【2-9】チョップして寝てもらったのだけど……
「……本当なの?」
ウィリアは疑問を抱きながらもブレットに尋ねる。
(見習い弟子……はルルアがステラに通わせてるところの名前じゃあ……?)
そう言えば、少年が着ているローブも、見習い弟子のものだったか。
だが、図書館からここまでは結構な距離があることはウィリアでも分かる。
そういう点では、何かしら事情があるのだろう。
改めて少年を一瞥すると、ウィリアは怪しみながらも続ける。
「ここが、貴方の家なの……?」
少年を一点に見つめ、ウィリアは緊張しているブレッドに尋ねると、ブレッドは怯えながらもゆっくりと口を開く。
「花使い様でも、こっちの地方のことはご存じではないんですね……」
「ごめんなさい、私、王都の方の生まれだから……。それに、大体こっちの方ってアウトラ王国との関係が深刻だって聞くし……」
この辺りのオルタ峠や、ウェルディア王国の北の街、ゼレクトは、特に南や中心部の王都からは酷く嫌われている。
悪霊や悪精と呼ばれる害のある精霊や魔物による被害が王都よりも遥かに多く、より頻繁に起こるからだ。
花使いであるウィリアも、依頼任務の三分の二が、この北の街、ゼレクトやオルタ峠の悪精退治である。
(まぁ、北に行くほど魔力濃度も高くなるし、動物たちや精霊が住むのに適してるからね……)
だからこそ、より頻繁に魔力の摂取障害によって魔物が凶悪になったり精霊の力が大幅に増幅し暴走することがある。
そんなこともあり、王国の中心である王都や魔物の少ない南側に住む住人から避けられている。
だが、それに加えて、ゼレクトはウェルディア王国の北西部にある小国、アウトラ王国との戦争時代の出来事もあり、険悪な関係が続いている。
「そ、そうですよね。普段こっちに好意を持つ方が少数派ですし……」
正直言うと、ウィリアは北の方は好きではない。
無論、魔物や悪精が多く出ることは勿論嫌だが、ゼレクトは恐ろしい民話の元になった場所やら出来事やらが多いのだ。
(魔力が多くて息も絶え絶えになるし……。そもそも王都から遠いし……)
「ということは、何か事情があるの……よね?」
「はい。……あまり言わないようにしているんですが、この辺りは人間と魔物のハーフなるものが多く住んでいるんです」
つい先ほどまでオドオドとしていたブレットが、手慣れた様子で淡々と説明する。
これまで、それほどまでの数を説明してきたのだろう。
「……魔族、ってところかしら?」
「そうですね……」
――魔族。それは、人間の形をした、精霊とは別に、人間とは言い難い力や特徴を持つものを指す言葉である。
精霊の力を持つ翼族、夜狼と人間を掛け合わせた人狼族……言ってみればいくらでもある。
つまりは、ブレットも何かしらの魔族なのだろう。
(ここが家と言ってたし、高確率で本当なのね)
魔族は、元々自然の元に生きる魔物と交配した種族だ。
魔族の家が森林の元でも、何もおかしなことはないのだろう。
「花使い様には隠すわけにはいかないので、先に言及しておくと……。僕は、実は竜人族の生まれで……」
「竜人族……」
ウィリアには、その名前に聞き覚えがあった。
いつしか本に入り浸っていた頃、一度だけ目を通した詳細。
――魔族最強と呼ばれる、竜人族のことを。
けれど、それにしてはブレットが竜人に見えない。
言えばなんだが、ウィリアが知っている竜人というものは、髪は明るい赤や青みがかった色が多く、体格が大きい。
しかし、ブレットはそれと正反対と言っていいほど華奢で臆病そうだ。
「でも、僕、純竜人族って訳じゃあないんで、めちゃめちゃ強いってことじゃないですよ。……こんな体格だし」
「どういうことなの?」
「簡単に言うと、僕の方は人間の血の割合が多いんです。だから竜の方の特徴が出にくいって言うか……」
気まずそうに頭を搔くと、ブレットは手を合わせて話を終わらせる。
「ま、まぁ、色々あるんですよ……。……それで、今父を探しているんですけど」
