【2-6】アリス・ライリーはロリコンである。
ルルアは、ステラを見るなり笑顔で声を掛ける。
「ありがとうございます、ステラ様」
「は、はい……」
地竜のことなど気にしていない様子で、ルルアはステラの両手を掴む。
ステラの背後に地竜が居るのにも関わらず、だ。
(ルルア様、元気だし、……戦ってない?)
先日のことでは、ルルアは懸命に夜狼と戦っていた。
なのに、今日は戦わずしてステラに会いに来ている。
何かがおかしい。
「今の私、魔力が底を尽きてしまい、戦いに応援することが出来ない状態でして……」
「そう、ですか」
魔力が底を尽きた、ということは激しい戦いをしていた、ということ。
ならば、服の何処かしらは破れていても土が付いていてもおかしくはない。
しかし、ルルアの服にそれらしいものは見つからない。
全体を見てみても、とても、そんな風には見えない。
ステラが答えると、ルルアは「そうだ」と手を叩く。
「ここでは危ないです。さぁ、こちらに来てくださいませ」
「え、えっと……?」
(他の花使いとか、ルルア様の仲間は?)
通達用鳥の手紙には、ルルアは仲間と一緒に討伐に向かっている、と言っていた。
なのに、仲間のことは一切話さない。
「ルルア様」
「どうしましたか?」
「他の、仲間の方たちは、何処にいるんですか?」
ステラの問いに、ルルアは数秒黙り込んだ後、迷いなく答える。
「あぁ、他の方々は私と同じ場所に居ますわ」
(同じ……場所?)
確か、手紙には仲間とも離れてしまった、と書いてあった。
その後合流したのだろうか。
「じゃあ、他の花使いの方々は……?」
手紙を開けた時、前回とは違って討伐に向かう花使いの名前が載っていた。
書いてある、ということはいずれここに来る、ということ。
ステラが尋ねると、ルルアはステラの手を引きながら言う。
「ウィリアとアリス様ですね。まだこちらには来ていませんよ」
「……そうですか」
ウィリアとアリス。面子は間違ってはいない。
もしかしたら、ステラが思っていることは気の所為かもしれない。
(疑ってばかりじゃ、どうにもならないもんね……)
疑問に思いながら、ステラはとりあえずルルアについて行くことにした。
* * *
地竜に気付かれないように気を遣いながら、ステラはルルアに引っ張られ、奥へ奥へと向かっていく。
(それにしても、大きいな……この竜)
見上げても全体が目の中に入らない。
ステラが見た竜の中でも、一番に大きいのではないか、という気さえする。
そう言っても、ステラが竜を見たことは五回も無いのだが。
(でも、本で見た時とは大きさが異なるし……)
ステラが前に本で竜について一通り見た時は、最大で五十~七十五メートルほど。
しかし、この竜はそれを遥かに超えていて、下手すれば百メートルあるのではないか。
しかも、竜というのは魔力の耐性が強く、魔力摂取障害になることはない。
なんなら、魔力を帯びる魔物である為に、様々な術を使う。
例えば火竜は口から魔力の炎を吐く、といった感じだ。
けれども、地竜は脚の力が強いだけで、特に術を使うことは無い。
そこは安心出来るのだが。
――そうすれば、どうやってあんな大きくなったのだろうか。
ステラの頭には、そんな疑問があった。
(……どっちみち、倒しちゃえば同じだし)
頭の片隅に疑問を残しながらも、ステラは細心の注意を払った。
そして気付いた。
ステラとルルアは、今、安全では無いところに向かっていることを。
歩いているのは山の斜面の真横の林の中。
空には月明かりしか無いので、光が中まで入ってこない。
その為、足元があまり見えない。
ルルアに引っ張られていることで回避できているのがやっとだ。
「……えっと」
思わず、ステラは尋ねる。
「この先に、ルルア様の仲間たちがいらっしゃるんですか?」
「だから、そう言っているではありませんか」
振り向くことなく、ルルアは歩みを止めない。
それどころか、ステラを引っ張る手さえも握力が強くなる。
(……くっ)
女性にしては強い力だ。
皮膚から内側の肉、骨までにも痛みが通じる。
ステラの骨が折れそうだった。
「ち、ちょっと、ルルア様……っ」
これ以上のことをされることを承知の上で、ステラは歯を食いしばり、それを口にした。
「――違いますよね。向かってるところ」
「何を言っているんです?ステラ様」
ようやく足を止めると、ルルアは振り返る。
(……っ)
ステラは、心の底から恐怖した。
ルルアのその目は、真っ黒な闇に染まっていたからだ。
「そうだと言っているではありませんか」
「ぜ、絶対、ち、違います」
「では、何故、そう言えるのです?」
ルルアの問いに、ステラは口元を震わせながら答える。
「……貴方が、ルルア様じゃないからです」
「……は?」
小さく漏らすルルアに、ステラは一歩後方へ下がる。
「何処が違うと言うのです?私はいつも通りですよ?」
「初めはそう思いました。……だけど、貴方はルルア様とは違う」
キッ、とルルアを睨むようにすると、ステラは手のひらをルルアに見せ、指を折りながら言う。
「無傷で戦闘もせず現れたということ。一向に明かさない仲間の人たちのこと。地竜が居ても何ら変わらず接していること。……そして人間とはかけ離れた力」
「……」
ルルアは何も言わない。
それを見ると、ステラははっきりとそれを口にした。
