【2-10】戦闘に狂う兄と恐怖する弟
ステラの目に映ったのは、息切れをしながらステラの腕を掴むウィリアの姿だった。
ただ、急いで来たのか、飛行魔術もままらなくフラフラと飛行している。
「……ぶ、無事だったんですね」
安堵して胸を撫で下ろすと、ステラはその流れで腕に目を向ける。
――掴まれている。
(な、なんで?!)
「ど、どうしたんですか、ウィリアさん――」
「ステラ、教えなくていいから、辞めて!」
(教えなくていいから……?!)
まるで意味が分からなかった。
目の前には地竜が居る。ならば、討伐する以外他ならない。
「ウィリアちゃん、バカなこと言ってないで、早く応援を――」
「バカなことは分かっています!」
ウィリアが慌てながらもアリスに向けて叫ぶが、アリスは一向に耳を傾けない。
遂にはウィリアをも無視し、詠唱をする。
「――望みのまま」
アリスが詠唱をさっさと済ませると、天から魔法陣を通じて星屑の槍を生成する。
それを見たウィリアは、ステラに構うことなくアリスがいる方に向かう。
――まるで、何かを守ろうとしているように。
けれど、ウィリアが止めている間にも、竜はこちらを見ている。
この状況では、まともに話している時間は無い。
「でも、このままじゃそれよりも……!」
「あぁっ。もう、キリがないじゃない」
アリスは頭を搔くと、歯を食いしばりながらもステラに向き直る。
「ステラちゃん、退いてくれる?」
「えっと……。は、はい」
何をするつもりかは分からなかったが、言われた通りに左に避けると、その後、すぐさまアリスは詠唱をする。
「――撃て」
すると、ウィリアが反応するよりも先に、アリスの指先から一筋の光が飛び出し、ウィリアの方へ真っ直ぐ向かう。
それも一瞬のことで、それらは瞬き一回の間に起こった。
当然、ウィリアは反応することも出来ずに額に光が当たる。
「……っく」
ウィリアがそう言葉を漏らすのが聞こえた後、額に当たった光の衝撃の反射で、ウィリアは失神する。
よって、当たり前に操作元を失ったウィリアの身体は、飛行魔術が解除され、地へと真っ逆さまに落ちる。
攻撃を放った張本人であるアリスは、ウィリアが失神して地へ落ちるまでを見送ると、なんてことのないように続ける。
(だ、大丈夫なのかな……?!ウィリアさん……)
常人ならば、真っ逆さまに落ちたとなれば高所からの落下で即死か大怪我を負うだろう。
けれど、今落ちたのはウィリア。言っても〈花使い〉である。
それほど心配しなくても問題はないだろう。
「……さぁ、ステラちゃん。早く対処方法をっ!」
(……いや、今は言わなきゃっ!)
アリスの声に気を取り直すと、ステラは思い出した対処方法を口にした。
「――魔力摂取障害の元となった魔花の回収と、浄化です!」
* * *
「魔力探知、魔力探知……」
ステラは、魔力の瘴気が漂う森の中、記憶を辿りに魔力探知を操作していた。
(やっぱり、慣れないから途中で途切れたり誤認しちゃうこともあるな……)
魔力探知には、未だ慣れない。
操作方法もそうだが、魔力探知という一種の魔術を、期限の決まっていない長い間維持することが、ステラにとって一番に難しい。
けれども、初めてにしては上手く出来ているように思える。
――「とりあえず、ステラちゃんは魔花を探してちょうだい!」
そう言われて来たぐらいには、上手くいっているだろう。
一先ず、魔力探知に関して、大きな問題は無さそうだ。
ステラは一息つくと、歩みを進める。
(……それにしても)
先程の判断は、果たして良かったのだろうか。
先々のことを考えるとなれば、竜の討伐は絶対に避けられないもの。
そう考えれば、何も気負うことは無い……が。
――「待って!」
ウィリアの反応的に、唯止めたかった訳では無いのは確か。
「……何があったんだろ」
もしかすると、何か事情があったのでは無いか。そんな可能性も捨てきれない。
(あとで、話を聞いてみようかな)
そんなことを考えながら辺りを見回す。
けれど、それらしいものは見つからないし、魔力探知にも引っ掛からない。
(おかしいな……?)
