【2-4】悪夢を見ていた
授業は新入の見習い弟子が居ながらも、速度を落とすことなく進んでいた。
今日ステラたちが学ぶのは、魔術の行使中の魔術式の注意点。
ニックが全体に魔術を使うよう指示し、直しどころがあれば注意していく。
そんな流れで、ステラも魔術を使っていた。
「――意のままに」
ステラの使っている魔術は、“水の玉を生成する魔術”。
この魔術単体では、そうそう攻撃や日常生活には、役に立たない。
けれど、この魔術式に伸びの式や威力増倍の式を入れ込むと、その水はありとあらゆる魔術に応用出来るのである。
ステラが水魔術の詠唱をすると、ステラの手のひらには球体になった水の塊が生成される。
だが完全な球体ではなく、しばらくすると液体になり、ステラの手を水浸しにする。
(魔術は使えてる……けど、上手くは使えてないな……)
本当に魔力があることは間違いない。
先日と同じように、魔術は滞りなく使えている。
しかし、コントロールの仕方が飛行魔術の時より難しく、細かな調整が必要となる。
通常ならば、自身の魔力の流れを活かして発動するらしい。
だが、ステラは魔力の存在も感じ取れない。
ましてや、ついこの間まで一般人だったので、今はこうして苦戦を強いられている。
(魔術って、こんなに難しくて……――)
魔術の詠唱をしながら、ステラは俯く。
そしてすぐ顔を上げると、ステラは微笑みを浮かべ、自身の頬を触る。
(――……魅力的な分野なの?!)
ステラの頭には辛い、という言葉は無かった。
学んだこと全てを恵と思い、注意されれば、更に前進できると喜び、面倒事を押し付けられてもなお、屈することはなかった。
(ヴェルトさんと話してる時は、学ぶことも多いんだよなぁ……)
ヴェルトさんと話してる時、とは、ステラが図書館に通い始めた頃、天井までに積み上げられた本を盗み出そうとしていたところを、ヴェルトに見つかり、説教されたことである。
良い意味でも悪い意味でも楽観的である彼女は、最早辛いことはなかったのである。
ステラは顔を綻ばせながら、水が滴る手のひらを見つめる。
(これも全部、私が学んだ糧を活かしていて……!)
心の中で叫んでいると、背後から声が聞こえる。
「おい、メイフィア。魔力無駄にすんなよ?」
ビクッ、と震えながら後ろを振り向くと、完全に振り向く手前で手を掴まれる。
「さっきの私の話でも言っただろう?こうやって魔力を大量に使いすぎて、私が優雅に担いで医務室に送った奴がいるって」
「……あ、えっと」
ニックが、ステラの手を掴んでいた。
(さっきの話って……。ぶ、武勇伝の話……?)
聞き覚えがなかったので、ほぼ確実にそうだろう。
ステラがあれこれ考えていると、ニックはステラが有無を言う前に詰め寄る。
「とにかく!一旦詠唱を辞めろ。……頭、ぼーってしないか?」
言われるがままに手を止めると、ステラは棒立ちでニックを見る。
(ぼーってしてないか、って言われても……)
しばらく立ってみるが、言われた風にぼーっとなる気配は一切ない。
頭もびっくりするほど何も無い。
(……何もないけど?)
自分は大丈夫。そう思ったステラがもう一度腕を伸ばそうと力を入れる。
「あっ」
その瞬間、耳鳴りと共に視界がぼやけ始める。
目の前にいるニックの顔が段々とぐにゃぐにゃになり始めると、耐えきれずステラは床に手をつく。
「ハァッ、ハァッ……」
息切れし、
(こ、これ、ぼーっていう感じじゃあ……)
「まだっ、やらなきゃっ……」
ステラは少しの間は耐えていたが、その後は酷い悪寒と発熱で、力もなく倒れた。
――「ハァッ、ハァッ……」
気がつくと、知らない場所に居た。
薄暗くて壁や屋根が乏しい民家街。
(何処……だろ)
夜なら必ず灯りがついているはずなのに、ここは何故だか灯りは一つもついていない。
あるのはひとつの満月のみ。
不思議に思うと、その体は意思に反して奥へ奥へと引かれるようにして更に進んでいく。
が、その体験はやけに生々しい。
知らない場所なのに、見覚えのないのに、まるで自分が体験したことのあることに思えた。
「……あれ?」
手に何かを持っている感触があったので、迷うことなく目を向ける。
(何、これ……)
棒状の何かだった。
けれど、それは布に包まれていて、中身は完全に見えないようになっている。
(……え)
布からそれを取り出そうとすると、それは月の光に照らされ、正体を見せた。
(な、ナイフ……?)
