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ブルーム・イン・ザ・フラワーガーデン  作者: 夜花みあな
第二章「図書館の司書の見習い弟子編」
20/21

【2-11】迷いに迷い、その果てに

 ――数十分前。


「――っ」

 アリスは、腕に傷を負った。

 長い間対峙していた地竜の魔力摂取障害で更に増幅させられた地踏みで木の幹に吹っ飛ばされ、木の枝で腕を切ったのだ。

 真っ向から突っ込んでいたので、最初はまるで全身に力が入らなかったが、そんな体にも鞭打って立ち上がる。

(やっぱり、一体一だとまるで相手にならない……)

 先程まではステラもこの場に居たので対等に戦えてはいたが、ステラを魔花捜索へと送り、一人となった今、思うように攻撃が出来ない。

 フラフラとよろめきながら立ち上がると、アリスはゆっくりと木陰に身を潜める。

(……もう、日が暮れたわね)

 既に、辺りは暗闇に包まれて、空には星だけが浮かんでいる。

(今日は、新月だったかしら)

 頭がぼんやりとするせいか、余計なことを考えてしまう。

「……よし」

 どうにか自身を落ち着かせようと、何度か深呼吸を試みる。

 すると、効果があったのか、頭が一段とすっきりして思考しやすく感じた。

 手を握ってみても、先程よりかは力が入る。

(これで……)

 アリスは最後にもう一度だけ深呼吸をすると、影から顔を出して、地竜の様子を窺う。

 アリスが突然居なくなったせいか、地竜は攻撃を仕掛けずに大人しい様子だ。

 魔力摂取障害であっても、誰でもお構い無しに攻撃してしまうわけでは無いのだろうか。

 もしそうすれば、安全とこの辺りの被害を鑑みて、このまま身を隠していた方がいいのだろう。

 だが、無闇に判断して更に被害を及ぼすわけにもいかない。

 ならば、せめてステラが魔花の浄化を終えるまで、大人しく戦うべきだろう。

 それに、〈花使い〉の依頼任務に来た時点で、戦い続けるのは本業だ。

「……生きる為に逃げてはいいけど、仕事はしないとね」

(そうじゃないと、あ(・)の(・)子(・)に顔向け出来ないしね)

 アリスは地を踏みしめて立ち上がると、手笛を吹いた。

「――一肌、脱ごうかしらね」

 そう言うと、アリスはすぐさま飛行魔術なしで、軽々と飛び上がり、木の枝の付け根に乗る。

 息切れもなしに木の先端まで走ると、続けて飛び上がり、隣の木へと移る。

 そして段々と地竜の方へと向かうと、詠唱を始める。

「――掴め」

 アリスがちょうど地竜の前へと出向いたときに詠唱を終えると、直後、地竜の真下の地面に、体を包むほどの魔法陣が浮かび上がる。

 その後、アリスが右腕を下の方へと振り払うと、それに対応して魔法陣から音を立てて石でできた足枷が地竜の脚へと絡みつく。

 そうして地竜の動きを封じたところで、続けてアリスは別の詠唱を始める。

「――偉大なる水のせせらぎを受けよ」

 他より少し長い詠唱を終えると、アリスの頭上に展開された魔法陣から、少量の水が流れ出る。

 数秒経って、その水が唸る地竜の元へと向かうと、いつの間に膨張して体積が増えた水――大きい湖相当の水が、地竜を襲う。

 地竜の頭から身体に至るまでに水がかかった後、魔法陣から溢れ出した部分の水から、目にも止まらぬ早さで凍結を始める。

 およそ瞬き一回の間に、地竜に襲いかかった水が地竜を凍らした。

 辺りには冷気が立ち込め、気温さえも急激に下がる。

「これで、止まってくれればいいのだけど」

(魔力も底を尽きそうだし……)

 もう数分前から、魔造花による魔力低下反応があった。

 魔術師の持つ魔造花と、その花を持つ者は見えない線で結ばれている。

 なので、魔術師が魔術を使ったなどして、魔力の低下を起こした時、数値が百に達したほぼ同時に、魔術師が常備する魔造花の花弁を通して、魔術師に反応を伝達する。

「……休んだ方が、いいのかしら」

 普段、アリスに魔力低下反応が来ることは滅多にない。

 理由としては、アリスの魔力量と使用頻度。

 前回までは、一度の依頼任務には、多くても二百程度の消費で済んでいた。

(だけど、今日はそれの比じゃないわ……)

