【2-8】無能な万能の力
「もう、ウィリアちゃんの〈百花繚乱〉を使えば良かったじゃない。ウィリアちゃんのだって仕留められたはずよ?」
アリスが精霊の少年の残骸を見ながら、ウィリアに向かって言う。
少年の残骸と言っても、精霊は悪精として倒された後は、体は消滅し、魔力しか残さない。
体といっても、精霊の体は魔力で作られているので、もとは形の無いものと同一なのだ。
アリスの目線の先には、僅かに水色を帯びた光がある。
(このまま放っておいても良さそうね)
普段ならば、攻撃の当たっていない何処かしらが残っていることがほとんどなのだが、今回は生まれて間もない精霊だった為か、魔力しか残っていない。
大体の場合、倒された精霊の魔力はその土地の中に還元する。
還す為にも、追加で魔術を使わねばならないかと思っていたが、そういうことにはならなかった。
「……そうですか」
ウィリアが小さく反応する。
けれど、その視線は下を向いていて、ギュッ、と拳を握りしめている。
結局、その後は精霊はアリスの〈百花繚乱〉で難なく倒していた。
幸い、追加の戦闘もなく、ステラたちはその場の状況について調べ、戦闘に向かったルルアたちを探す程度で事が済んだ。
(私の、〈百花繚乱〉……か)
「どうせ、私のは役になんか立たないし……」
誰にも聞こえないように、ウィリアは小さく呟く。
「別に〈百花繚乱〉を使わなくたって、倒せると思っちゃって」
「あら。油断は禁物よ、ウィリアちゃん」
アリスが言うと、ウィリアは唇を噛む。
(そんなこと……っ)
「例え、ウィリアちゃんがどれだけ魔術の研鑽を積んできたとしても、花使いとしても、竜や魔物を倒す為にも、敵わないこともあるんだから。……それに、まだ森の手前側に居た竜も倒さなきゃならないし」
確かに、〈百花繚乱〉とは〈花使い〉の使う魔術の最終手段である前提に、どんなものにでも万能である。
そこで、今回のような力を持った悪精や竜が頻繁に出ると、早く、そして効率良く依頼任務をこなせる。
……だが。
(そんなこと……っ)
アリスには以前話したはずだ。
私が持つ〈百花繚乱〉の力の特性と攻撃パターンを。
それならば。それならば……っ。
(もうこれ以上……っ)
ウィリアがそう願ったのと反対に、アリスは口を開いた。
「私好きよ?ウィリアちゃんの〈百花繚乱〉の――」
「アリス、私をバカにしたいの?」
ウィリアは俯いたまま、声を張り上げる。
「私の〈百花繚乱〉、見たことありますよね?なら、あれの無能さが分かりますよね?!」
「ウィリアちゃん……」
「どうせ、私はステラやアリスみたいな才能は無いんです!なら、才能がある人に任せれば、失敗することもないんですよ!」
ステラとアリスを一斉に見て、ウィリアは弱々しく呟く。
「……私も、才能があったら、あの時も……」
(……私に言ったあのことかな)
――「皆が皆、ステラみたいな技が繰り出せると思わないでね」――
ステラが思っていたよりも、ウィリアはそのことを気にしているようだった。
口惜しく歯を噛み締めると、ウィリアはそっぽを向いて歩き出す。
「……ルルアたちを探してきます」
「ち、ちょっと……!」
アリスの呼び止めに反応することなく、ウィリアはその場を後にする。
出来れば追いかけたかったが、ステラはしなかった。
(今すぐ追いかけるのは……。またウィリアさんを責めちゃう気が……)
ステラはウィリアが歩いていった方向を、ジッと見つめる。
森には沈黙が流れ、微かに吹くそよ風が木の葉を揺らす音だけが森中に響く。
アリスも、ステラと同じようにウィリアを追いかけようとはせず、表情を曇らせていた。
(なら、私は別の方向を探しに行った方がいい……よね)
「すみません、アリスさん。私、別の方向を探しに行って――」
「少し、待ってちょうだい。ステラちゃん」
ステラがウィリアが向かった方向と逆を向くと、アリスはそれを制止する。
「本当はウィリアちゃんが居る中で話したかったのだけど……。実は、話したいと思っていたの。ウィリアちゃんについても、……貴方についても」
「ウィリアさんと、私の……?」
ステラが尋ねると、アリスはぎこちなく笑みを浮かべながら頷く。
「そう。……花使いについての話」
「だ、大丈夫です……けど」
(ウィリアさんが……)
一度ウィリアが向かった方向を見ると、アリスも様子を伺いながら言う。
「ウィリアちゃんには、また機会があったら私から話をしておくから」
「なら……はい」
「ありがとうね、ステラちゃん」
言うと、アリスは少しの間黙り込む。
けれど、少しすると浅く呼吸をしてステラを向き直す。
「……ルルアちゃんから聞いてる?」
「な、何をですか?」