記憶通りにいけば、もうすぐ魔花が現れるはずなのだが、一向に反応が無い。
魔花とは、精霊の魔力を帯びた花である。
その為、例外なく魔力探知には引っ掛かるはず。
なのだが、反応する素振りすら見せない。
今ステラが展開している魔力探知は、大体数十メートルに作用する。
それに、数多くある魔力探知のうち、今使っているのは魔物にも魔花にも反応する。
このような森には魔力が溢れているはず。
だから、誤差のひとつやふたつ出てくるものだと思っていたが。
(……ど、どこなのぉ)
そこで、ステラはふと思った。
まさか、ステラが憧れる魔術師は、このような困難をも乗り越えていたのか。
見つからない中で、ようやく見つけたのがステラたちが知る魔術師の成果だったのではないか。
「……っく、やっぱり魔術師の魅力は耐えないなぁ……っ」
憧れだった魔術師の余韻に浸っていると、ふと遠くから声が聞こえる。
それと同時に、ステラの魔力探知に膨大な魔力反応があった。
「……東?」
(ん……?)
魔力探知の反応通り東の方向を見てみると、案の定遠くであったが、一人、少年が居た。
魔力反応としては相当強い大人かそれ以上だったが、ステラから見えたその姿は幼い印象だった。
加えて、何処か既視感があった。
「お、おにぃちゃん。ど、どこ……?」
白髪の、先程ステラが出会った精霊と同じ顔をした少年が、そこには居た。
少年を見つけた瞬間、ステラは目を剥きながら呟く。
「お兄ちゃん……?」
(あの精霊の子に似てる……?でも、アリスさんが倒したはずじゃ?)
確実に、跡形もなく消え去ったはず。
しかし、ここには全く見た目が同じの少年が居る。
魔力探知を辞め、ステラは恐る恐る近付く。
「どうしたの?」
「……ひっ!」
声を掛けてみると、少年は驚いて肩を竦ませて、ゆっくりこちらを向く。
左側から見ていても驚いたが、正面から見ると、より先程の精霊と似ているように見える。
ステラは手を伸ばし、こちらを見て怯える少年に続ける。
「どうしたの……?迷子?」
「……あのっ。えっと……」
少年は困ったように目を泳がせると、震えながら答える。
「そ、そうです……」
それを聞いたステラは、少し間を開けて留まる。
(迷子……なら)
「お兄ちゃんって、誰?一緒に探す?」
ステラの質問に、少年はこちらを見上げながらフルフルと瞳孔を震わせる。
「に、人間……?」
「え?」
「人間……なの?」
恐る恐る尋ねると、少年は一歩後方へ下がる。
恐らく――いや、確実にこの少年は人間ではない。
(あの精霊の弟?)
「わ、私は人間だけど……」
ステラが言うと、少年は「ひっ……!」と飛び上がって、勢いよく走り出す。
「ま、待って!」
(話を聞かなきゃ……!)
ステラは少年を引き止めると、目線を合わせて尋ねる。
「人間は、精霊を殺すんだ……っ。森に住んでるだけで……っ」
「そ、そんなことないよ!」
「嘘だっ……!」
後退りしながら頭を抱える少年に、ステラはなるべく冷静に続ける。
「私、貴方に何もしないよ……!」
「本当……?」
「そう。本当」
落ち着いたステラが言うと、少年はステラの言葉を信じたのか、こちらを向いてステラを見上げる。
「お兄ちゃんを探してるの?」
「……そう、です」
(それなら……)
ウィリアやアリスに言われた通り、ここで始末しておいた方がいいのだろうか。
このまま放っておいたら、前の精霊のように何が起こるか分からない。
それに、ステラはこの少年に構うより先に、魔花を探さなければならない。
(この子のお兄さんは殺しちゃったし……)
少年の兄に関しては、アリスが〈百花繚乱〉を使って倒してしまった。
なら、真実を伝えて魔花探しに戻った方が良い。
(でも、この子が強い可能性も十分にあるし……)
ステラに怯えているからといって、その力が弱い理由にもならない。
しばらく考え込むと、ステラは迷いながらも口を開く。
(これが、一番の最適解。……よし)
「……じゃあ、一緒に探そう」
「……本当?」
少年は半信半疑の様子で首を傾げる。
それを見て、ステラは小さく頷いて、指を一本突き立てた。
「――でも、ひとつ手伝って欲しいことがあるの」
これで、少年の様子を見るのも、ステラの役目も同時に果たせる。