新品の、ダガーナイフだった。
特に使用した形跡もなく、日用品ではないのだろう。
しかし、何故それが自分の手の中にあるのだろうか。
恐ろしくなったので、手を離そうと手に力を入れたが、ビクともしない。
(な、なんで……っ?!)
ひとつの民家の窓に映る自分をよく見ると、顔と自身の身長が幼く感じる。
正真正銘、推定、十歳前後の自分の幼い姿である。
――だけど、何故だろう。
これらは、ステラの記憶にはなかった。
(こ、ここに居たくないっ……!)
今すぐここから去るべく、ステラは路地を歩き、大通りに向かおうと歩く。
けれど、見覚えのない民家街ならば、方向も何もかもが分からない。
夢中で歩くと、いつの間に民家街から抜け出し、ある一軒家の前に居た。
(ここじゃ、ない……っ)
そういって後ろを振り向くと、足元からグチャリ、と鈍い音がした。
木の実でも踏んでしまったのだろうか。
ステラが足元を見た時だった。
「……っ?!」
赤黒い血が、足元を濡らしていた。
まさかと思い、手のひらを見ると、想像通り血塗れであった。
(何、何何何……っこれ!?)
息を飲んで後方に倒れる。
その時、カチャン、と何かが落ちる音が聞こえたので、すぐさま目を向ける。
「……な、何、これ……?」
ナイフの柄までも血に染ったナイフが、ステラの真横に落ちていた。
(や、やだっ……)
知らぬ間に、自分はなんてことをしているのか。
血に染った服すら気にすることなく、ステラは急いで立ち上がる。
(ここから離れなきゃ……っ)
無我夢中で走っていると、空から雨がポツリ、ポツリと頬を濡らす。
次第に雨は土砂降りとなったが、それにも構わず、ステラは見える道、曲がり角を走り続けた。
(……やだ、やだやだやだっ!)
――「……もう、やだっ!」
ステラは目を覚ました。
(……ゆ、夢……か)
妙に生々しい夢だったな、とステラは天を仰ぐ。
(なんで、こんな夢……)
冷静になって、ゆっくりと呼吸をする。
全身から汗が流れ出ていたのに気付くと、ステラは急いで手で拭う。
加えて、涙も流していたようだったので、ついでに袖で拭う。
その後、手を開閉させ、夢だったことに安堵したが、すぐに別の方から声がする。
「……起きた?」
体を起こすと、こちらに顔を近付けている青年の顔があった。
「魘されてたみたいだけど、大丈夫?」
「……は、はい」
息切れを漏らしながら答えると、青年は顔を上げて頷く。
「魔力使用が激し過ぎると、自覚はなくとも体が耐えきれずに発作が出るっていうのは基本中の基本なんだけど?」
「……す、すみません」
強めの口調で叱る青年に、ステラは縮こまって謝る。
(魔術の知識ばっかり詰め込んで、魔力の使用に関する知識が無かったから分からなかったんだ……。よし、今度から毎日十冊は……!)
「聞いてる?」
再びステラの顔を覗き込んで言う青年に、ステラは肩を震わせながら何度も頷く。
しかし、青年はステラを見ると頬杖をつき、続ける。
「……あんた、名前は」
「えっと、ステラ・メイフィア……です」
「ステラ・メイフィア……」
名前を聞くと、青年は頬杖をついたまま無言で思案する。
(何か、気になったことがあったのかな?)