「花使いの仕組みについてよ」
アリスが言うと、ステラは息を呑む。
(仕組み……か)
ルルアからは大体の〈花使い〉の仕組みと特性くらいだろうか。
僅かに頷くと、アリスは続ける。
「各々の役割……なら、大体聞きました」
「そう。……実はね、ステラちゃん。花使いはね、“必ず、二年以内に命を落とす”の」
「……そう、なんですか」
何も思わなかった。
その言葉に実感が持てなかった。
(命を……落とす)
自身の命に関しても動じないステラに、アリスは首を傾げる。
「驚かないのね?」
「まぁ……。普段そういうことは考えないので……」
(考えようとしたこともないし……)
本を読む際にも、生命に関する本、詳しく言えば人間の人体に関わる本を読むことはない。
拒否している訳では無いが、ステラがあまり手に取らない本の分野である。
(だから、人の死っていうのにあんまり……)
「……それならいいんだけど」
そう言いながら、アリスは口元を抑える。
その様子は、何かを気にしているようだった。
「やっぱり、何かあるんですか?」
「……えっとね。花使いの末路には、まだ続きがあるの」
「続き?」
ステラが尋ねると、アリスはゆっくり頷いて続ける。
「そう。花使いの死というのは、花園にある魔造花の養分となることで、成立するものなの」
「養分……って」
――魔造花。
ステラは魔造花庭園に行った時、それをこの目でしかと見た。
数え切れないほどの花の数、多彩な花々。
思い出すだけで圧倒される。
(でも……)
――あれらの養分になる。
それが、どれだけのことなのかは、いくらそんな知識に疎いステラでも、容易に想像できた。
「ありとあらゆる魔術師の魔力の源。そこに花使いの肉体が魔力の代わりとなり、養分となって吸収される」
「だから、二年以内……っていうことですか」
「そういうことね」
「じ、じゃあ、アリスさんは何年就任してるんですか?」
(少なくとも、ウィリアさんよりは年上だから……)
少なく見積っても一年以上は就任しているはず。
身構えながらステラはアリスの答えを待つ。
「……七年は過ぎたわ」
「な、七年?!」
二年以内、ということを聞いてから七年という数を聞くと、その数に腰を抜かしそうになる。
「そうなるわよね。例外中の例外の中での例外だもの」
「そ、それはそうですけど……」
「……ウィリアちゃんも、そろそろ二年目に入るわ。だからこそ、伝えておきたかった」
「伝えてなかったんですか……?!」
(てっきり、伝えてるものだと……)
ステラが会う時のウィリアの態度から、就任してからしばらく経っているものだと思っていた。
けれど、伝えていない、ということは何か訳があるのだろう。
「そうね。大体、私は花使い就任二年目に入る子たちにだけ、伝えてるから」
「じゃあ、なんで私に……?まだ数日しか経ってないですよ?」
「――素質があるからよ」
静かに、アリスは言う。
「え?」
(素質……?)
ステラはアリスの言葉に、思わず口を開いた。
「貴方には、花使いの素質があるからよ」
* * *
「ルルアー?居るの?」
魔力探知を駆使しながら、ウィリアは森の中を彷徨っていた。
ステラたちと離れてから、もう数十分も歩いている。
けれど、どれだけ歩いても、ルルアが居る気配もすらない。
魔力探知も、何も引っかからない。
(……ステラたちにはああやって言って来ちゃったけど)
――「どうせ、私はステラやアリスみたいな才能は無いんです!なら、才能がある人に任せれば、失敗することもないんですよ!」――
(言い過ぎだったかな……。でも、思ってることは本当だし……)
ウィリア自身が〈花使い〉の素質が無いことは、自分で痛いほど分かっている。
(……〈百花繚乱〉だって)
ウィリアの〈百花繚乱〉とは、生命力を操る力をも持つ、雷霊神ウェスリーブのもの。
代々、第五芽の力を与えられた〈花使い〉たちは、雷霊神ウェスリーブの加護もあり、それ相応の強力な力を授かることがほとんど。
他の〈花使い〉でも、第一芽のアリスは水霊神ティフィートの、水を精度の高い針状にした、“水針の襲来”。
第六芽のステラの星霊神ミスタルバの、星屑を矢に生成し、無数に作り上げる“天明の流星矢”。
数代前に、最上級魔術として魔術師の間で崇められていた技たちだ。
ステラやアリスの他の〈花使い〉の技でも早々居ない。
けれども、その中でもウィリアは違った。
――その場に静電気を発生させるだけの、“雷撃の揺るぎ”。
上手くやれば、静電気で身を硬直させることは可能。
だが、それ以外は何の役にも立たない。
「私のは、無能なのに……っ」
(どうして私が花使いだなんて名乗れるの……?)