 ここで水魔術、地魔術、氷魔術、火(・)魔(・)術(・)、通算、計六百の魔力を使用した。

 加えて、〈百花繚乱〉の使用魔力量は、アリスの場合、約百七十五。

 悪精と戦った際の魔術使用時の魔力使用量、百五。

 アリスの元々の魔力量、九百二十。

 計算すると、アリスの残りの魔力残量、四十。

 通常、魔造花からの魔力低下反応は残り残量五十を下回ると起こる。

「ここで、大人しくなってちょうだいっ……!」

(ステラちゃんが魔花を見つけて浄化するまでっ……)

 そう、アリスが願ったその時だった。

 地竜諸共凍ったはずの氷が、中から徐々にひび割れ始める。

 割れ目からは、竜の咆哮と氷が叩き割られる音だけが聞こえる。

 けれど、アリスはそれに驚きも絶望もせず、ただひたすらに祈った。

(このまま……っ)

「――爆ぜろ」


 ――パァーッン――


 そうして氷が割られた時、形相を変えた地竜が顔を出すのと共に、氷の中から、耳を塞ぐほどの爆発音が聞こえた。

「……なるほどね」

 アリスはそう呟くと、素早く起動を変えて、


 * * *


「――アリスっ?!」

 爆発音を聞いた途端、真っ先にウィリアが顔色を変えて爆発音が聞こえた方へと走り出す。

 その際、ウィリアの背後に控えていたもう一つの影を忘れたように置いていってしまっていたので、慌ててステラは立ち止まったまま、アリスの元へと走るウィリアに、大声で声を掛ける。

「ウィリアさん!連れの人は?!」

 返事はなかった。

 恐らく、いやほぼ確実にウィリアの耳元には届いている距離だった。

 無視したか、あるいはアリスだけに集中していたのか。

 いずれにしても、ステラはここに居るもう一人を置いてく訳にはいかない。

「……だ、大丈夫ですか?」

 恐る恐る、ステラが歩み寄りながら尋ねると、ウィリアの背後に居た人物は小さく答える。

「え、えっと……?」

 声変わり前の、少年の声だった。

「ウィリアさんの仲間です。花使いの」

「は、花使い?!」

 ステラの身分を明かすと、その人物は戸惑いながらも続ける。

「そ、その、先程の花使い様に人探しをしていただいたのですが、それを伝えた途端、あちこちを行ったり来たりしてまして……」

「あちこち?」

「そうです。……こ、この人に治癒魔術をしたり、別の場所に向かったり……」

 そうしてその人物は暗闇から何かを差し出す。

(この人?)

 疑問に思いながらも更に近付くと、差し出されたものが人の身体だということがようやく分かった。

 慌てて駆け寄ると、ステラは差し出された人物の身体の顔を覗き込んだ。

「……ルルア様?!」

「ルルア様……って、博識の五色の?!」

「ま、まぁ、そうです」

 勢い余ってルルアの名前を言ってしまったが、まぁ、多分ルルアなら大丈夫だろう。多分。

(でも、なんでこの子が?)

 不思議に思ったステラは、話している人物に顔を向け、続ける。

「お名前、聞いても良いですか?」

「は、はい。ブレット・ビクトリアです。国立図書館所属、見習い弟子です」

「見習い……弟子?」

 ステラと同じ、国立図書館の見習い弟子。

 だが、その名前に、ステラは聞き覚えが無かった。

 見習い弟子のクラスは、他にもいくつかあることは初日で知っている。

 けれど、他のクラスの名簿までは把握はしていない。

 無闇に疑うのは良くないだろう。

(とりあえず、私の身分は明かさずに進めないと……)

「な、何でここに居るんですか?」

 まずは、この人物について知った方がいい。

 善悪を確認する為にも、状況確認の為にも。

「……なんて言えばいいんですかね」

「え?」

「い、いや、先程の花使い様にも言ったので包み隠すことは無いんですけど……」

 ブレットは頭をかいて言葉を詰まらせると、その後も迷いながらも口を開く。

「ここが、僕の家なんですよ」

「家?!」

 まさか、とステラは思った。

 言ってはなんだが、この辺に人間の口に出来る食べ物は愚か、住める場所など無かったからだ。

「そ、それは本当……ですか?」

「やっぱり、その反応になっちゃいますよね……。普通じゃないですから」

「普通じゃない……」


――「お前は普通の子だから」


――「貴方は普通の、一般人よ」


(何で、今思い出すんだろ……)

