【2-7】二十五歳、オバサンと言われる。
ステラたちの前に現れたのは、ルルアではなかった。
けれど、かといって魔物でもない。
「……誰?」
小柄な少年が、そこには居た。
中性的な見た目で、白髪の髪を揺らすと、少年は躊躇いもなくステラとウィリアの元へ歩く。
「ざんねーん、おねえちゃんたちには見破られちゃったなぁ」
「ど、どういう――」
「ステラ」
ウィリアが冷静にステラを制止する。
「あれは、精霊。恐らく……ここの森に住んでる悪精よ」
「悪精?!」
思わず声に出しながらも、ステラは少年を見る。
悪精とは、自然界に住む精霊のうち、人間に悪影響を与えるようになった個体。または、人を食う為に誘い込む、名前の通り悪である精霊を指す。
確かに言われてみれば、人間というより精霊と言った方が似合う容姿をしているし、立ち振る舞いも、見た目とは違って大人びている。
「ボクの幻影、今まで見破った人間は居なかったからさ。完璧だと思ったんだけどなぁ……。おねえちゃんたちすごいね!……実は、みちに迷っちゃったんだ……。開けた場所まで連れてってくれない?」
(今まで見破った人間が居ない……?)
「道に迷ったの?」
「うん……。ボク、生まれたばかりであんまりここのこと分からないんだ……」
「……そうなんだ」
しょぼん、と落ち込んで俯く少年を見る。
何かを隠している素振りも、騙そうとしている素振りも見えない。
なら、安心だろう。
(そ、それなら悪精……でも開けた場所まで連れて行ってあげた方が……)
そう思ったステラは、少年に手を差し伸べる。
が、ウィリアがそれを止める。
「ステラ、辞めてちょうだい」
「え、えっと……?この子、迷ってるって……」
「嘘よ。そんなこと、悪精は人間を攫う言い訳でしかない」
ウィリアが言うのと同時に、少年は「あーあ」と呟く。
「……ステラ、避けて!」
「やっぱりボクは未熟なんだね。……二回目も駄目かぁ」
森を包んでいた瘴気を見に纏わせると、少年は小さく呟く。
すると、少年はそのままの表情のまま、ステラたちの方を向く。
「――集まりたまえ」
「こっちのおねえちゃんは、ぜーんぜん面白くないなぁ」
ウィリアの詠唱を聞くと、少年はウィリアを無視し、ステラを指差して言った。
「……でも、そっちのおねえちゃんは面白いから、おねえちゃんにするね」
「わ、私……?!」
「いくよー」
ステラに反応することなく、少年は手のひらを振り上げた。
手のひらからは、何処からともなく水が溢れ出、ステラとウィリアに降り注ぐ。
「――防げ」
結界魔術の詠唱をすると、ステラは水を防ぎながら、急いで安全な場所へ向かう。
「どこ行くの?おーねーえーちゃーん?」
「……!」
ステラは目を輝かせる少年を横目に、素早く詠唱をする。
(こういう時は……、地魔術がいいんだっけ?)
