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ブルーム・イン・ザ・フラワーガーデン  作者: 夜花みあな
第二章「図書館の司書の見習い弟子編」
16/20

【2-7】二十五歳、オバサンと言われる。

 ステラたちの前に現れたのは、ルルアではなかった。

 けれど、かといって魔物でもない。

「……誰?」

 小柄な少年が、そこには居た。

 中性的な見た目で、白髪の髪を揺らすと、少年は躊躇いもなくステラとウィリアの元へ歩く。

「ざんねーん、おねえちゃんたちには見破られちゃったなぁ」

「ど、どういう――」

「ステラ」

 ウィリアが冷静にステラを制止する。

「あれは、精霊。恐らく……ここの森に住んでる悪精よ」

「悪精?!」

 思わず声に出しながらも、ステラは少年を見る。

 悪精とは、自然界に住む精霊のうち、人間に悪影響を与えるようになった個体。または、人を食う為に誘い込む、名前の通り悪である精霊を指す。

 確かに言われてみれば、人間というより精霊と言った方が似合う容姿をしているし、立ち振る舞いも、見た目とは違って大人びている。

「ボクの幻影、今まで見破った人間は居なかったからさ。完璧だと思ったんだけどなぁ……。おねえちゃんたちすごいね!……実は、みちに迷っちゃったんだ……。開けた場所まで連れてってくれない?」

(今まで見破った人間が居ない……?)

「道に迷ったの?」

「うん……。ボク、生まれたばかりであんまりここのこと分からないんだ……」

「……そうなんだ」

 しょぼん、と落ち込んで俯く少年を見る。

 何かを隠している素振りも、騙そうとしている素振りも見えない。

 なら、安心だろう。

(そ、それなら悪精……でも開けた場所まで連れて行ってあげた方が……)

 そう思ったステラは、少年に手を差し伸べる。

 が、ウィリアがそれを止める。

「ステラ、辞めてちょうだい」

「え、えっと……?この子、迷ってるって……」

「嘘よ。そんなこと、悪精は人間を攫う言い訳でしかない」

 ウィリアが言うのと同時に、少年は「あーあ」と呟く。

「……ステラ、避けて!」

「やっぱりボクは未熟なんだね。……二回目も駄目かぁ」

 森を包んでいた瘴気を見に纏わせると、少年は小さく呟く。

 すると、少年はそのままの表情のまま、ステラたちの方を向く。

「――集まりたまえ」

「こっちのおねえちゃんは、ぜーんぜん面白くないなぁ」

 ウィリアの詠唱を聞くと、少年はウィリアを無視し、ステラを指差して言った。

「……でも、そっちのおねえちゃんは面白いから、おねえちゃんにするね」

「わ、私……?!」

「いくよー」

 ステラに反応することなく、少年は手のひらを振り上げた。

 手のひらからは、何処からともなく水が溢れ出、ステラとウィリアに降り注ぐ。

「――防げ」

 結界魔術の詠唱をすると、ステラは水を防ぎながら、急いで安全な場所へ向かう。

「どこ行くの?おーねーえーちゃーん?」

「……!」

 ステラは目を輝かせる少年を横目に、素早く詠唱をする。

(こういう時は……、地魔術がいいんだっけ?)

 いつしか図書館で読み漁った知識を捻り出し、ステラは魔術を繰り出す。

「――攻め立て」

 無限に少年の周りに湧き上がる水を、ステラの土の壁が抑え込む。

 そのうちに、ステラはウィリアに近付き、耳打ちをする。

「あの子、私に夢中なので、ウィリアさんが〈百花繚乱〉を……」

「わたくしの〈百花繚乱〉……ね」

 ウィリアは僅かに体の力を抜くと、呟くようにしてステラに言う。

「……ごめんだけど、わたくしの〈百花繚乱〉は、あまり使いたくないの」

「そう、なんですか……」

「ステラを攻めたい訳じゃないけど……」

 ウィリアはそう言うと、次に攻撃を仕掛けてきた少年に向けて詠唱をすると、微妙に聞こえる声で言った。

「皆が皆、ステラみたいな技が繰り出せると思わないでね」

 ステラがその言葉を理解するより先に、ウィリアは厚い風の壁を生成する。

「そっちのおねえちゃん。――ボクはキミに興味無いから下がっててくれないかな?」

 たかが少年の、悪霊の言葉に、ウィリアは足が竦むのを感じる。

(なんで……?今までもこんな悪霊とは戦ってきて……)

