た。
「はぅっ」
近かったのと、緊張していたのとで変な声が出てしまったが、気を取り直して青年の方を向く。
青年は和かに笑みを浮かべると、ステラはそのままで尋ねる。
「ど、どうしたんですか?」
「いやぁ、何となくかな?」
「えっと……?」
自己紹介の時、見習い弟子一人一人とも自己紹介をした。
確か……ノエル・ティフィ・レナードだったか。
(なんで、話しかけてきたんだろう……?)
訳が分からないまま首を傾げると、ノエルはハッとして顔を緩ませる。
「嘘嘘、ごめんごめん!急で困るよね」
「い、いえ……!」
ステラが言うと、ノエルは悪戯に笑う。
「話したいことがあってさ。どうせレイフ先生の話長いし、これから話せるか分からないし」
(長いことは分かってるんだ……)
なんとも言えない表情で流していると、ノエルはそのまま口を開く。
「昨日のこと、大丈夫だった?」
「昨日のこと?」
ステラは呟きながら記憶を遡る。
(昨日……って)
ノエルが関わるようなことが、何かあっただろうか。
ノエルのある程度整えられた顔を見つめ、ステラは頭の中で言葉を反復する。
ルルアと馬車に乗って図書館に来て、部屋に案内されて、絶望的な自己紹介を済ませ、メイに話し掛けられ――。
そこで思い出したステラは、気まずそうに呟く。
「他の弟子と、喧嘩した時……ですか」
「うん」
即答するノエルに、ステラは罪悪感を抱く。
(な、なんで忘れてたんだろ……?)
とはいえ、あの時はメイに絡んだ青年を追い払ってくれている間に逃げてきてしまった。
呑気に討論会を行っていたステラは、その後のことは何も分かっていなかった。
(あの時のメイが言ってた特殊文字の代入について、もっと聞きたかったな……。特に水属性の魔術式の最後の二文を当て嵌めたやつの……――)
顔を綻ばせながら先日の討論会を振り返るステラを、苦笑いで凌ぐと、ノエルは愛想笑いを浮かべる。
「――……聞いてる?」
「は、はいっ」
正気を取り戻したステラは、自身の頬を叩いて目を覚まさせる。
「け、結局、あの後って……」
「僕が館長に申し出たら、即日、二人は図書の掟を破ったから問答無用で破門だよ」
「……そう、ですか」
「図書の掟は結構厳しいんだ。弟子なら尚更ね。……でもメイは……」
何かを思い詰めるように、ノエルは一点を見つめる。
(掟っていうの、相当厳しいんだ……?でも……)
ステラの頭に、一つの疑問が生まれる。
「じゃあ――」
迷うことなく、ノエルに尋ねようと口を開けかける。
「――メイがなんで絡まれてたかってこと?」
ノエルがステラの目を見て言う。
(……っ!)
ノエルの凄まじい圧で、ステラは戦慄する。
ステラは口を開けたまま、ノエルを見上げる。
『余計なことを言えば、許さない』、言葉が無いながらも、何故だかそんなことを言っているようにすら、ステラは感じられた。
気を取り直そうとするが、気圧されて体がびくともしない。
そんなステラの様子を見ると、ノエルは慌てて笑みを作る。
「ご、ごめんね。何も言ってないのに睨んじゃって……」
「い、いや私こそ……!」
ステラも謝罪すると、ノエルは少し黙り込む。
そしてステラの身長に合わせて、目線を合わせる。
「聞きたいんだったらメイに直接聞いてみて。僕が気軽に話すことじゃないし。それに、君が来てからまだ一日しか経ってないし」
(あっ……)
あまり意識してはいなかったが、ステラはまだここの見習い弟子になってから日は浅い。
そんな外部から来た人間があれこれ聞くのも、良いことは無い。
それに、ステラはまだ図書館の司書の見習い弟子としての実感が持てていない。
(なら、まだ聞かない方が……)
小さく頷くと、いつの間にか前方のノエルが俯いているのが見える。
何かを堪えているように見えたので、ステラは驚きながらも「あ、あのぅ……」と声を掛ける。
すると、ノエルはステラの声を無視し、両手を握りながら面を上げる。
「……それより」
間を置いてから、ノエルはステラに一歩歩み寄る。
「君、博識の五色の知り合いなの?」
どうやら、司書の弟子というものは魔術師に興味津々らしい。
バレてもそれなりに支障もないし、包み隠す必要も無さそうだ。
突然の話の変わりように、ステラは考え込んでから面を上げる。
「知り合い……ですね」
「本当?!」
ステラが頷いた瞬間、ノエルは興奮気味にご自慢の碧眼を煌びやかに光らせる。
「僕、博識の五色に興味があるんだよね……!」
「……え?」
「ずっと聞きたかったんだ!君と博識の五色の出会いについて!」
段々とステラに近付くノエルと反対に、ステラは後方へ後退りする。
しかし、ノエルは足を止める気配がない。
「どうして出会ったの?君、十五歳くらいだよね、学校に通わないでこっちに来たくらいなら、なにか事情があるんだよね?!」
「じ、事情……」
(事情って言ったら……)
確実に全てを話す羽目になるだろう。
ステラは目を逸らしながら、昨日メイにも言った言い訳を口にする。
「す、スカウトだよ、スカウト!」
「スカウト?」
「そう、スカウト!この前歩いてたら声掛けられちゃって!」
嘘は言っていない。流れは違うが、ほとんど真実である。
ステラが満足そうに答えると、ノエルはやっとの思いで足を止める。
(大丈夫そう……かな?)