いつしか図書館で読み漁った知識を捻り出し、ステラは魔術を繰り出す。
「――攻め立て」
無限に少年の周りに湧き上がる水を、ステラの土の壁が抑え込む。
そのうちに、ステラはウィリアに近付き、耳打ちをする。
「あの子、私に夢中なので、ウィリアさんが〈百花繚乱〉を……」
「わたくしの〈百花繚乱〉……ね」
ウィリアは僅かに体の力を抜くと、呟くようにしてステラに言う。
「……ごめんだけど、わたくしの〈百花繚乱〉は、あまり使いたくないの」
「そう、なんですか……」
「ステラを攻めたい訳じゃないけど……」
ウィリアはそう言うと、次に攻撃を仕掛けてきた少年に向けて詠唱をすると、微妙に聞こえる声で言った。
「皆が皆、ステラみたいな技が繰り出せると思わないでね」
ステラがその言葉を理解するより先に、ウィリアは厚い風の壁を生成する。
「そっちのおねえちゃん。――ボクはキミに興味無いから下がっててくれないかな?」
たかが少年の、悪霊の言葉に、ウィリアは足が竦むのを感じる。
(なんで……?今までもこんな悪霊とは戦ってきて……)
人間の少年、少女を偽りこちらを襲ってくる精霊など、数え切れないほどに会ってきた。
どれも、屈することなく制することが出来た。
けれど、今は違う。
何だか、今までの悪霊とは一味違う何かがある……ような気がした。
(で、でも……っ。ステラが居るし、さっさと倒さないと……)
風魔術で水を防ぐと、休む間もなく雷魔術の詠唱をする。
「――打ち砕け」
雷魔術はウィリアの得意魔術であり、一番威力が出せる魔術だ。
だが、ウィリアの展開した雷の槍は、全て少年の水で遮られてしまう。
けれど、それもおかしい。
(水に向けて雷を放ったら、少なからず感電するはず。でも、なんであの子は……?)
感電等の、魔術から来る効果は、精霊人間関係なく同等に起こる。
それは、魔術学的にも解明されている。
「――轟け」
先程の魔術より高度な雷魔術の詠唱をすると、ウィリアは左手を空に上げる。
広げていた手のひらをギュッ、と握りしめると、上空に展開されている魔法陣から、目にも止まらぬ早さで雷鳴が轟く。
(……私の最大の雷魔術なら?)
ウィリアが魔術全分野の中で一番の魔術を繰り出すが、それでも少年の水には敵わない。
精霊と言えど、何か特別な施しでもしているのだろうか。
そんなことを考えながら、ウィリアは同じように戦っているステラを見る。
ステラも、自身の使える全力の魔術で、少年と対抗しているようだ。
だが、その魔術というのも、全てが初級魔術かその応用であるもの。
けれども、それなりにコントロールが上手い為か、足止め程度には働いている。
(でも、なんで初級魔術ばかり?……より効果的な攻撃するなら、上級ならまだしも、中級魔術や準上級魔術を使った方が……)
初級魔術というものは、単にその属性の物質を生成するか、中級魔術となる手前の、その基盤となるものの魔術である。
その為、単体ではほとんど戦場では役に立たない。
使うとしても、応用の単体攻撃のみである。
しかし、国の戦力のうちの〈花使い〉が初級魔術を使うとは……。
ウィリアはなんとも言えない気持ちで、次なる攻撃を放つ。
(アリスも全然来ないし……)
ウィリア、ステラと共に派遣されている〈花使い〉、アリス・ライリー。
数十分前に連絡が来てから、一向にこちらに来る気配がない。
アリスは〈花使い〉の最長就任記録者である為、〈花使い〉で一番の実力者であるのだ。
そのアリスが居ないとなると、厄介とされる悪霊の討伐をも達成出来ないかもしれない。
「ステラ」
「な、なんですか……?」
火の玉を放った後、ステラはウィリアの方を振り返る。
(ど、どうしたんだろ……?)
「戦闘から一回撤退して、アリスを連れてきてくれないかしら?」
「あ、アリスさんを?!」
(でも、何処にいるとか分からないし……)
「結構前にそろそろ着く、って連絡が来てたから、もう近くには居るはずなの!幼女を見つけたりしたとか、道に迷った、って言うのがなければの話だけど!」
雷の剣で少年に立ち向かいながら、ウィリアはステラに言う。
「三分くらいなら、ギリギリ持ち堪えられるかもだから!」
「で、でも……」
「大丈夫だって言ってるでしょ?他にどんな悪霊が居るのかも分からないし」
そんなことを話していると、急に地面が揺れ出すのを感じる。
(地震……?!)
「……おっと」
少年は地面の揺れにバランスを崩しながらも、なんてことのないように近付く。
一方、ウィリアの言葉に慌てていると、余裕な様子で水を繰り出す少年は、歩みを進める。
「あれれ。おねえちゃんたち、何話してるの?ダメだよ。仲間はずれは――」
「――お待たせしたわね、二人共」
少年の声に重なるようにして、女性の声がした。
(……もしかして?)