そして辺りを見回すと、自身の足元を見て言う。
「せっかく鳥、捕まえてきたのに。どこに行ってるんですかね?」
「……竜だから背格好で分かると思うけど?」
ウィリアが言うが、その言葉で更に気まずくなったのか、ブレットは小さく縮こまりながら続ける。
「えっと……。話ちゃうと、僕の父、あんまり背が高くないんですよね。ほら、僕も小さいですし」
自身の頭の辺りに手のひらを当てて、身長を示すと、ブレットはウィリアの方向の奥の方にあった洞窟をその場から覗き込む。
けれど、目当てのものは見えなかったのか、すぐにそれを辞めて両足を地につける。
「いつもなら、もう家に居るはずなんですけど……」
心配そうに言うブレットに、ウィリアはの頭にはひとつの可能性が思い浮かんだ。
(……っていうことは)
「……地竜よね?貴方のお父さん」
その答えはブレットの核心を突いたのか、目を丸くしてブレットは言う。
「は、はい。そうですけど……。なんで分かるんですか?」
「なら、私、見たわ」
(この辺りで竜に会ったといえば、あの時しかない……)
「――行くわよ」
ウィリアは地に横たわるルルアを担ぐ。
そしてブレットを引き寄せながら、ウィリアは額に汗を浮かべ、元来た道を戻り始めた。
* * *
「――貴方には、花使いの素質があるからよ」
「素質……?」
ステラが聞き返すと、アリスはこくりと頷き、続ける。
「特殊な紋様が浮かび上がり、花使いになった証を持つこと、それ以上の素質が、貴方にはあるの」
「……はぁ」
「……でも、今のうち言えるのはそれだけ。……また近いうちに話しましょ。依頼任務もこなさなきゃだし」
「そ、そうですね」
ステラは返事を返すと、辺りの木々を見回す。
(まぁ、時期に話してくれそうだし、大丈夫かな)
それだけ思って、アリスに向き直る。
すると、丁度後方から、何かが咆哮を上げるのが聞こえる。
「……さっきの竜ね」
「そう言えば!」
竜と言えば、ここに向かった矢先、ステラと会った地竜である。
ウィリアと話している間、その場から離れていたので特に気にしていなかった。
(……ってことは、あの音って竜が倒れた音……?さっき、ってことは、アリスさんも見て?)
「眠らせておいたのにねぇ……。やっぱり竜には効きずらいのかしら」
「ね、眠らせたんですか!?」
「そうよ?あれだけ大きいもの。ルルアちゃんたちを見つけてから皆で倒した方がいいと思って」
アリスなりに、色々考えていたようだ。
それを聞くと、ステラは目を丸くしてアリスにジリジリと歩み寄る。
「そ、そんな眠らせる魔術が……?!」
ステラの知らない魔術があったのか、と目を輝かせていると、アリスは驚いた様子で言う。
「魔術……っていうより無理やり?竜の眉間をチョップしてきた……って感じね!」
予想外の返答に、ステラは身を硬直させる。
(……ん?)
聞き間違えかと、ステラはアリスの言葉を復唱する。
「チョップ……?」
「そう、チョップ」
残念なことに、聞き間違えではなかったようだ。
偉大なる花使いでもそんなことをするのか、と唖然としていたステラをよそに、アリスは上を向く。
「あぁ、でも。そんなに強くやった訳じゃないから、直ぐに起きちゃうと思ってたのよ。ほら、そーっとね!こうっ……」
そう言って左手の指を隙間なく揃えると、空中で空気を割くようにしてそのチョップとやらをする。
それらを何度か繰り返すと、アリスは突如として我に返る。
「そんなことしてる場合じゃ無かったわね……。とりあえず、私がチョップして寝てもらってたのだけど、起きちゃった、という訳!」
唐突な自己完結にステラが目を剥くと、アリスは「あら、ごめんなさいね」と口元を抑える。
「ウィリアちゃんが入れば良かったのだけど、待ってる暇もないし……。……ステラちゃん、まだ魔力はあるかしら?」
「た、多分あります!」
(全然元気だし、あれから時間経ってるし!)