 それらの言葉は、ステラの記憶の最初に根付く言葉。

 両親も居ないステラに、養護施設が言い放った言葉だ。

 それをきっかけに一人暮らしを始め、図書館に入り浸り始めた。

(その頃は、自分が魔術師になるだなんて思ってなかったな……)

 ステラが肩を落として溜息をつくと、それを見ていたブレットがステラに話し掛ける。

「……どうしたんですか?」

「い、いや……。なんでもないです!」

 ブレットが気にしないようにステラが誤魔化すが、ブレットはそれを怪しむようにステラに近付く。

 すると、ブレットの姿が月明かりに照らされてはっきりと見えるようになる。

 ステラが出会った悪精の少年と同じくらいの歳に見える、赤茶色の髪の毛の少年だった。

「……竜人?」

 ブレットが話しかけようとしていたが、それよりも早くステラが呟くように尋ねる。

 ステラの質問に驚いたのか、ブレットはあんぐりと口を開きながら答える。

「そ、そうですけど……」

「どうしたんですか?」

「先程の花使い様は分からなかったようで……」

(ウィリア様が分からなかった?こんなにも分かりやすいのに?)

 あまり言うことでは無いが、ステラの知識がウィリアより上回っているのは百も承知。

 だが、それでもウィリアが見破れなかったのは不思議だ。

 正直、花使いならば誰でも知っていると思っていた。

 ――この世で最強の、竜人族の特徴など。

「……じゃあ、本当に?」

「えぇ。そうです」

「本当ですか!?」

 ブレットが頷くと、すぐさまステラは飛び上がってブレットの手を握る。

 その時、ブレットは思った。

 ――あ、これ、止まんないやつだ、と。

「竜人族って、家系によっては竜の種類ごとに髪の色が異なるっていうのは本で読んだことがあるんですが、それって本当なんですか?!」

「え、えっと……?」

 ブレットが混乱しながらも、返答に困っている。

「いや、そんなことより、赤茶色の髪っていうことは地竜の生まれなんですよね!特別な食習慣や生活なんかはありますか?!」

 一歩一歩、ジリジリとステラの歩みは早くなる。

「は、花使い様……?」

「いやいやいや。もっと聞かなきゃいけない事があるじゃない!竜人族の遺伝子は父親の方が強いと聞くんですが、ブレットさんはどうなんですか?!もしかしてあまり発見されていない母親が竜とか?!」

 そこで、ステラはようやく正気に戻った。

「……あ」

(な、なんてことをっ……)

 ステラの本オタクが前に出てきてしまっていたようだ。

 ブレットがこちらを見て息を荒らげている。

 きっと、怖がらせてしまったのだ。

「す、すみません……。断りもなしに色々聞いて……」

「いや、その……。質問に驚いただけですよ。想像と違っていたので」

「そ、そうですか……」

(……ん?)

 ステラの頭に、ひとつ、違和感が浮かんだ。

「……地竜」

 そこで、ステラは気付いた。

(地竜ってことは……!)

 前にウィリアがステラに言っていたこと。


――「バカなことは分かっています!」


「そんな、まさか……?」

(そうすれば、ブレットは……)

 ステラの頭に一つの可能性が浮かんだ。

 けれど、それはこの状況で思い浮かんだ想像に過ぎない。

 ブレットにこのことを告げるのはやめておこう。

 ステラの本能がそう言った。

 よって、ステラは代わりにこう告げる。

「じゃあ、とりあえずここは危ないから、この森から出よう」

「危ない?何でですか?さっきの爆発ですか?」

 まるで何が起こったか分かっていない様子に、ステラは首を捻る。

「それは……」

 ――爆発音の元、地竜の討伐をしている。それは伝えようと思った。

 しかし、ウィリアが言っていたことを安易に伝えていいのだろうか。パニックになったりしないのだろうか。

 ステラは十分迷った末に、一つの言葉を口にした。

「ここには――」

「――ステラ、避けて……っ!」

 ウィリアの声と共に、ステラは後ろを振り向こうとした途端、爆発の瞬間が垣間見えるところで、頭の鈍痛によって、気を失った。

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