聞き覚えのあるその声に、ステラは空を見上げた。
「アリスさん……!」
アリスは〈花使い〉である証のケープを着て、前会った時と同じように、可憐に地へ降りる。
けれど、ステラはその姿に違和感を覚えた。
ルルアの幻影を使ったこの少年とは違う違和感。
(あれ?アリスさん、左腕を抑えてる?)
左腕――丁度〈花使い〉の紋様がある方の腕だ。
(な、何かあったのかな?)
紋様と言えば、ステラの手の甲に顕現した時もとてつもない痛みがあった。
もし、それがアリスに襲いかかっているのだとしたら――。
考えたいことはいくつもあったが、ステラは一度止めると、後方へ下がる。
「遅れてごめんなさい、と言いたいところだけど……。それどころじゃないわね」
「アリスのくせに空気読めてるじゃない」
ウィリアが言うと、アリスは一瞬眉を吊り上げたが、状況を見て止める。
「す、すみません……。あの子、悪霊らしくて……」
ステラの言葉に、アリスは真剣な目つきで少年を見る。
すると、少年は攻撃をする手を止め、アリスを指差す。
「あれ、もう一人おねえさんが……オバサンか!」
「……オバサン?とっても優しいビューティフォーおねえさんの間違いじゃなくて?」
「な訳ないじゃん!」
正直に答える少年に、アリスは無言で拳を振り上げる。
「やっぱり男の子は嫌いだわぁ。容姿を揶揄うなんて。どうにかしてるわ」
「アリスさんアリスさん!?相手は悪霊ですよ?!」
「……それがどうかしたの、ステラちゃん?」
アリスは目の光を無くして、ステラを見る。
「私はまだ二十五歳よ!立派なおねえさんよ!」
「……そうなんだ」
興味なさげに答える少年に、アリスはふつふつと怒りが込み上げる。
(私が……?私が、オバサン?)
その言葉で、アリスの何かが切れる。
アリスは無言で俯くと、不気味な笑みを浮かべて言った。
「……フフ、私をオバサンと言ったこと、後悔させてやるから。待っていなさい?名のない精霊さん?」
「うん!よろしく、オバサン!」
「……ッく」
更なる少年からの言葉は、アリスにクリティカルヒットした。
当本人もそうなるとは予想していなかったのか、ポカン、と口を開けている。
けれど、思っていたよりもアリスは早く身を起こし、少年に向けて構える。
「な、舐めないでちょうだいね!」
その言葉を最後に、アリスは詠唱を始めた。
――「――ティフィートの化身なる幻の獣よ。我が花使いの命より、甘美なる粼を顕に」――
淡々と詠唱をすると、アリスは手のひらをすっかり暗くなった空に向ける。
先程とは段違いの様子に、ステラも驚いたが、それよりも〈花使い〉の使用する〈百花繚乱〉を行使しているところに、目を奪われていた。
「オバサン、思ってたより面白そうだね!」
辺りに水でできた針が大量に生成される中、少年は危機とした様子で尋ねる。
「……オバサンって言うの、辞めなさい?」
随分と落ち着いて答えると、アリスは少年を見て小さく呟いた。
「――悔い改めよ」
アリスの言葉で、水でできた針たちは一斉に少年へ向かう。
約三秒ほどの、一瞬の出来事だった。
水属性の精霊に水属性の魔術を向けてよかったのか、という疑問があったが、その疑問はすぐに打ち砕かれた。
「水に強い雷でも通らなかったものを、星が通るわけがない」
ならば、正々堂々、同じ水属性で挑めばどうか。
そういった心意気だったのだろう。
「しかも、〈百花繚乱〉となれば、確実なのは間違いない」
ウィリアはステラの隣で呟くと、羨ましげな表情でアリスの放つ攻撃の一部始終を捉えた。




