【2-5】呪われた
ベッドに縋り付くようにして言うメイを見て、ステラは愕然としていた。
(関わらない方が良いって……。どういうこと?)
様子から考えれば、冗談を言っている訳ではないことは確か。
しかし、根本的な意味が分からない。
(……聞かなきゃ)
決心したステラは、そのままメイに尋ねる。
「それは、どういうことなの?」
「……っ」
ステラの問い気を取り直したメイは、顔を上げて弱々しく言う。
「私が、貴方を不幸にするからっ……」
「不幸?」
「……そうよ」
呟くように言うと、メイは涙が零れないよう、唇を噛み締める。
そして、途切れ途切れになりながらもひとつずつ口にする。
「私は……例外なく友達に不幸を被せる。悪なのよ……」
「そ、そんなこと……」
魔力の過使用で大袈裟な。
そう思いながら、ステラはメイを慰めようと手を伸ばす。
しかし、メイはそれを振り払い、鼻声になりながらも続ける。
「あるわよ。……普通、魔術師なら、あの程度じゃ発作は起こさないの。分かるでしょう?」
「……そう、なんだ」
「レイフ先生が心配してくれた時は、まだ大丈夫なはずだったのに……っ」
その表情は、確実に本当のことを言っている表情だ、とステラの頭はそう言った。
いつも冷静だった顔をくしゃくしゃにして、メイは一言ずつ言う。
「……最初に仲良くなった一般人の友達の家族には、……ありもしない罪で逮捕状が出た。
……次に仲良くなった学友は、魔力摂取障害で巨大化した魔物に襲われて……腕が無くなった。
……その後に手を差し伸べてくれた友達は、……原因不明の病に伏せった」
メイが話す一言一言には、確かに重みがある。
どうやら、全て本当のことのようだ。
(でも、私のはそんなんじゃあ……)
「私のは、そんな深刻なことじゃないでしょ?だから、気負わなくても気にしなくていい――」
「――最初はね」
声のトーンが変わるのと同時に、メイはステラの手首を掴む。
「最初は皆そうなの。怪我を頻繁にするだけだったり、道に迷うことが多くなるだけだった。……でもそれはほんの序章に過ぎない」
「それって……?」
恐る恐る尋ねると、メイは光のない瞳を震わせながら手を払い、顔に手を当てる。
「時間が経つにつれて、その不幸も増すの。……強盗に入られる日が続いたり、親の借金が嵩んだり……っ」
過呼吸気味になり、メイの辺りには真っ黒な闇が纏う。
「そ、そんなの、勘違いだよ。前例がそうだからって、私がまたそうなるって訳じゃあないし」
(偶然だったかもしれないし……)
ステラが言うと、メイは首を横に振る。
「勘違いじゃない。本当のことよ」
「……?」
「両親が居なくなってから、私は唯一人で生きてきた。裕福な夫婦に拾われても、結局は私が不幸にする」
震える指を一本ずつ折り曲げ、数を数えるようにして続ける。
「今までに五回、夫妻に拾われた。でも、全員例外なく失踪した」
どんどん目が虚ろになっていくメイに、耐えきれなくなったステラは視点を合わせる。
「メイ」
「……何」
「私は、なんとも思ってないし、何も言ってないよ」
「そして、聞いた事全部、何も信じてない」
優しい口調。だが、その表情は決して優しくない。
ステラは真剣だった。
「そんなこと、絶対に信じない」
はっきりと、自分の思ったことを口にした。
だが、メイは視線を逸らし、そっぽを向く。
けれど、それにも構わず、ステラは言う。
「それに、居るじゃん」
「……誰がよ」
「頼もしい幼なじみが」
ステラの言葉に、メイは目を剥く。
「不思議でしょうがないの。もしメイが言う通りの子だったら、幼なじみまでも不幸になるはずでしょ?」
「なってない。それが、メイが無実の善人である証拠」
図星だ。
メイが呪われた子というのならば、一番近い幼なじみに不幸が無いのはおかしい。
(……でも、ノエはっ。ノエは……っ!)