様子を窺い、ステラは胸を撫で下ろす。
完全にそれだけで済むとも思っていた。
だがしかし、それだけで済まなかった。
ノエルは更に足を早め、後退りするステラを押すようにして、ジリジリと壁際まで歩く。
「なら、スカウトの内容は?何処でスカウトされたの?格好良かった?!」
最後の質問は答えるのに迷ったが、ステラは先日のメイの時のように話を続ける。
「ルルア様のお屋敷の前で、魔術の才能がある?らしいから、だとは……」
「へぇ……!」
疑うことなく話を聞き続けるノエルを見ながら後退りしていると、とうとう壁に背中が当たるのを感じた。
これ以上下がれない状況ながらも、ノエルは知らず知らずにステラを追い詰める。
「あ、あのぅっ……?」
「じゃあどんな魔術が――」
「――辞めてあげて、ノエ」
その時、ノエルの声を掻き消すようにメイの声がする。
声がした方に目を向けると、メイがノエルとステラの顔と顔の間を手で遮っていた。
ノエルとメイに身長差がある為か、メイはプルプルと踵を上げて、精一杯背伸びをしている。
(あっ、えっと……?)
この状況は何をしたらいいのだろうか。
考えていたステラは、ノエルと共にポカン、と口を開けてメイを見ていた。
「な、何見てるの……?!」
顔を赤らめ、目を閉じたままメイは強めの口調で言う。
しかし、それにも構わずノエルは微笑みながら、メイの頬を容赦なく触る。
「いやぁ、メイ、今日も可愛いなぁって」
「いつも言ってるでしょ、そういうことしないでって」
「そうだけどさ……」
ムニムニと頬を揉まれると、メイは頬を膨らまし、眉を吊り上げる。
「と、に、か、く!」
メイは手を払うと、ノエルの額に人差し指を突き立てる。
「ステラを困らせるのだけは辞めて」
「はーい。分かりましたよ、メイさん」
明らかに反省していなかったが、慣れていたのだろう。メイは何も言わず、そのまま元の場所へ戻って行った。
(やけに潔いな……?)
「いつもこうなんだよね、メイ」
ノエルは頭を搔くと、小さく呟く。
「……仲良いんですね?」
「まぁ、幼なじみだからね」
「お、幼なじみ……?」
まさかの、幼なじみであった。
ステラは目を見開いてノエルを見る。
(だからかな……)
「だから、あの時もメイを助けて?」
「まぁ、そうだね。僕、他の子は絶対助けないから」
「へ、へぇ……」
何か事情があるのだろうか。
ステラは疑問に思ったが、先程のこともあり、聞かないことにした。
ステラがノエルの言葉に唖然としていると、ノエルは少し思案すると、ポツリと呟く。
「あ、でも。……ステラなら助けるかもなぁ」
「え?」
意外な言葉に、ステラはノエルを二度見する。
(助けるって、……なんで?)
そんなステラの様子を見たノエルは耐えきれずフッ、と噴き出す。
「深い意味は無いよ。君、メイと仲良いじゃん。なら無問題だよ」
言葉ではそう言っているが、中々信用がならない。
半信半疑で、ステラはゆっくりと頷く。
「そう、ですか……?」
「うん」
(そう、なんだ……)
即答するノエルに、ステラは俯くと別に思いついた疑問を尋ねてみた。
「……じゃあ、いつからメイと?」
「確か……。十年前からじゃなかったっけ?」
「……長いですね」
(なら、メイが五才くらいの時……ってことだよね)
そう考えると、この二人の付き合いはとてつもなく長い。
ステラが言うと、ノエルはステラの隣で壁に寄りかかる。
「そう?……でも、あの頃のメイは小さくて可愛かったなぁ」
「あ、あはは……」
ステラが苦笑すると、ノエルはふと前を見て焦った様子でステラの肩を叩く。
「そろそろレイフ先生の武勇伝終わりそうだよ?!」
「ほ、本当ですか……っ?!」
見ると、デイヴとニックが武勇伝の討論会が終わりを迎え、授業に差し掛かる寸前だった。
ステラはノエルと共にそそくさと元の位置へ戻る。
幸い間に合ったようで、特に注意はなく説明が始まる。
ホッ、と溜息を着きながら、ステラは隣にいるメイを見た。
(いつか、知れるといいな)
そう、思いながら。