「……手伝って欲しいこと?」
ステラは、不思議そうにこちらを見る少年を見つめながら、それを伝えた。
「一緒に魔花を探してくれない?」
「……魔花?」
「うん。ちょっと用事で必要なんだ……。……もし見つけられたら何でもするから!」
(とりあえず、見つけられれば後は大丈夫だよね)
魔花は精霊の作る花。つまりは、精霊自身がその存在を見つけられる。
早く探して浄化――排除するには精霊の力が必要だ。
ステラの提案に、少年は縮こまりながらも、こちらをチラチラと見る。
安心させようとステラが微笑みを浮かべると、少年は、小さく途切れ途切れに言った。
「……わ、分かり……ました」
少年が言うと、ステラは緊張が解け、肩の力が抜けてその場にへにょりと倒れ込む。
「よ、良かった……ぁ」
(これで大幅に時間が減らせる……)
これが、不幸中の幸いというやつだろうか。
「だ、大丈夫ですか?!」
少年が慌ててステラに声を掛ける。
(さ、さっきの悪精が怖かったから、てっきりこの子も怖いものだと……)
何せ、ステラがルルアではないと見破った後、攻撃を仕掛けてきたのだから。
終いには「面白いね」とも言われながら追われる事態に発展した。
そんなこともあったせいか、気付かぬうちに肩に力が入っていたようだ。
(……気持ちいい)
触られているところに、普通ではない違和感を感じる。
ふと、掴まれているところに目を向けると、小さく呟く。
「不思議……」
この少年に触られているところに、人間特有の皮膚の感触とは違った、無機物に触られているような感覚があった。
初めて実感した、ということもあり少し驚いたが、ステラはそれについて知っていた。
ステラは前に、図書館で精霊について調べた時、水精霊の特徴を見たことがあった。
その文献に拠れば、“水精霊は水で出来ている”と記されている。
実際にその資料は正しかったのだ。
(凄いなぁ……)
またひとつ、資料の事実の正誤が確認できたことが嬉しかったが、余韻に浸る前に少年に体を揺らされ、無理やり身を起こす。
「ご、ごめんね」
急ぎつつ少年を見ると、少年はこちらを心配そうに見つめていた。
「……どうしたの?」
ステラが尋ねると、少年は気まずそうにしながらも、ゆっくり口を開く。
「初めてだったから……。ボクに触られて嬉しそうにする人間を見るのが」
「……そうなんだ」
精霊はまだしも、悪精となれば人間との関係は劣悪なものであるのは誰でも分かる。
このような森であれば、例え魔力の濃い汚染樹林でなくても忌避されるだろう。
(……でも)
「あっ――」
「ありがとう、おねぇさん」
ステラが喋り出す前に、少年がはっきりとそう言うと、ステラは言葉を呑み込む。
(これまでに、居なかったんだ)
反応からするに、この少年が言っていることは本当であるのだろう。
ステラはその事実に愕然としていたが、思いとどまって心の中で呟く。
(……なんで)
そう思ったのも束の間、ステラは体を起こし、手の甲に浮かぶ紋様を見ると、ハッと我に返る。
「そうだ、魔花……!」
(すっかり忘れてた……)
慌てながらも、少年に視線を向ける。
ステラの慌てた様子に、少年も驚いているのか目を見開いている。
ステラは一度深呼吸すると、少年に尋ねる。
「急で申し訳ないけど、魔花って、何でも探せるの?」
「……はい。指定されたものなら」
「なら、……魔力が放出され続けてる魔花が何処にあるか分かる?」
魔力摂取障害を起こさせている魔花は、通常と違ってその個体に向けて膨大なほどの魔力を供給する。
その時の魔花は蕾の状態がほとんど。
普段は作られた精霊の魔力を溜め込んでいるので、蕾の中で増幅する。
そして魔力摂取障害を起こす時、溜め込んでいた増幅した魔力を一気に解放し、多くの生物を魔力摂取障害へと追い込むのだ。
(こう言えば、今すぐ何処にあるか分かるし……)
それから数秒沈黙が続いた後、少年は顔を上げる。
「分かりそう……?」
「す、少し、待っていてくたさい……っ」
そう言って少年は空を見上げると、目を瞑り胸に両手を当てる。
その時、胸の辺りには淡い光が纏い、その場の空気を変える。
(これが、魔花を見つける方法なの?)