今日、そう言って倒れたのだが。
ステラはそんなことにも構わず、無我夢中で答えた。
「早く、倒しましょう!」
ステラの答えに、アリスは微笑みを浮かべ、頷いた。
すると、それを見計らっていたかのように地面は振動する。
それも、より合間を無くし、小刻みに段々と大きくなっていく。
「――浮かび上がれ」
ステラより先に飛行魔術の詠唱を終えたアリスが、軽々と上空へ上がる。
遅れてステラも飛行魔術の詠唱を終えると、アリスの後を追って空へ上る。
ステラたちが居たところは木々に囲まれていたので竜の全貌は捉えられなかったが、森を出るとその姿が顕になった。
ステラにとっては二度目の光景。
全身茶色に光る鱗で覆われた体、獲物をも逃がさないと言わんばかりの鋭い目。
通常より巨大化した地竜が、咆哮をあげていた。
(さっきと同じだ……)
地竜の咆哮がステラとアリスの耳を貫く。
「――浄化せよ」
アリスが詠唱をすると、辺りにはいくつもの水の柱が生成される。
しかも、それらは自ら巻き上がって鋭利に尖っていて、先の方は沈む前の日の光が反射して目をつく。
目を細めながらも水の柱を避けると、水の柱は目で追えないほどに速く地竜へと向かう。
やがて地竜の背に水の柱が深く突き刺さると、痛みで地竜は辺りに響かせるように大声で唸る。
しかし、体には一切の傷も刺さった痕もなく、水の柱を跳ね返していただけだった。
「やっぱり地属性には風魔術の方がいいのね……。ステラちゃん、いけるかしら?」
「は、はいっ!やってみます!」
(魔術書を読んでた、って言っても、詠唱を覚えてる訳じゃないからな……)
ステラは本に載っていた魔術を全て扱える、という訳ではない。
そもそも、魔術というものは魔術式、詠唱両方が存在して成り立つ術。
魔術式が理解できても、魔術式と詠唱はほぼ別物。
構成する言語も仕組みも異なる。
あくまで、魔術式は魔術を行使する為の型。詠唱はそこに魔力を流し込む儀式。
実践すら十回も行っていないステラは、まだ初級魔術しか十分に扱えない。
けれど、頼まれたというのならば、行うのみ。
(風魔術……かぁ。覚えてるのだと、確か……)
「――空を制せよ」
覚えてる限りの風魔術でステラは頭上に魔法陣を展開し、緑色のオーラを纏った風を巻き起こす。
この魔術は、風を巻きこむようにして、身体を割く魔術。
(……と、とりあえず、当たってくれればっ!)
風が十分にステラの頭上で勢力を増すと、ステラはゆっくり上昇して地竜の前に現れる。
そして手のひらを前に向けると、渦を巻いた風たちは一目散に地竜へ向かう。
だが、それも鱗に当たった後、弾かれてしまった。
「なんで……?」
ステラが呟くと、アリスはステラに近付きながら説明する。
「恐らく、だけど、この地竜、相当な魔力を纏ってるわ」
「魔力を纏う……?」
「精霊の生成する花々を捕食し過ぎると、竜は他の魔物とは違って魔力を纏い、自身の属する性質を高め、その威力を増させる。……最悪ね」
(精霊の生成する花々……)
魔力を纏うことは知らなかったが、それ以降の現象や症状についてはステラに聞き覚えがあった。
「……摂取障害の二段階目、ですか?」
魔力摂取障害。その症状は全部で三段階ある。
一段階目は、よく見る通りの巨大化、及び力の増幅。
二段階目、一段階に加え身体の教化、魔力を帯びることによっての外側のダメージ軽減。
三段階目、魔獣、怪物化。
そのうちの二段階目に当たるのが、これらの症状である。
「そう。物知りね?……だけど、魔力摂取障害を引き起こした後の対応方法が、どうしても思い出せないのよね……」
地竜から目を離さないようにしながら、アリスは感心してステラに言う。
ステラはしばらく考えた後、何かを思い出すと、アリスに向かって叫ぶ。
「それなら、分かると思います!」
ステラが言うと、アリスは希望に溢れた瞳で続ける。
「教えてもらえないかしら?!」
「それは……――」
ステラが口を開きかけた時、背後から小さくそれを制止する声が聞こえた。
「――待って!」
ステラは振り向くと、静止した人物の名を小さく呟いた。
「……ウィリア、さん?」