あいつは本質が違う。
呪いの対象ではない。呪われる対象じゃない。
他の人とは違う。
「それでもっ……」
メイはステラの胸元を掴み、顔を埋める。
「貴方を嫌な気持ちにさせたくないのよ……」
「……じゃあ」
ステラは何かを思いつくと、メイに向かって言う。
「つまりは、その呪い?ってやつをどうにかすれば良いんでしょ?存在するなら情報もある。調べれば出てくるはずじゃない?」
「……それは」
自分に降り掛かる呪いのようなものについて、調べたことはない。
……調べれば出てくるのかもしれない。
けれど、それを知るのが怖い。
「私一人じゃ、怖いよ……」
「私、一人って言ってないよ」
「……?」
「私は私の友達、メイを助けたいの。一緒に調べさせてくれないかな」
「で、でも、それじゃあステラも……」
「気にすることじゃあないよ。調べるの、大、大、大、大っっっ好きだからさ」
不安げに声を震わせながら言うメイに、ステラは微笑む。
(それに……!)
「今まで、目的が無くてつまらなかったからさ。これで図書館に入り浸れる口実が出来たし!」
念の為、こちらの方が本命……ということは伏せておこう。
ステラはベッドの上で正座を組み、メイに向き直ると、胸に手を当てる。
(……あと、私は花使いだから)
「だから、気にしなくていい。私は、大丈夫だから」
「……っ」
返事は返ってこなかったが、メイがステラの胸に飛び込むと、ステラは笑顔で言った。
「ほら、行こ!……せっかくの魔術が学べなくなっちゃう」
「……うん」
はっきりと綺麗な表情ではなかったが、ステラはその返事が聞けたことに、微笑みを浮かべた。
* * *
――こうして一日が過ぎ、ステラはルルアの屋敷へ戻っていた。
「戻りました」
玄関先でそう言うが、返事が無い。
(おかしいな……?)
先日までならば、使用人のラーウェリーかリヴェルが返事をしてくれていたのだが、今日はそれすらない。
とはいえ、気の所為かもしれない。
特に何も思わず、ステラは自分の部屋へと一直線に向かう。
「……それにしても」
(今は嘘のように体調が良いな……?)
倒れる前では目眩や発熱、悪寒がしたはずだが、今はそれらが嘘だったように、体が軽い。
具合が悪い所も、何も感じない。
(アーネストやメイが来た時からも、体調が良かった。……良くないところといえば)
倒れている間に見た夢。
あれは、どういう事だったのだろうか。
階段を登っている間、考えてみるが、全く心当たりがない。
やがて考えることも諦めたステラは、伸びをしながら部屋へ向かう。
「まぁ、健康はいい事だよね」
ふわぁ、と欠伸を漏らしながら部屋の扉を開ける。
先日から変わりのない配置の部屋。……だと思ったが、一つだけ異なっていた。
「……えっと、伝達用鳥、だっけ?」
「ウケトッテ、ウケトッテ」
窓の手前側に、夜狼を倒した時に受け取った伝達用鳥が居た。
偽物の羽をバタバタと動かし、ひたすらに「ウケトッテ、ウケトッテ」と目覚ましの如く鳴く。
「引っ張ればいいんだっけ」
前にラーウェリーがしていたことを思い出しながら、真似して鳥の両翼を掴み、左右に引っ張る。
すると、鳥は「グエッ」と鳴きながら前と同じように手紙と化する。
「これで、開けば……」
ご丁寧にロウで封がされていたので、ステラは爪で引っ掛け、封を取る。
そして手紙を開き、内容を見ると、口に出して読み始めた。
「――『花使い末席、ステラ様へ依頼任務に参じていたきたく存じます』……か」
その文字は、ルルアを助けに行った時と同じ筆後。
確実に信じて良いものだ。
その後には、前回とは異なり、他に向かう花使いの名前も載っている。
「でも、誰も居ないのに……?」
そうして手紙を仕舞おうと折り畳む時、違和感を感じた。
一枚にしては、便箋が厚い。
ステラは紙を指と指の摩擦で擦ると、後ろにあった紙の存在を確認する。
「……これは?」
先程読んだ手紙の上に重ねると、続けてステラは読み進める。
表側にあった手紙より、遥かに長い文面だったので、静かにステラは読み始める。
「えっと……」
ある程度読むと、ステラは目を剥いて呟いた。