この状態は本で見たことがなかったので、ステラは興味深そうに少年の隣で胸元を見つめる。
しばらくして少年が目を開けると、迷うことなくステラの方を向く。
そしてパクパクと口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返すと、少年はステラの斜め後ろを指差し、言った。
「そ、そこに、ありますよ……?」
「え?そこ?」
指を差された方を見ると、そこには堂々と花弁を広げている赤茶色をした魔花があった。
(すぐ近くにあるじゃん?!)
「な、な、な、なんで?!魔力探知してたのに……!」
何故ステラが魔力探知をしていたときに見つけられなかったのかが疑問なところだが、それよりも先にステラは少年の方を改めて向く。
(で、でもとりあえずこれだけは……)
「助けてくれてありがとう……!」
「……!」
少年はステラの言葉に驚いたのか、あちこちを見る。
「……魔法によって隠されていた跡があったから、……誰かが隠したんだと思います」
「魔法……?隠した……?」
「は、はい」
「魔術じゃなくて?」
「そ、そうです」
少年が言うと、ステラは考え込むようにして俯く。
(……なんで、魔法が?)
この王国では、魔術が圧倒的に使われてきた。
なのに、この魔花を隠すに“魔法”を使われた、という。
魔法とは、魔術とは違い、より繊細で魔力を必要としない、より強固なものである。
なので魔術式を編む必要も無いし、詠唱も必要ない。
しかし、だからといって一般人が扱える訳もなく、特別に国王に認められた者だけが扱えるものである。
(……そう、か)
ここに、それだけの実力者が来ていたのか。
ステラは動揺しながらも少年を見つめる。
少年の反応的に、嘘は言っていない。
なら、信じる他ない。
「分かった。……説明、ありがとう」
そう言って前に出ると、ステラは姿が顕になった魔花に向けて、詠唱をする。
(確か、魔花に有効だったのは……)
「――うち広がれ」
記憶を頼りにしながら詠唱を終えると、魔花から赤茶色いオーラの纏った魔力の粒が広がる。
そして魔力の粒が制止した瞬間、魔力の粒は下へ下へ、地へ地へと徐々に下降する。
下降した魔力の粒は、やがて魔花だけを残して地へ戻る。
「これで、大丈夫かな……?」
魔花から色が抜けて、花弁が白くなると、ステラはホッと胸を撫で下ろす。
「よ、良かった……」
思ったよりすぐに終わったので、ステラは少年に目を向ける。
「……っ!」
ステラの目に映ったのは、何処からか現れた黄色のオーラを纏った雷が貫通した、少年の姿だった。
「だ、大丈夫?!」
ステラが声を掛けた直後、背後から足音がする。
「ステラ、離れて」
そこに居たのは、アリスによって気絶させられていたはずのウィリアだった。
けれど、その背後にはもう一人の影があった。
(ウィリアさん、大丈夫だったんだ……!)
アリスの攻撃が直接当たり、真っ逆さまに落ちていったので、正直無事だったのか心配していた。
特に無事ではないところと言えば、服と身体中の傷だろうか。
安心したステラがウィリアに声を掛けようと口を開くと、ウィリアはステラに目もくれず詠唱をする。
「――討ち裂け」
(……え?)
ウィリアが詠唱を終えた瞬間、ステラの真横に眩い光が落ちてくる。
あまりにも眩しかったので、思わず目を瞑ってしまった。
けれど、直後ステラの隣に居たものを思い出すと、慌ててそちらの方を向く。
「……っ。なんで?!」
そこに居たのは、雷によって体を引き裂かれた精霊の少年の姿があった。
その無惨さに、ステラも少年すらも声が出せずにその場に固まる。
「この辺にいる精霊は全部悪精なの。騙されるところだったじゃない」
「だ、騙される……?」
「前の精霊のときに言ったでしょう?悪精だって」
確かに、前の精霊にはそう言っていた。
けれど、それとはわけが違う。
「で、でも、この子は魔花を探してくれて……」
「……そんなこと、まだやってたの?!」
「まだって……」
「早く、行くわよ――」
そうウィリアが振り向くと、背後で時折聞こえていた攻撃音が鳴り止む。
そこに居た全員、もれなく上空を見上げると、小さかったが僅かに詠唱をする声が聞こえた。
「――その身を燃やせ」
――パァーッン――
耳に爆発音が鳴り響いた。