子供の頃から魔術の勉強ばかりして、一般教養なんて軽く流し、侯爵の家系すら都合としなかった魔術脳が、つい最近〈花使い〉に任命され、何の役にも立たない魔術を継承する。
それを知った父とルルアの表情を、今でも覚えている。
哀れみを浮かべた、娘に無関心の父と、酷く優しい姉のルルア。
思い出すだけで嫌気が刺す。
それから、父と縁を切り、姉のルルアとは過去の出来事もあり、それなりの関係を取り戻した。
けれど、それもウィリアが望んだことではない。
「……せめて、見つけるくらいはしないと」
自分の言葉に、責任を取らなければ。
ウィリアは顔を上げる。
「それにしても」
立ち止まって辺りの景色を見渡し、ウィリアは呟く。
(景色が、いつまで経っても変わらない……?)
歩き出した時と、何ら変わらない景色がそこにはある。
唯一違うのは、ステラたちが居ないことくらいか。
ウィリアは注意深く警戒しながら、いつでも攻撃が出来るように身構える。
魔物が居なくとも、ここは悪霊が現れた森に違いはない。
(飛行魔術を使う……?)
そうしてみようかと思ったが、上空からだと見えない箇所が多すぎる。
ここは見つからなくとも、徒歩で向かう方が妥当だろう。
そう思い、再び歩き始めた時だった。
「……あっぅ、あのぅっ」
小刻みに震える声に合わせて、右端にあった低木がカサカサと揺れる。
(こんな所に……?)
ウィリアは恐る恐る低木に近付くと、声の主を目に映した。
「こ、この人……だ、大丈夫ですか?」
先程の悪精の姿と同年代の姿をした赤茶色の髪をした少年が、土まみれになって倒れていたルルアを指しながら、ウィリアを見上げるようにして尋ねる。
戦闘によってなのか、ルルアが土まみれになっているのに対し、少年は綺麗に整えられたシャツと、何やら見覚えのあるローブを着ていて、身なりが整えられている。
見た目は元気っ子、という印象だったが、反応や声からして、幼く気弱なことが分かった。
少年が何故悪精が出るような場所にいるのか不思議だったが、ルルアを見るとウィリアは言う。
「待って。今確認する」
そう言ってルルアの元に駆け寄り、手首を触って脈拍を測る。
(……大丈夫そう、かな)
脈は正常だったので、おそらく大事には至っていない。頭を打って気を失ったのだろう。
「大丈夫そう。出血もしてないし」
「よ、良かった……」
少年は胸を撫で下ろすと、へにょりと力が抜けて後方へ倒れ込む。
「と、突然来て倒れたんで……。大丈夫そうなら良かった……」
その隙に、ウィリアは少年に尋ねる。
「貴方、何故ここに居るの?」
「何故?……何故って」
「ここ、僕の家なんだ」
両腕を広げ、少年は空を仰ぐ。
「家……?」
「うん!」
(こんな悪霊すら出るこの森に、この子供の家があるの?)
俄かに信じ難いが、少年の様子からするに、嘘は言っていない。
(じゃあ、もう一体の悪霊?)
いや、それはない。
あの悪霊を倒してから、大幅に魔力の濃度が下がっている。
しかも、この少年から悪霊ほどの魔力を感じ取れない。
(でも、花持ちではある……)
少なからず魔力の存在は確認できる。
よって、魔術師の子供であることは確か。
だが、ウィリアの支配下に、この少年は居ない。
なら、他の〈花使い〉の支配下に管理されている少年なのだろうか。
(疑っても、仕様がないし……)
とりあえず聞いてみなければ話は進まない。
「……ねぇ、貴方」
「なっ、なんですか?」
「……私は花使い、ウィリア・フォマリア。貴方は?」
「は、花使い……?!」
ウィリアが自身を明かすと、少年は驚いて目を剥く。
「貴方は?」
ウィリアが圧をかけてもう一度尋ねると、少年はオドオドしながらも指をこねる。
「……えっと」
その様子に、ウィリアが睨むように見ると、少年は背筋を伸ばし、言った。
「国立図書館所属、見習い弟子の、ブレット・ビクトリア……です」
「見習い弟子……」
ウィリアはその名を聞いて、口元を抑えた。