 人間の少年、少女を偽りこちらを襲ってくる精霊など、数え切れないほどに会ってきた。

 どれも、屈することなく制することが出来た。

 けれど、今は違う。

 何だか、今までの悪霊とは一味違う何かがある……ような気がした。

(で、でも……っ。ステラが居るし、さっさと倒さないと……)

 風魔術で水を防ぐと、休む間もなく雷魔術の詠唱をする。

「――打ち砕け」

 雷魔術はウィリアの得意魔術であり、一番威力が出せる魔術だ。

 だが、ウィリアの展開した雷の槍は、全て少年の水で遮られてしまう。

 けれど、それもおかしい。

(水に向けて雷を放ったら、少なからず感電するはず。でも、なんであの子は……?)

 感電等の、魔術から来る効果は、精霊人間関係なく同等に起こる。

 それは、魔術学的にも解明されている。

「――轟け」

 先程の魔術より高度な雷魔術の詠唱をすると、ウィリアは左手を空に上げる。

 広げていた手のひらをギュッ、と握りしめると、上空に展開されている魔法陣から、目にも止まらぬ早さで雷鳴が轟く。

(……私の最大の雷魔術なら?)

 ウィリアが魔術全分野の中で一番の魔術を繰り出すが、それでも少年の水には敵わない。

 精霊と言えど、何か特別な施しでもしているのだろうか。

 そんなことを考えながら、ウィリアは同じように戦っているステラを見る。

 ステラも、自身の使える全力の魔術で、少年と対抗しているようだ。

 だが、その魔術というのも、全てが初級魔術かその応用であるもの。

 けれども、それなりにコントロールが上手い為か、足止め程度には働いている。

(でも、なんで初級魔術ばかり?……より効果的な攻撃するなら、上級ならまだしも、中級魔術や準上級魔術を使った方が……)

 初級魔術というものは、単にその属性の物質を生成するか、中級魔術となる手前の、その基盤となるものの魔術である。

 その為、単体ではほとんど戦場では役に立たない。

 使うとしても、応用の単体攻撃のみである。

 しかし、国の戦力のうちの〈花使い〉が初級魔術を使うとは……。

 ウィリアはなんとも言えない気持ちで、次なる攻撃を放つ。

(アリスも全然来ないし……)

 ウィリア、ステラと共に派遣されている〈花使い〉、アリス・ライリー。

 数十分前に連絡が来てから、一向にこちらに来る気配がない。

 アリスは〈花使い〉の最長就任記録者である為、〈花使い〉で一番の実力者であるのだ。

 そのアリスが居ないとなると、厄介とされる悪霊の討伐をも達成出来ないかもしれない。

「ステラ」

「な、なんですか……?」

 火の玉を放った後、ステラはウィリアの方を振り返る。

(ど、どうしたんだろ……?)

「戦闘から一回撤退して、アリスを連れてきてくれないかしら?」

「あ、アリスさんを?!」

(でも、何処にいるとか分からないし……)

「結構前にそろそろ着く、って連絡が来てたから、もう近くには居るはずなの!幼女を見つけたりしたとか、道に迷った、って言うのがなければの話だけど!」

 雷の剣で少年に立ち向かいながら、ウィリアはステラに言う。

「三分くらいなら、ギリギリ持ち堪えられるかもだから!」

「で、でも……」

「大丈夫だって言ってるでしょ?他にどんな悪霊が居るのかも分からないし」

 そんなことを話していると、急に地面が揺れ出すのを感じる。

(地震……?!)