「貴方は、ルルア様じゃあありません」
(……この人、いやこれは多分……)
「貴方は――」
「――離れて」
ルルアとは異なる声が、ステラの耳元に入る。
高い声を無理やり低くしたような声。
ステラは一言聞いただけで、声の主が誰だか分かった。
「ウィリアさん……!」
「私はいいから、前見て!」
気を抜いたステラの横では、形相を変えたルルアがステラに向けて詠唱をしていた。
急ぎつつルルアの視界から離れると、ステラはウィリアの方へ向かう。
すると、ウィリアはステラを引っ張り、魔術を使ったのか、物凄い速さでルルアから離れる。
「ど、何処に居たんですか?」
「ステラのすぐ後よ。ルルアと話してる時に来たけれど、様子がおかしいから後をつけてきてて」
「そうですか……」
ウィリアが居たことに、ステラは胸を撫で下ろす。
「アリスからは遅れてくるって連絡が来たの。……あとね」
ウィリアは辺りを見てから、ケープの中から一通の封筒を取り出す。
「ステラにもルルアからの手紙、入ってたの?」
「……あ」
受け取ると、ステラはすぐさま自分のものと照合する。
確かに、同一のものだった。
「そう、です。私にも来てました」
「……てことはさ、ステラ。これ、只者じゃないわ」
ステラの答えに、ウィリアは険しい表情で当たりを睨む。
何かを知っている表情だ。
「今は覚悟して。……後で話すから」
その瞬間、木の裏からルルアではない人間が顔を出した。
* * *
――「ほんと、困っちゃうわね」
〈花使い〉第一芽、アリス・ライリーは、山道を歩きながらぽつりと呟く。
(せっかく街中で可愛い女の子が話し掛けてくれたのに、依頼任務の通知が来ちゃうなんて……)
「はぁ、ほんと、ついてないわ……」
アリス・ライリーはロリコンである。
それゆえ、幼い少女を見ると自分から話し掛けに行ってしまう。
先程言った、『話し掛けてくれたのに』というのは、ハンカチを落としたアリスに、少女が拾って声を掛けてくれたことである。
なんという妄想なのだろう。
アリスは溜息をつくと、身に付けていた、〈花使い〉の証であるケープを整える。
(私も、とうとう花使い就任七年を過ぎてしまったわね……)
就任七年。それは、どうでもいいことに見えて、実はそうではない言葉。
〈花使い〉であるならば、意識しなければならない言葉である。
(一応、私が歴代最長就任者らしいのだけど)
百年以上続いてきた〈花使い〉の歴史。
その中で、アリスは〈花使い〉の最骨頂に上り詰めようとしている。
アリスが〈花使い〉に就任する以前、最長就任記録は五年、と言ったところだった。
けれど、それを遥かに超えたアリスは、最早例外として扱われている。
「そうなることは、当たり前のことなのだけどねぇ……」
(でも、それを信じられずにいる)
それは、〈花使い〉の裏にある秘密を知っているからだろう。
それらを知らない、新代〈花使い〉、ステラ・メイフィアと比べても、自分との差を感じる。
「……っ」
手のひらに浮かぶ歪んだ紋様が、脈を打つように激しく鼓動し、全身が痺れる。
息切れを漏らしながら、アリスは手で口を覆いながら呟く。
「最近、酷いわね……」
この頃、目眩と吐き気、痺れが前よりも頻繁に起こっている。
最近の依頼任務によって、魔力の消費が激しいことも関係しているが、本質はそれではない。
「話には聞いていたけれどっ……、容赦ないのねっ……」
しばらく、体中が痺れて、その場に膝を着く。
(早く、ウィリアちゃんやステラちゃんのところに行かなければいけないのに……)
二人の先輩として、自分が導かなければならないのに。
アリスは気を張りながら、ゆっくりと立ち上がる。
(ウィリアちゃんは一年目、ステラちゃんは就任してから一週間すら経ってない。だからこそ、私が……っ)
立ち上がると、更なる吐き気によってその場に蹲る。
(……なん、なのよっ)
思うように体が動かない。
こんなにもどかしいことが他にあるだろうか。
両手で地に手を付きながら、アリスはゆっくりと呼吸を繰り返す。
(……ララちゃんも、そうだったのかしら)
ふと、昔の同僚のことを思い返す。
アリスより十歳近く離れた、可愛げな少女を。
(ララちゃんは、早かったわね……)
ララ・グレンダ。〈花使い〉最短就任記録者。
たったの三ヶ月の間だけ就任した、例外中の例外だった。
「あの子は……」
ララが居た頃の記憶は、アリスもはっきりと覚えている。
〈花使い〉の中で一番大人しい性格で、〈百花繚乱〉の才能もあり、実の強者という面立ち。
けれど、体が弱いという短所もある。
正直言って、アリスにとって尊敬する対象だった。
「……駄目駄目。思い出さないようにって思っていたのに……っ」
目元が熱くなるのを感じる。
これ以上は駄目だ。恋しくなってしまう。
アリスは空を仰ぐと、小さく呟く。
「……あと一ヶ月もしないうちに、可愛い女の子にも会えなくなってしまうのかしら。私」
(それは、悲しいことだわ……)
痺れが落ち着いたところで深く呼吸をすると、アリスは自身を包む歪んだ紋様を見つめ、言った。
「ステラちゃんにも、今日の依頼任務が終わったら伝えなくちゃね。――花使いの本質について」
アリスは腹に力を入れて、目的地へと、先を急いだ。
「一刻も早く伝えなきゃね……」
(――花使いは、例外なく二年以内に魔造花の養分として死ぬことを)