「『北の果てにある、オルタ峠の悪精の森に土壌調査に向かったのですが、そこでばったりと地竜の巨竜と出くわし、逃げていたら仲間とも離れてしまい……。洞窟にて息を潜めているのですが、どうにもこうにも膨大な質量を持った攻撃が必要……ということでして』」
筆跡を見て、ステラは確信する。
間違いなく、ルルアの書いた文だと。
ステラは颯爽とその後の文面も読み終えると、机に置いてあるケープを掴み取る。
「……依頼任務、か」
ステラにとって二度目の依頼任務。
前回は、それとなくこなしたが、今回の土竜ともなると、話は変わってくるだろう。
けれども、それに狼狽えている暇はない。
今のステラは、〈花使い〉。
つまりは、拒否権はない。
「……行かなきゃ」
ステラはメイとの会話を思い出すと、同封されていた地図を取って、窓から外へ飛び出した。
* * *
――「北の果てって、こんなに遠いものなの?!」
飛行魔術を展開し、地図に記された目的の場所へ向かっている最中、ステラは思わず声を出す。
何故ならば、いつまで経ってもそのような場所に辿り着かないからである。
ステラこそ、魔力量の多さは分からない。
なので、着くまでに持つのかが不安なところである。
「……でも」
しばらく経っても、魔術の操作が鈍いこと以外、問題が見当たらない。
(図書館に居た時のやつって、本当にメイの言ってた―――)
疑いそうになったところで、ステラはブンブンと首を横に振る。
(そんな訳がないって、これから証明するんだ。今は疑っている場合じゃない……っ!)
今は、ルルアのところへ向かうのが最優先。
景色を見ながら飛行魔術を駆使していると、突如として空気が変わるのを感じる。
肌に触れる空気が、一段と冷たくなった。
(寒っ……)
ステラは深呼吸をすると、辺りを見渡し、先の方まで街並みや山脈、峠を手当り次第眺める。
ステラの真下では賑やかな街並みが広がり、その左右には広大な山脈や手入れの行き届かない、荒れた峠が構えている。
ステラがここの辺りまで来たのは、恐らく初めて。
ステラの身を置いているウィルディア王国中央部は、北部や南部に比べ、山が少ない。
それによって、竜などの魔物に襲われる危険性は少ないので、ステラは中央部を気に入っている。
しばらくすると、右側に幅の広い川が見える。
その隣にはゴツゴツとした岩肌の峠があり、下部には瘴気の漂う森が見えた。
(もしかして……!)
他の景色とは一変した空気を纏うその場所に、ステラは迷わず飛行魔術で向かう。
(……よっ)
慣れない操作で森の手前に身を下ろすと、ステラは歩いて森の前まで歩く。
「ここが、そう……なのかな?」
地図を見てみると、丁度この地点に印がある。
ということは、本当である。
当たりを見てみるが、中央部ではもう既に溶けきっている雪が、わんさか降り積もっている。
あとは瘴気の放つ、森。
それ以外は普通の山の中とそう変わらない。
本当にここなのか、と疑いたかったが、地図が示しているのはここなので、深く疑わないで、ステラは躊躇いもなく中に入る。
「へくちっ……っ!」
中に入ると、外よりも瘴気が濃くなっていて、更に冷たい冷気も、散々なほどに撒き散らされていた。
ステラが両腕を擦りながらくしゃみをすると、声が響いて反響する。
(相当、広いのかな……)
そう思いながら歩いていくが、やけに森としては広く、木も少ない。
(そ、それに……)
奥へ奥へと進んでいくにつれて、寒さも増す。
「ば、ばばば、ばやく帰りだい……っ」
凍えながらも歩いていると、次第に奥の方から咆哮が聞こえてくる。
とうとう寒気にも耐えきれなかったステラは、急いで走り、咆哮が聞こえる方へと向かう。
「ハァッ、ハァッ……」
森を抜けると、そこに居たのは、ステラの何百倍もの高さのある地竜だった。
土竜は前脚を強く地に叩きつけると、再び空を仰ぎ、咆哮をする。
けれど、ステラは目に入っていないようで、攻撃を仕掛けてくる様子はない。
「なら、今ならっ……!」
「――お待ちください、ステラ様」
背後から女性の声がする。
ステラがすぐに振り向くと、その女性の姿をとくと見る。
(……っ?!)
驚きで一瞬、声が出なかった。
が、その後、ステラはその女性を見るなり、口を塞ぎ、驚きと疑問で声を漏らした。
「ルルア様……?」
そこには、無傷のルルアの姿があった。