「……おっと」

 少年は地面の揺れにバランスを崩しながらも、なんてことのないように近付く。

 一方、ウィリアの言葉に慌てていると、余裕な様子で水を繰り出す少年は、歩みを進める。

「あれれ。おねえちゃんたち、何話してるの?ダメだよ。仲間はずれは――」

「――お待たせしたわね、二人共」

 少年の声に重なるようにして、女性の声がした。

(……もしかして?)

 聞き覚えのあるその声に、ステラは空を見上げた。

「アリスさん……!」

 アリスは〈花使い〉である証のケープを着て、前会った時と同じように、可憐に地へ降りる。

 けれど、ステラはその姿に違和感を覚えた。

 ルルアの幻影を使ったこの少年とは違う違和感。

(あれ?アリスさん、左腕を抑えてる?)

 左腕――丁度〈花使い〉の紋様がある方の腕だ。

(な、何かあったのかな?)

 紋様と言えば、ステラの手の甲に顕現した時もとてつもない痛みがあった。

 もし、それがアリスに襲いかかっているのだとしたら――。

 考えたいことはいくつもあったが、ステラは一度止めると、後方へ下がる。

「遅れてごめんなさい、と言いたいところだけど……。それどころじゃないわね」

「アリスのくせに空気読めてるじゃない」

 ウィリアが言うと、アリスは一瞬眉を吊り上げたが、状況を見て止める。

「す、すみません……。あの子、悪霊らしくて……」

 ステラの言葉に、アリスは真剣な目つきで少年を見る。

 すると、少年は攻撃をする手を止め、アリスを指差す。

「あれ、もう一人おねえさんが……オバサンか!」

「……オバサン?とっても優しいビューティフォーおねえさんの間違いじゃなくて?」

「な訳ないじゃん!」

 正直に答える少年に、アリスは無言で拳を振り上げる。

「やっぱり男の子は嫌いだわぁ。容姿を揶揄うなんて。どうにかしてるわ」

「アリスさんアリスさん!?相手は悪霊ですよ?!」

「……それがどうかしたの、ステラちゃん?」

 アリスは目の光を無くして、ステラを見る。

「私はまだ二十五歳よ!立派なおねえさんよ!」

「……そうなんだ」

 興味なさげに答える少年に、アリスはふつふつと怒りが込み上げる。

(私が……?私が、オバサン?)

 その言葉で、アリスの何かが切れる。

 アリスは無言で俯くと、不気味な笑みを浮かべて言った。

「……フフ、私をオバサンと言ったこと、後悔させてやるから。待っていなさい?名のない精霊さん?」

「うん!よろしく、オバサン!」

「……ッく」

 更なる少年からの言葉は、アリスにクリティカルヒットした。

 当本人もそうなるとは予想していなかったのか、ポカン、と口を開けている。

 けれど、思っていたよりもアリスは早く身を起こし、少年に向けて構える。

「な、舐めないでちょうだいね!」

 その言葉を最後に、アリスは詠唱を始めた。


――「――ティフィートの化身なる幻の獣よ。我が花使いの命より、甘美なる粼を顕に」――


 淡々と詠唱をすると、アリスは手のひらをすっかり暗くなった空に向ける。

 先程とは段違いの様子に、ステラも驚いたが、それよりも〈花使い〉の使用する〈百花繚乱〉を行使しているところに、目を奪われていた。

「オバサン、思ってたより面白そうだね!」

 辺りに水でできた針が大量に生成される中、少年は危機とした様子で尋ねる。

「……オバサンって言うの、辞めなさい?」

 随分と落ち着いて答えると、アリスは少年を見て小さく呟いた。

「――悔い改めよ」

 アリスの言葉で、水でできた針たちは一斉に少年へ向かう。

 約三秒ほどの、一瞬の出来事だった。

 水属性の精霊に水属性の魔術を向けてよかったのか、という疑問があったが、その疑問はすぐに打ち砕かれた。

「水に強い雷でも通らなかったものを、星が通るわけがない」

 ならば、正々堂々、同じ水属性で挑めばどうか。

 そういった心意気だったのだろう。

「しかも、〈百花繚乱〉となれば、確実なのは間違いない」

 ウィリアはステラの隣で呟くと、羨ましげな表情でアリスの放つ攻撃の一部始終を捉えた。

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