汗を拭こうと掛け布団を剥ぐと、青年は言う。
「本当に、魔術師?」
(ど、ど、どうして……?!)
もしかして、この青年に、魔術師になったばかりだとバレてしまったのではないか。
そう思ったステラは、青年の質問を聞くなり慌てて掛け布団に丸まり、あからさまに動揺しながら答える。
「……な、な、なんで急に?」
「答えて」
「そ、そうですよ……?」
身振り手振りが怪しかったが、青年はステラの答えを聞くと、続ける。
「……そう」
「えっと……。どうして?」
ステラの問いに、青年は憂鬱そうにしながらも、口を開く。
「……兄さんが花使いで、花持ちの名を叩き込まれたんだよ。そういう家系だからって」
青年がそっぽを向いて言うと、ステラはハッと目を丸くする。
「お兄さん?」
「エディ・ジスラン。聞いたことないか?」
「……あ」
先日の自己紹介で知った、この青年の名はアーネスト・ジスラン。
〈花使い〉、第二芽の名はエディ・ジスラン。
つまりは、二人は兄弟である。
(道理で目元が似てると……)
黒髪で、気だるげそうな目元。
エディの弟と言われれば、見事な程にそっくりである。
「……知ってます」
「兄さんが管理してる花持ちのリストに、あんたの名前が無いんだよ」
「そ、そうなんですか……?」
〈花使い〉の管理する花持ちのリスト、というものはよく分からなかったが、ステラは興味ありげに聞き返す。
「まぁ、別の花使いが管理してる花園もあるだろうから、無かったとしても別に問題は無いけど……」
記憶を探るようにして、アーネストはこめかみを突つく。
「あんたの瞳、少し青っぽいでしょ?そういう人間は、魔力やら花の種類やらで、大体兄さんの管理する花園のリストに載ってるはずなんだけど」
(瞳の色で、色々変わってくるんだ……?)
あまり意識していなかったが、ステラの瞳は青みを帯びた茶色である。
それが父親の遺伝なのか、母親の遺伝なのかはステラも知りえない。
そもそも、魔術師になったのも最近であるので、瞳の色は関係ないとほぼ言い切れる。
(それに、花使いになったからって、私の魔造花が咲いているのかも怪しいし……)
その辺りの詳細は、まだステラも知らない。
そんなことを考えながら話を聞いていると、突然アーネストはステラの顔に近付く。
「な、なんですか」
「……あんた、もう片方の目、色、薄いんだな」
「もう片方……?」
「左眼だよ。右目より少し白くなってる。怪我でもした?」
アーネストはステラの左目を指差す。
「いや……、特には」
(ここ数年間は目に傷なんて……)
ステラの記憶がはっきりしている数年間の合間に、目に怪我を負った覚えは無い。
それより前と言えば――。
「ん……?」
表情を険しくしながら呟くと、アーネストは長考する。
「……まぁ、いいや」
そう言って立ち上がると、アーネストはブラブラとステラの目の前から去る。
「俺も、体力を操る花使いの弟だからって、いつまでもあんたに構ってられないから。席を外させてもらうよ」
アーネストはそう言ってステラに背を向けると、ステラの視界から去る手前で、「あ、そうそう」と覗き込むようにして立ち止まる。
「元気になったら授業部屋に来て。今は自由時間だから」
「ありがとう……ございます」
ステラが言うが、アーネストは返事をすることなく医務室の先生に何かを伝え、外に出ていった。
すると、入れ替わりで医務室の扉が開く音がする。
「ステラ、居る?」
メイだ。
メイは急いだ様子でこちらに来ると、ステラの目の前でベッドに手をつく。
「やっぱり……っ」
「ど、どうしたの?」
ステラが心配して声を掛けると、涙ぐんだ声でメイは言った。
「――もう、ステラは私と関わらない方が良いわ」
「……え?」




